竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

竜虎沐浴


「じゃ、じゃあ、一緒に……」

 大河の目をまっすぐ見据えて、竜児は告げる。

「……ぁ、……っ」

 一瞬動揺した大河も、口をきゅっと一文字に結び、決意を込めてうなずいた。
 
 ここは、冬の河原。
 河原沿い、ではない。次々と舞い降りる雪を飲み込み、ゆらゆらと流れる川の流れの中。
 付け加えるなら、空も太陽の恵みなどばっさり100%カットの曇天模様。
 寒い。冷たい。ついでに言うと、衣服が水を吸って体が重い。
 そんな中、高須竜児と逢坂大河の二人は顔を上気させて見つめ合っている。
 端から見れば、間違いなく頭のおかしな二人組に見えることだろう。
 
 けれどこれは、二人にとって必要な儀式。
 確かめなくてもわかる気持ち。だけど、しっかり、はっきりと言葉にして。
 互いの心に刻むための――
 

「お前が……」

「アンタが……」

「「好――」」


 ……プルルルルル、プルルブルブ……

 
 ――と、その儀式会場に機関銃を打ち込むかのごとく、空気を読まない電子音が鳴り響く。

「な、なんなの、このクソ大事なときに!」

 音の主は、竜児の右ポケットからだった。なんともタイミングの悪い着信に携帯電話が
 鳴動している。

「む、無視して、早く続きを、……寒いし」

「何よそれ! そんなの台無しじゃない、さっさと取れ!」

「あ、ああ、わかった」

 ……プルルブブブ、ブブブブルブ……

 携帯電話はなおもけたたましい音を撒き散らしている。が。

「……なんかさっきから音がおかしいような?」

 嫌な予感がして、竜児は慌てて携帯電話を取り出す。

「うっわ……」

「何、どうしたの?」

 開いた瞬間に、まずいと思った。そして、すぐにその予感が的中したことに気づく。
 携帯電話の内側からは、精密機械の塊には明らかに致命的なほどの雫がぴちゃぴちゃと
 垂れてきていた。先ほどから着信音がおかしくなっているのも、スピーカーに水が滲んで
 いるせいだろう。
 そして、

「モニタが死んでる……」

 なおも携帯電話は不細工な音をたてて着信を知らせているが、液晶画面にはフィルタに
 染み込んだ水が珍妙な模様を浮かべるだけで、完全に光を失っていた。

「こ、壊れちゃったの? でも鳴ってるじゃない」

「本体まではやられなかったのかな……、もしもし」

 電波の向こう側に誰がいるのかわからないが、とりあえず出てみることにする。泰子
 だったらどうしようか……。

「”#$%す!、……&’る=|……!」

「……ダメだ」

 そんな心配も杞憂に終わる。どうやら、受話スピーカーもすっかり水に浸かってしまった
 らしい。
 なにやら向こう側はすごい剣幕のようすだが、ガビガビとノイズのような音が耳を打つ だ
 けで、男女の判別すら出来やしない。

「す、すみません、どなたかわかりませんが後でまたお願いします!」

 こちらの声が向こうに通じるかも定かではないが、一言断ってから電話を切った。

「はぁ……、最悪だ」

「ああ〜〜〜っっ!!」

 いきなり目の前で悲鳴が響き渡る。

「わ、私のケータイも壊れてる〜! うんともすんとも言わないー!」

 大河は必死にキーを叩くが、反応はゼロ。完全にお亡くなりになられたらしい。

「ど、どうしてくれるわけ! ケータイご臨終しちゃったじゃない!」

「お前が俺を突き落としたり勝手に落ちてきたりしなけりゃこんなことにならなかっただろ!
 つか、まず俺が死んでないことに感謝しろ! 下手したら今ごろお前が『……死んでる』
 とか言ってオチがついてるところだぞ!」

「そんなことくらいじゃ死なないように普段から鍛えてあげてるでしょ!」

 ああ、そうか、普段からのこいつの凶行はそのためだったのかー、などと納得する人間が
 この世にいるだろうか。

「そういうことじゃねえ! だいたい、プロポーズしようとした女に橋から突き落とされる
 って俺はどこの昼ドラ男優だよ!」

「ぷ、プロ、ぷろぽーず……」

「ああ、くそ、可愛いなお前は!」

 湯気が出そうな勢いで照れる大河に、ついツッコむ気力が失せてしまう竜児。

「プロポーズ……、そ、そうだ、大河! さっきの続き!」

「へ、さ、さっきの?」

「だぁから、その、い、一緒に、言うって……」

「ぁ……」

 はっと思い出し、佇まいをビシッと直す大河。竜児も改めて彼女に向き合う。

「よし、言うぞ」

「お、おうさ」

 二人でごくりと唾を飲む。

「……あのさ、大河」

「……あのね、竜児」

「その前に、一つだけ、いいか?」

「うん、私も、一つだけ……」

 そして、二人はすぅっと息を吸い、

「「……さむぅぅぅぅいい!!」」

 飛び上がるように川から抜け出した。

「さぶっ! 冷た! な、ななななんなのよこれ! めっちゃくちゃ寒いじゃない!」

「それが当たり前の感覚だと思うぞ。いい感じに脳内麻薬が効いてたたたみたいだな」

 冷静に分析してみる竜児だが、その声は思いっきり震えている。
 全身が痙攣を起こしたように勝手に震え出し、放っておくと歯の根がカチカチと細かいリズ  ムを奏でる。
 雪の混ざる冬の風が吹くたびに、濡れた衣服がなけなしの熱量をさらに奪っていく。

「あんた、めめめめちゃくちゃ唇青いわよ」

「お前もなななな」

 身を縮こまらせながら憎まれ口を叩き合うのは、せめて気持ちだけでも余裕を持とうと
 いう心理の表れか。

「とにかく、このままだと……」

「うん、死ぬわね、私たち」

 さきほどまでのラブコメ力場はどこへやら、一転、生死の境を彷徨うことになった二人である。
 ヒュオオオオ……、と高い音を奏でる風は、徐々にその勢いを上げている。

「と、とにかく何とかして暖を取らないと」

「お風呂……」

「は?」

「うち、お風呂に自動お湯張りの機能があるの。最近寒いから、ちょうどこの時間くらいに」

 そう言えば。竜児も風呂掃除の時に確認済みだ。高須家の凡庸なユニットバスとは2桁くら
 いレベルが上の、浴室乾燥追い炊きジェットなんでもありの逢坂家バスルームには、 確か  にそんな機能があった。

「いや、でも、お前のお袋さんが張ってるかも知れないし……」

「熱々の……」

「泰子にも気づかれるかも……」

「おふろ……」

「……」

「湯気がもくもく……」

「……ああもう、わかったよ。気をつけて戻るぞ」

 返事を返す余裕もないのか、こくこくと頭を縦に振って、大河は竜児の後についてきた。
 
 ◇ ◇ ◇

「大丈夫、部屋にはいなかったよ。私を探しに行ってるか、今日はホテルに泊まってる
 のかも」

「泰子もいないみたいだ、電気ついてなかった」

 辺りの捜索を終え、大河のマンションの玄関に再び集合した二人。

「じゃあ、いいのね……」

「おう」

「でわ……、おぉぉ風呂ーーーーっっ!!」

 許可が降りた瞬間、大河は部屋へと一目散に駆けていった。

「はぁ、やれやれ」

 相変わらず、大河は自分が決めたことには何でもかんでも一途で一生懸命だ。
 そんな大河を、竜児は間近でずっと見てきた。見てきたから。

「……俺も行こ」

「「おおーっ」」

 暖色の光が灯るバスルーム。バスタブに張られたお湯からは、包み込んだものを引きずり   込むような魅惑的で温かい湯気がもうもうと立っている。

「いつものバスルームが桃源郷に見えるわ……」

「まさしく」

 大河は、今にも着の身着のままバスタブにダイブしてしまいそうな勢いだ。
 ウズウズソワソワする大河を押しとめつつ、竜児は言う。

「よし、じゃあとりあえずコートだけ預かるわ。制服脱いだら呼べよ、乾かすから」

「え、う、うん」

 真っ白なコートを預かると、竜児はそそくさと脱衣所を出る。

「えっ、あ、あの」
 
 とりあえず竜児はリビングに戻る。
 当然ながら、暖房がついていない部屋は外と変わらず寒い。風にさらされないだけマシと
 いう程度だ。
 ひとまず、大河のコートをハンガーにかける。よく見れば真っ白な生地の裾が砂利やら 何
 やらで汚れている。後でしっかり手入れしないと。

「竜児……」

 か細い声に振り返ると、制服姿のままの大河がなにやらもじもじとした様子で立っていた。

「なんだ、まだ入ってなかったのかよ。そうだ大河、この部屋って灯油ファンヒーターとか
 ないのか? エアコンじゃなかなか暖まらなくってさ」

「あ、あんたはお風呂入らなくていいの?」

「だからさっさと入れって。俺は後でいいからさ。うっわ、でも寒っみい……。なあ、
 本当にねえのか? 非常事態なんだ、化石燃料消費したって地球様も怒んねえよ」

「ま、待ってる間に風邪引いちゃうかもしれないじゃない!」

「だーから、そのために灯油……、……お前、何赤くなってんだ」

 なぜか大河は、真っ赤に染めた顔を伏せがちにして何かを言い出そうと逡巡していた。

「だから、その、あの、は、入ろ……」

「? なんだよ、はっきり言えって」

「その、……おふろ、いっ、いっしょ、いっしょに……」

「何言ってるか聞こえねえ、もうさっさと風呂入れってば」

 しっしと追い払うように大河を風呂へと促す。

「……だぁから、その風呂に一緒に入ろうって言ってんでしょこの難聴鈍感駄犬ーーっ!!」

「ぐほああぁっ!! ……って、え?」

 大河の放った言葉の意味をしばらく把握できないまま、螺旋の軌跡を描く華麗なドリル キックに竜児の体は冷たいフローリングの床に沈んでいった。

『竜虎沐浴』

「ちゃんと前隠した? 完全防備にしてから入りなさいよ」

「自分から誘っといてゴチャゴチャとうるせえなあ……、よし、入るぞ」

 裸足の先から冷たさが突き抜けてくるような廊下から、適度に暖房の効いた脱衣所に入る。
「うん、まあ、それなら大丈夫そうね」

 その真ん中では、チューブトップのようにタオルをしっかりと体に巻きつけた大河が、 竜児の腰に結んだタオルを見てふんと鼻を鳴らしていた。

「何が大丈夫だか……」

 この状況がすでに色んな意味でアブナイわけだが。

 別に俺は後でいいと頑なに竜児は拒んだのだが、せっかくのお風呂なのに気になってゆっ
 くりできないだの、いいからさっさと脱げだのと、しつこく大河は食い下がり、結局根負けし
 た竜児は、健全な男子高校生としてのプライドをへし折り一緒に入ることになった。

 胸元のタオルがしっかりと留まっていることを確認しながら、大河は竜児をギロリと
睨んで言う。

「あんまりジロジロ見ないでよ」

「見てねえよ……」

「こ、興奮するんじゃないわよ」

「してねえよ!」

 むしろ、肩に力が入っているのは大河のほうだ。
 さっきからこっちをちらちら盗み見ているし、動きもカクカクぎこちない。
 竜児も緊張くらいしているが、大河のテンパり具合はこっちの方が気恥ずかしくなるくらいだ った。

(でも、女はいいよな……、気楽で)

 ため息をつきながら、竜児は待ち受ける不安に肩を落とす。
 
 そう、竜児には、これからのバスタイムにあたり男ならではの懸念事項があるのだ。

「ん? おい大河、お前髪そのままで入るつもりかよ」

「あー、たまに結うけど、基本的にめんどくさいからやってない」

「お前な……、せっかくいい髪の毛してるんだからさ」

「じゃあやって」

 やれやれと、竜児はふんと鼻をならす大河の長くふわふわした髪を三つ編みにしかかる。

 ……腰のタオルはしっかりと結んである。少し動いたくらいでは外れることもないだろう。
 だが、生地の薄いタオルは「内側からの圧力」に対してはほぼ無力だ。
 
 もし万が一、大河の言うように「興奮」してしまうようなことがあれば。

 竜児の股間は、のっぴきならない自己主張をしてしまうことだろう。
 まさに悲しい男の性。読み方は自由だ。

(まあ……、大丈夫だろう)

 とは言え、それほど心配もしていない。
 なんのかんの言っても、目の前にいるのは手乗りタイガー、その名の通りちんちくりんな逢坂大河なのだ。
 胸元に巻いたタオルケットも、一切の起伏なく、虚しく垂直に垂れている。
 男の「そういう」気分を発奮させるような魅力は、残念ながら乏しいと言えよう。

「なんか、すごく失礼なオーラを感じるんだけど気のせいかしら?」

「気のせいだろう!」

 ネコ科の気配察知能力は恐ろしい。気をつけないと。
 編み終わった髪の毛を持ち上げ、頭の後ろでくるくると巻いてゴムで留めて完成だ。

「ほら、出来上が――あ」

 そのとき。竜児は見てしまった。

 アップにした髪の毛の下、乳白色の淡いグラデーションに彩られた、大河のうなじを。
 栗色の後れ毛から、細い首筋、柔らかくうねる背中への流れをばっちりと。

「……っ」

「おー、ありがとー。……ん? 竜児どうしたの?」

 後ろを見やる何気ない大河の視線さえ、こちらを誘う魅惑的な流し目に見える。
 やられた。完全に不意打ちだった。

「何? どうしたの?」

「い、いや、なんでもない、なんでもないぞ!」

「変なの。さあ、さっさと入りましょ」

 動揺を隠し切れない竜児を尻目に、大河はバスルームへと向かう。

「そうだよ、昨日までとは違うんだよ……」

 竜児は前髪を掻きながらつぶやく。
 大河のことが好きだといった。結婚しようと言った。
 それはつまり、大河を「女」として見るということだ。
 今の一撃で思い知らされた。そういう目で見る大河は、思いのほか……、手ごわい。

「マジで……自制しろよ、俺」

 下腹部に高まる緊張を何とか抑えつつ、竜児は追いかけるようにバスルームに入った。
 
「んっ……、くぅっ……、ん……、はああぁ〜〜っっ、……気持ちいぃ〜〜!
 あれ、竜児、どうしたの?」

「みょ、妙な声出してんじゃねえよ……」

 バスルームに入った矢先にセカンドパンチを打たれ、竜児は思わず壁に寄りかかる。

「インコちゃんの顔、インコちゃんの顔、インコちゃんの顔どアップ……」

「な、何ぶつぶつ言ってんのよ……」

 愛するペットの力も借りて(?)なんとか湧き上がるものを抑制し、かけ湯をして竜児も浴槽  に入る。

「お邪魔しますよ……、……っと」

 大河とは反対側の浴壁を背もたれにして、ずぶずぶと体をお湯に沈めていく。

「うわっ、やだ、きゃはは! すごい、お風呂の水一気に増えたー!」

 肩の上までせり上がってくるお湯に、声を上げてはしゃぐ大河。

「子供かよ、まったく……」

 呆れながらもなんだか微笑ましくて、思わず吹き出してしまう。


「しかし、ほんといいお湯だな。……ふぅぅ〜〜〜」

「ぐふ、あんたも声出てんじゃないのよ」

「いや、これは仕方ないな。ほんと……」

「「気持ちいい〜〜」」

 深い溜息とともに、二人は天にも昇れそうな安堵の表情を浮かべる。
 さっきまで凍死していた皮膚の細胞が一気に活発化する。血がぐるぐると巡りだして、
全身がジンジンするくらいだ。その刺激がたまらなく心地いい。

「いいな、風呂……」

「いいね……」

 そう漏らすのがやっと、とばかりに風呂という名の幸せに浸りまくる二人。
 
「……」

「……」

 しかし。
 一旦黙ってしまうと、所作もなく。
 この至近距離、自然二人で見つめあう格好になるわけで。
 目を逸らそうにも、視界のどこかに必ず相手がフレームインしてくるこの気まずさ。
 沸き立つ湯気では隠しきれない、無防備な首筋や肩口を見つめるわけにもいかない。
 行き場を失った視線同士がかち合い、慌てて目を逸らし、また戻しては目を合わす。
 しかも、

「あっ、わ、悪ぃ……」

「い、いえ、こちらこそ……」

 折りたたんだ脚をちょっとでも伸ばすと、相手の裸足をつついてしまう。
 十分に広いバスタブなのに、なんだかとても窮屈だ。

「あー、えっと、これからどうすっか、な」

 沈黙に耐えかね、漠然とした話題を振ってみる竜児。

「これから? そっか、駆け落ち、するんだもんね……」

「その言い方は語弊があるような……。でも、まあ、そうか」

 親の承諾も得ず、結婚するために逃げるんだからそういうことになる。

「住むところとか、どうしよっか……」

 たった2ヶ月とは言え、住居がなければ話にならない。

「先立つものも乏しいしな。バイトしないと」

「ああ〜〜っ!!」

「な、なんだよ急に」

 突然の大河の絶叫に竜児はたじろぐ。

「バイト代、落としてきちゃった……」

「……がぁ」

 竜児も思わず唸る。これから色々と物入りだというのに、あの額は痛い。
 ばしゃばしゃと水を打って大河はどうしようもないことをごね出す。

「ああんもう、せっかく稼いだのにぃ!」

「けっこう割のいいバイトだったもんなあ」

「ほんとよね、アンタほとんど突っ立ってただけだし。ばかちーがいなけりゃどうなってた
 ことか」

「そ、そんなことねえだろ」

 口を尖らせる竜児だが、大河はそんなことお構いなしにSっ気たっぷりの笑顔で続ける。

「むしろ、あんたのそのバイオレンスフェイスのせいで客足遠のいてた感すらあったわね。
 次やるなら接客業だけは避けたほうがわぷっ!」

 突然飛んできた水しぶきに大河の声は遮られる。

「けほっ、けほっ、な……!?」

 握り合わせた両拳からぴゅーっと一筋の水を飛ばしながら竜児は不敵に笑う。

「くくく、これぞ高須流『スプラッシュドラゴン』! 人よりちいとばかし大きな手だから
 こそ成せるこの水鉄砲の威力は伊達じゃねえぜわぶっっ!!」

 津波のように襲い掛かる水流に今度は竜児の言葉が飲み込まれる。

「まったく、ちょこざいな技とくだらねえ講釈を垂れてくれちゃって。ちょっと水芸が
 できる犬だからって調子乗ってんじゃないわよ」

「ぶはっ、てめぇ、洗面器は反則だろうが!!」

「バーリトゥードな戦場、それが風呂よ。油断あるものに生きる道無し」

「な、ん、だとぉ……!」

 怒りに任せて竜児は腕を振るう。

「きゃ、ちょっとやめさないよ! ええい、こんなもの!」

 洗面器を放り投げ、負けじと大河も応戦する。
 
 ばしゃばしゃと飛び交う水しぶき。襲い掛かる水の大群と、はしゃぐ大河の笑顔が交互に
入れ替わる。

「それそれぇ! どうしたの竜児ー、あなたの実力はこんなもんなのー?」

「抜かせ! 負けてられるかよぉ……!」

 まるで子供同士。ほんとはこんなことしてる場合じゃないというのに。
 でもなんだか、しばらくはこのむちゃくちゃな時間に流されていたい。そんな風に思って
しまう。

「行くわよ、竜児ぃ……」

「な、お前その構えは……!」

 大河は両の掌を合わせて腰溜めに構える。

「やめろ、このお風呂のお湯が全て消し飛んでもいいというのか……!」

「構わぬ……! か〜め〜……」

 某野菜人というよりは、むしろ某ナメクジ星人のような面構えでにやりと笑う大河。

「……波ぁぁぁーっ!!」

 溜め込んだエネルギー(?)を一気に開放する大河。大挙して押し寄せる大波。

「ぐわああああっ!! ……って、まあそんな大したことはないな、って、……っっ!」

「ふふん、あまりの威力に言葉も失ってしまったようね」

 確かに竜児は言葉を失っている。目の前の事態に。

「お、おまっ、早く、タオル……!」

「ふあ? 何言って、………………」

 ふんぞり返した胸にちらりと目をやり、そのまま数秒固まって、

「……〜〜〜っっ!!」

 そして、噴火直前の火山のようにわななき出す大河。
 
 その間にも竜児はばっちり見てしまった。
 いつの間にかタオルが解けて、覆い隠すものもなく赤裸々に露わになった大河の胸を。

「あ……」

 予想も想像も何も覆さない、外見どおりの小さな胸。乳房と呼べるような膨らみは ほんの少し、片手にすくった砂を落としてできた山程度のものしかない。
 しかし、大河の裸身の美しさは、竜児の想像を遥かに超え、ちっとも貧相ではなかった。
 ただでさえ細い胴体は、腰の辺りに向けてさらにきゅっとくびれ、締まったやわらかな 腹筋のうねりとともに、目が離せなくなるような魅力を持つ曲線を描く。
 真っ白な肌は華麗な蝋細工にも似て、半透明の輝きさえ感じる。
 ごくりと喉が自然に音を立てる。頭の中がきゅぅっと、体を覆う湯水よりも熱くなる。

「ちょっ、た、タオル、タオルは!」

 慌てて足元を探り出す大河の声に我に返って、竜児も大河のタオルを探す。
 任務を放棄したタオルは、竜児の足元に情けない姿で沈んでいた。

「ほら、これ! つか、いいから隠せよ!」

「み、見るなバカぁ!」

 さんざん見てしまった後に言われても、と思いつつ、タオルを差し出して目を逸らす。

「……もういいか?」

「……ん」

 短い返事に視線を直すと、胸のタオルを巻きなおし、耳の先まで真っ赤にした大河が
うつむいていた。

「その……悪かったな」

「ん」
 
 天井から落ちてきた雫の音だけがわずかに響く。
 ……気まずい。自分もおそらく相当赤い顔をしているだろう。
 こんな状態で湯になんか浸かっていたらのぼせてしまう――と思ったところで気づく。

「あ、お風呂のお湯減っちゃってるな」

 さんざん大暴れした結果、相当の量を外に掻き出してしまった様だ。腰の辺りまでしか
お湯がない。

「……足す?」

「そうだな、もうちょっと入りたいし」

 じゃあちょっと待ってと言って、大河は振り返って蛇口をひねる。

 勢いのよい音を立てて流れ出すお湯。
 少し空気が動いた。さて、ここからどうフォローするか。

「……じゃ、じゃあ、そっち行くわね」

「は?」

「だって、熱いし」

 確かに、お湯の出る蛇口があってはおちおち壁にもたれていることもできないだろう。
 しかし、二人が横に並べるほどの幅はこのバスタブにはない。つまり。

「相当こっ恥ずかしい姿勢になる予感がするんだが……」

「わ、私だって恥ずかしいわよ! で、でも、私たち、もう、その……、……ええいもう、
 いいからぐだぐだ言わずにとっとと私の背もたれになりなさいよ!」

 勢い良く立ち上がると、桃色に染まった顔で竜児を睨み下す大河。
 長い付き合いだから分かる。ムキになるということは、恥ずかしいけど相当やってみたい と いうことだろう。
 竜児は想像する。自分に体重を預ける大河。二人頭を縦に並べてのバスタイム。
 実に恥ずかしい。が、実に男のどうしようもない欲望をくすぐるシチュエーションだ。

 堅物に見られる竜児だが、そういうのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。キモイと罵られ ようが大好物だ。
 しかし、実際現実にやるとなると、まさしく嬉し恥ずかしというか何と言うか。

「わ、私もね。そりゃ裸見られたのは恥ずかしかったけど」

 大河は、一歩踏み出してくるりと反転し、小さなお尻を有無を言わさず下ろそうとする。

「竜児とは、ちょっとずつ、そういうことも」

 が、すんでのところで竜児は気づく。

(……! ま、まずい!)

 裸を見てしまった動揺で眠っていた警報装置がアラートを上げる。
 まずい、まずい、今はとにかくまずい!

「積み重ねていくのかなあ、って。よいしょ」

 しかし気づくのが遅すぎた。浴槽に腰を下ろした大河は、躊躇なく体を預けてきた。

 こつん。
 
「くお!」

「? なにこれ、硬、……いぃ!?」

 間抜けな声を出して悶絶する竜児と、腰の辺りに感じた違和感の正体に気づき飛びのく大河。

「あ、あんた、こっ、こここ、こっこここ……」

 あ、インコちゃんみたいだと、竜児は妙に落ち着いた心で思った。
 ああ、人間って酷すぎる現実を目の前にすると、こうも開き直れるもんなんだな――

「な、なに妙なトコ硬くしてんのよこの発情犬ーーっ!!」

 ばっしゃーんと巨大な水柱が上がり、竜児をそのこぼれそうな涙ごと飲み込んだ。
 
「はぁ、はぁ、びっくり、びっくりだわ! バカチワワもびっくりの盛りっぷりだわ!」

「げほ、げほっ、し、仕方ねえだろ! 男なんだから!」

「男だからって、そ、そういうこと考えてる時にそうなるんでしょ! ちょっとずつって
 言ったところじゃないのよ! 何ひとつぶ300メートルジャンプしてんのよこの
 スプリング色情犬!」

「愉快な言葉作ってんじゃねえ! お、男ってのは、その……、わ、わりと簡単に、こう
 なっちまうんだよ! 悪かったな!」

「ふぇ、そ、そうなの、……〜〜っ!! そ、そうなるのは分かったら、早く隠しなさいよ
 それぇ!」

「へ? ああっ! あ、あれ、なんで、どこ!?」

 いつの間にか、今度は竜児の股間を覆い隠していたタオルがどこかに消えている。
 大河が真っ赤な顔を逸らしている間に辺りを探す。足元にはない。
 後ろを見上げると、浴室の壁にタオルがべっちゃり貼り付いていた。さっきの大河の
攻撃によるものだろう。

「……おい、もういいぞ。いや、もういいです。スミマセン」

 もはや腰に巻いても意味がないので、大河の位置から問題の箇所が見えないように膝から
覆い隠す。
 いや、もうバッチリ見られてしまったし隠す意味もないか、と心の中で自虐的に笑う。

「ま、まったく、露出狂の気もあるなんて、あんたは一体どこまでいくのよ」

「お、ま、え、がタオルを吹き飛ばしたんだ!」

 それだけは必死に否定しておく。

「ふーん。……で?」

「で? って?」

「だぁから、その、な、なんで、そんな風になっちゃったかって、聞いてんのよ……」

 なぜか大河は湯船の中で正座している。竜児がこんな状態である以上近づけないし、
仕方ないのだが。

「そりゃ、お前……」

 じーっと睨んでくる大河。余計な誤魔化しは効かなさそうだ。

「お、お前の胸とか、その、見たから……、って言わすなこんなこと!」

「ふ、ふーん……」

 必死の告白も曖昧な返事一言で終わり。
 まるで法廷で一人喋りをさせられる被告人の気分だ。

「竜児、あんたもしかしてロリコン?」

「沈めてやろうか大河さん?」

 さすがに切れる。

「だ、だって、私の胸っつったって、こんなだし……」

「だからそういう量で単純に量れるもんじゃないっつーか、だから……、ああもう、
 つまりだな! 好きな女の裸見て勃たない男はいねえの! はい終わり!」

「お、おぅ……」

 強引に話を打ち切って、これ以上は聞く耳もたんとばかりにうつむく。
 
「………………じゃあ、さ」

 見ない聞かない返事しない。

「本当に、したくないの? そういうこと……」

「……っ」

 けれど、誤魔化したくはない。

「……してぇよ」

「……」

 大河は赤い顔をうつむけるだけで、何も言わない。

「ただ、ちょっとずつ、だろ? わかってる。だから、これとそれとは別なんだって
 ましてや、したくない相手をどうこうしようなんて、俺は思わない」

「……」

「以上だ」

 バスルームに、また沈黙が戻る。いい感じに、昂ぶりも治まってきた。
 いつの間にか風呂の湯は、肩まで届きそうな高さにまで来ていた。
 振り返って湯を止め、大河はまた竜児のほうに向き直る。

「私も、したいわよ」

「………………は?」

 静寂を破いた言葉の意味を、一瞬把握しかねる。

「だから、したくないなんて言ってないじゃない、なに勝手に決めてくれちゃってんのよ?」

「はっ、ちょ、お前」

「勘違いしないでよ! そんな積極的にしたいなんてわけないでしょ私は犬じゃないのよ!

 ……ただ、あんたが思う同程度には、私も、ってことで……」

「大河……」

 もじもじと、拗ねと照れが入り混じった表情で大河はぽつぽつと喋る。

「……ただ、ね。そういう私を、引っ張ってくれるなら……」

 少し、声のトーンを変えて、

「引っ張って、ほしい、わよ……」

 その言葉は抽象的で、だからこそ、大河のためらいと望みが伝わってくる。

「大河」

「えっ、わっ、ちょっと、むぎゅっ!?」

 竜児は大河の手を取り、思い切り引き寄せる。
 胸に飛び込んできた大河の軽い体。湯船の中よりなお熱くて、跳ねる水よりも柔らかい。
 ぎゅっと力を込めたら、そのまま水と一緒に溶けてなくなってしまいそうな。

「ほら、引っ張ってやったぞ」

「そ、そういうことじゃなくて」

「……いいんだな?」

「……だから、そういうこと聞かないでさ、……まあ、いっか」

 大河は竜児の首に手を回し、ぎゅっと力を込めてくる。
 擦り寄ってくる顔。頬と頬がくっつく距離で、一言、ささやいてきた。

「いいよ」

 酒の香りよりもくらりとくる一言。こう言われた以上、引き下がるわけにはいかない。

「じゃあ、大河……!」

「あ、で、でもちょっと待った!」

 はやる竜児を制止するように、びしっと指を突きつけてくる大河。

「な、なんだよ」

「ダメなの! このままじゃ……、CBA@なの!」

「はあ?」

 さっぱり意味のわからない数字の羅列。

「いい? 普通の女の子の思い描く、普通の恋愛の順序ってもんがあるのよ。まず、好きだ
 って告白して付き合い始めるでしょ。それで、そのうちキスするでしょ。これがA。で、
 もうちょっと進むと、その……、エッチして、でCでプロポーズ」

「ああ……」

 いわゆる恋のABCというやつだろう。泰子の時代から、意外としぶとく現代まで語り
継がれている下世話ネタだが、どうやら大河は知らないらしい。

「なのにアンタ、今まさにその流れを完全に逆行しようとしてるのよ! どんだけ空気読め
 ない駄犬なのよ!」

「ちょっと待て! 少なくとも@はやっただろうが!」

「言われてない!」

「えぇ、そうだっけ……?」

 必死に記憶を掘り返す竜児。
 ……ああ、確かに言ってない。嫁に来いとは言ったけれども。

「けど、俺も言われてねえぞ」

「私言ったもん。記憶が朦朧としてるけど」

「面と向かってだよ」

 むむーとしばし睨み合う二人。

「好きだ」

「っ!?」

 大河の不意を突くように、まっすぐ目を見つめて竜児は言葉を放った。

「大河、好きだ」

 もう一度、追い討ちをかけるように告げる。
 大河の顔がみるみる赤くなるのがたまらない。

「……な、何よ。もっとこう、雰囲気作るとか、そういうのはないわけ」

 ふてくされる大河の目を無言で見つめる。ほら、次はお前の番だと訴えるように。

「……っ、好きよ、竜児が好き! これでいいんでしょ!」

「なんでキレてるんだよ……」

「やり方がいやらしいのよ、ほんとエロんっ、んん、ん……」

 お怒りの大河の隙をさらに突く。
 そっと顔を近づけて、不平を漏らすその口を塞いだ。
 初めて味わう大河の唇は、小さくて、ちょっと力を込めたら潰れてなくなってしまい
 そうで、けれど心地よい反発がある。

「……これで、Aだ」

「……うん」

 唇を離すと、大河は呆けた表情で虚ろな返事を返した。

「竜児」

「ん?」

「キスって、すごいね」

「ああ」

 ただ唇を重ねているだけなのに、手が触れ合うより何倍も、相手の温かさを感じられる。
 触れている部分はごくわずかなのに、指の先までしびれそうなほど気持ちいい。

「ねえ、もう一回、A……」

「ああ」

 大河の望むとおり、竜児も望むように、自然とお互いの唇を重ね合わせる。

「ん、むぅ、んん……っ」

 自分の唇で、大河のそれを挟んでみる。弾力のある柔肉が、ぷにぷにと形を変える。
 大河も負けじと甘噛みしてくるが、まるでハムスターに噛みつかれているようにもどかしい。

「……ふふ、お風呂で何やってんだろうね、わたしたち」

「まったくだ」

 くすっと笑うと、竜児は大河の体をひょいと持ち上げる。

「うわ、ちょっと何、きゃっ」

 大河の体をくるっと向こうに向けて、そのまま胸元にすとんと収める。
 浴槽の壁にやや大きくもたれた竜児のお腹の上に、ちょうど大河のお尻が乗っかるような
格好。浮力のせいか大河が軽すぎるのか、ちっとも重苦しくはない。

「……ずいぶんごつごつとしたソファーだこと。あ……」

 大河の体を覆うタオルを解く。粉雪の積もったゲレンデのように美しいラインを描く
背中が露わになる。

「こっちからじゃ見えねえよ。だから……、手、どけろ」

「だ、だめ、あっ、く、ん!」

 胸を隠そうとする大河の腕を少し強引に押し割って、竜児は大河の乳房に触れる。
 ちょっと触っただけなのに、びくっと体を震わせる大河。
 敏感……、なのではなく、どこか少し恐怖心があるのだろう。

「大丈夫だ、大河」

「竜児……」

「……いや、俺も初めてだからなんの根拠もないんだけど」

「だからそういうことは言わんでいい! きゃっ、くぅ、んっ……!」

 緊張が解けたところで(?)、改めて胸に手を当てる。
 くりっとした、小さな乳首が目印。そこを中心に、あたりをまさぐる。
 ……ほんの少し、薬指と小指に感じるわずかな膨らみ。プリンの欠片のような心もとない
弾力。壊れないように、繊細な手つきで感触を味わう。

「ん、ふぅ、……!」

「気持ちいいか? 大河……」

「よ、よくわかんないけど……、っ、ドキドキ、する」

 確かに、トクントクンと大河の鼓動に合わせて乳房が小刻みに揺れるのがわかる。

「竜児は……、ん、私の胸、どう? やっぱり……」

「うん、小さい」

「ふん!」

「ぶふ!?」

 思い切り仰け反った大河から、鼻っ柱にしたたかな背中の一撃を喰らう。

「親しき仲にも礼儀あり、ちょっとはオブラートに包むってこと考えなさいよ」

「最後まで聞け! 小さいけど可愛いって言おうとしたんだ!」

「そ、そうなの? ひん! きゃ、や、あ、ちょっと、強、ぃ……!」

「人の話を聞かない奴にはなぁ……」

 少し制裁を加えてやるとばかりに、竜児はピンと立った乳首をくりくりと指で押し込んで
みた。予想より大きな反応で、胸元の小さな体が暴れだす。

「くあ、あっ、んあ! くすぐった、ん、あぅ、……!」

 力を込めるたびに、身を縮めるようにしてぴくん、ぴくんと反応する大河。

「ほら、やっぱり可愛い、……お前」

「もう、馬鹿、んっ……あぅっ」

 胸を手の平全体で包み込むように抱く。指の輪っかが一周してしまいそうな細い胴体。
熱い皮膚のすぐ下の肋骨の感触が艶かしい。まるで猫を抱いているようだった。

「タイガーだからそりゃそうか」

「何をわけわかんないことを……、ん、はぁ、くぅ……っ」

 ばしゃばしゃと荒れる水面の音と、大河の喘ぐ声がバスルームに響く。

「んんっ、竜児ぃ……、ちょ、ちょっと、痛い……」

「え、あ、悪ぃ!」

 ぱっと手を放すと、大河はくたりとうな垂れて荒れた呼吸を整える。

「ちょっと夢中になっちまった、ごめん……」

「はぁ、はぁ、まったく、こんな躾のなっていない犬に育てた憶えは……」

「俺も養ってるネコ科の躾がうまくいかなくってな」

「……そういう減らず口を叩く奴は、こうよ、うりゃ」

「くおっ! お、お前……!」

 いきなり股間から強烈な刺激。
 大河は湯船の中に手を突っ込んだかと思うと、ぎゅっと竜児のペニスを掴んできた。
 遠慮も思慮もない掴み方だったので、正直痛い。

「うわっ、ちょ、なにこれ!」

 と思ったら、ぱっとすぐに手を放す大河。

「な、ななんか予想以上に硬いんだけど。熱いし、なんかビクン! って跳ねたしぃ……!」

「大河さん……どんなUMAに見えようとワタクシの体の一部なので……、取り扱いには
 ご注意を……」

 なるべく平然と構えようとするが、ちょっと涙が滲んでくるのは堪えきれない。

「い、痛かったの?」

「男ゆえ……」

「遺憾だわ……」

 振り返ってぺこっと頭を下げる大河。すぐに取り直して、水面の向こうの竜児のペニスを
凝視する。

「ねえ、もう一回、触ってもいい?」

「なんでそんなに触りたいんだよ……」

「アンタだって人の胸さんざんいじりまわしたじゃないのよ」

「それは、あー、うん」

 返す言葉もない。

「それに、男って、その、ここ触ると気持ちいいんじゃないの? そういうことする時も……」

「触り方次第だ。ちなみに普段どんな風にしてるかなんて聞かれても絶対教えないからな!」

「聞きたくないわそんなもん! ……と、とにかく、ゆっくり触ればいいんでしょ」

 あ、やっぱりやるんだと思いつつ、とりあえず為されるがままにされてみる。

「……う」

「ど、どう?」

 大河の小さな手が、ペニスをきゅっと包んでくる。ほんとうにうっすらとした力だが、
他人に触られるというだけでぞくっとこみ上げてくるものがある。

「ま、まあ、普通……」

「意味がわかんない……、こ、こんな感じ?」

 きゅっ、きゅっと、まるで赤ん坊の手をマッサージするように握っては離してを繰り返す
大河。

「間違ってる、が……」

 思った以上に柔らかくぷにぷにとした大河の手の平。痛くはないが、気持ちいいかと
どうかと言えば、ものすごく眠たいのに起立を命じられているようなもどかしさだ。
 時々ぴりっと刺激が走るが、それ以外はただ圧迫されているだけという。

「じゃ、じゃあどうなのよ。教えてもらわないとわかんないわよ……」

「なんつーか、こう、こするんだよ」

「こする……。こう?」

「くぁ……っ!」

 大河の手が、するりとペニスを撫でていく。水の中のおかげで、なめらかに肉棒の表面を
滑り、カリのあたりで少し引っかかってまた通り抜ける。

「あ、気持ちいいの?」

「き、気持ち、くあ、ちょ……!」

 一転して正解にたどり着いた大河は、気を良くして何回も手を動かしてくる。
 ペニスの根元がきゅっと縮こまるような刺激が断続的にせり上がってくる。自分でする
時よりも少し乱暴で、性急で、けれど比較にならないほど気持ちいい。
 そう、それこそあっという間に――

「なんか、どんどん硬くなってる気がする、すごい……」

「ちょ、い、ちょっと待て、それ以上は……!」

「うりうり」

「だからなんでお前は人の話を聞かないんだ、――う」

 抗議している間に、限界は来てしまった。


「竜児、どう……、あれ、なにこれ……?」

 頭の中が一瞬明滅し、次の瞬間には竜児は湯船の中に思い切り射精していた。
 異変に気づいた大河は手を止め、水の中を漂う白いよどみをすくい上げる。

「……竜児、これ」

「そ、そんなもの触るんじゃありません!」

「ひぇっ、や、やっぱりこれ、その、あれなの? 竜児が出した……」

 手の中の白い液体を見つめる大河の顔は、まるで自由研究の観察対象を見つめる小学生の ようだ。

「こ、こんなのが出るんだ、男って……」

「……あの、そんなに見つめられると何だかものすごく恥ずかしいんだが」

「ぺろ」

「!?」

 いきなり、信じられない光景が目の前で起きた。

「お、おま、何飲んでんだよ!」

「……うぇ、まずい……」

「当たり前だ! ……いや、俺も味までは知らんが」

 飲み込むことが出来ず、大河は竜児の精子を口の中でもごもご転がしていたが、匂いに
耐え切れなかったようで、意を決して飲み下した。

「はぁ、辛かった……」

「だから、それなら最初からそんなもん飲むな!」

「あんなすごい匂いがするなんて思わなかったんだもん。それに、昔見た少女漫画で、
 好きな人のものは飲むものだって……」

 PTAに混ざって性知識の氾濫に警鐘を鳴らしたい気分だった。

「まったく、風呂の水も不衛生だって言うのに……」

「でもね」

 振り返って、口の先をくいと上げて笑いながら、

「これが竜児の味、なんだね」

 少し照れながら、そんなことを言ってのけた。
 
「お前、なぁ……!」

「え、うわ、竜児、ちょっと!?」

 竜児は大河の肩を掴み、こちらに向けてぎゅっと抱きしめる。
 長い間に湯に当てられた体を、薄い胸から伝わってくる激しい鼓動がさらに加熱してくる。
 密着する胸、お腹、肩。背中に回した腕。全てから伝わってくる大河という存在が、たま
らない心地よさを伝導してくる。

「そういうセリフは、男にとってクリティカルなんだよ……。自重しろ」

「じ、自重もなにも、私はただ単に……むぅ」

 しばらく固まっていた大河も、細い腕にぐっと力を込めてくる。
 二人の距離がまったくのゼロになる。胸の中が愛しさではち切れそうだ。
 こんな小さな体なのに、すごい力。

「でも、竜児、その、終わっちゃったんじゃないの?」

「終わりって、……ああ」

 確かに出してしまった。けれど。

「まあ、そうでもないんだ」

「へ? ……! ふ、復活の巨神……」

「そういうことだ」

 密着した体の中で、一部だけ窮屈になっているのが返事になった。
 
「でもさ、本当に入れるの、その、おっきいの……」

「そういうもんじゃないか、セ、セックスっていうのは……」

 なんとなくもろに口に出すのが恥ずかしい。
 ちょっと照れる竜児の前で、大河が急にうろたえだす。

「? どうした?」

「は、入んないよ、そんな、おっきいの……」

「あんまりおっきいおっきい言わないでくれ、なんか恥ずい」

 しかし、不安になるのもわかる。自分のものがそんなご大層なものだとは思わないが、
この太さのものが体のどこかに入るかと思うと、ちょっと怖い。

「じゃあ、どうする? やっぱやめとくか?」

「お気遣いどうもだけど、あんたはそれでいいの?」

「いや、よくないです生殺しです」

「まったく、飢えた犬の目をして、思ってもないこと言わないの」

 ふうと溜息をつく大河。
 竜児はしばらく考えて、

「じゃあ、さ」

「ん?」

「少しずつ、馴染ませようか」


「りゅ、竜児、やっぱ恥ずかしい、これ……」

「俺も俺で恥ずかしいんだよ! ほら、手、どけろ」

 竜児の目の前には、大河の小さなおへそが見える。
 その少し下に目を向けると、大事な部分を必死に隠す大河の手。

「で、でもぉ……!」

「大丈夫、優しくするから」

 頭上から、大河が半分涙交じりの声で「……わかったわよ」と呟いた。
 湯船にかがんだままの竜児の前に、大河は立っている。
 大河がその手をゆっくりと放すと、うっすらと陰毛の生えた大河の秘部が露わになる。

「……っ」

「あ、あんたが恥ずかしがらないでよ!」

「んなこと言ったって、俺だって見るのは初めてなんだから……!」

 赤い顔で言い訳する。まだ肝心な部分は見えていないけれど、やたらに緊張してきた。

「じゃあ、ちょっと足、開けて」

「ん……」

 本当にほんの数センチ足を広げる大河。肉つきの薄い太腿に隠されていた部分が見えて
くる。今の竜児の角度からでも、割れ目になっていることが見て取れる。

「……触るぞ」

「ん……!」

 きゅっと目を閉じて、口を硬く結んで堪える大河。そんなに身構えられると、間違っても
乱暴な扱いは出来ない。

「……ひぁっ」

「……熱い」

 竜児は、大河の股の下に中指をそっとあてがい、そっと手前へとなぞる。
 くち、と濡れた皮膚がよれる音がして、あとはすぅっと、襞に沿うように指が進んだ。

「どうだ?」

「つ、続けて、ふぁぅ……!」

 大河の言葉通り、竜児は指の動きを繰り返す。
 くい、くいと指を大河のヴァギナに沿って曲げては伸ばしての繰り返し。
 大河のそこは、少しぬめっていて、柔らかく、それだけで妙な気分になる。
 重ねて、

「くっ、あ、竜、児ぃ……っ、は、あ」

 時おり大河の口から漏れる、搾り出したような喘ぎ声が上から振ってくるのだから溜まった
もんじゃない。
 先ほど精を放ったばかりの愚息は、すっかり息を吹き返したどころか、完全に猛り切って
いた。

「大河……」

「ひゃっ、ちょっと、何、んんんっ……!」

 竜児は、大河のくびれた腰にそっと顔をよせ、腰骨の辺りに吸い付くようにキスをする。
 こんな所でも、大河の肌はつるっとしていて唇が離したくなくなる。

「ちょっ、あんた、ん! 何してんのよ!」

「いや、なんとなく。気もまぎれるんじゃないかと……」

「もっとマシな、ひっ、んんぅ……!」

「まだ、ちょっと入れただけだぞ」

 キスを繰り返しながら、折り曲げた指をちょっとだけ膣内に進入させる竜児。
 ぴくっと少し腰を仰け反らせて大河は悶える。

「りゅ、りゅう、じ、くあ、ん、あ、ああっ」

 大河の膣内は、口の中のようにぬめりとしていて、竜児の指をきゅうきゅうと締め付けて
くる。

「痛いか?」

「……痛くは、ない、けど」

「もう少し、入れるぞ」

「ふあ、く、んっ……ぁ!」

 中指を第二関節まで進める。大河の中は奥に進むほど熱く脈打っている。

「どうだ?」

「だ、大丈夫、だけど、なんか、ん、あんた気ぃ大きくなってない……?」

「そんなことねえよ、俺だってめちゃくちゃ緊張してるんだぞ!」

 そう、今だってわけもわからず、おっかなびっくりやっているのだ。

 そういう風に見えるとしたら、それは、

「たぶん、お前のため、だから」

「竜児……、んあっ! 動かしちゃ、や、あっ、ん!」

 竜児は、差し入れた中指をゆっくりと上下に動かす。ぬるっとした膣壁を指が滑るリズムに
合わせて、大河の水気を帯びた吐息がこぼれ出す。

「ふあっ、あっ、だめ、りゅう、じぃ、ゆび、だ、あん!」

「大河……」

「ふああっ!」

 今度は、大河の太腿にキスをする。キスだけじゃ物足らず、ぺろりと舌を這わせてみる。

「だめぇ、それ、んっ! なんか、変、だよぉ、あっ!」

 わななき出す大河の体を、左手でぎゅっと抱きしめる。指の動きは止めない。
 大河の下腹部に頬を寄せる。沈み込みそうなほど柔らかい。

「ひゃっ、も、もう、んっ! あっちこっち舐めて、ほんと犬みたい、……!」

「なんだよそれ」

 笑いながら、全くその通りかもしれないと自分でも思う。
 けれど、大河の体はどこもすべすべで柔らかく、色んなところに舌を這わせたくなって
しまう。

「とりあえず、痛くないんだな」

「う、うん……、はぁ……はぁ……」

「じゃあ、ちょっと」

「ん……っ、……! くあ、んっく……!」

 少し大河の声色が変わる。人差し指と中指の二本は、ちょっときつかったのかもしれない。

「駄目か……?」

「い、意外と、駄目じゃない……。でも、んああっ!」

 その言葉に、竜児はぐぐっと二本の指を差し込んでゆく。

「くぅ、んっ、や、やっぱ調子に乗ってるわ、このどエロ犬!」

「『ど』がついちまったか……。いや、でもお前が大丈夫って言うから」

「優しくしてって、言ったでしょ、んんっ」

 竜児のちょっとした指の動きにでも反応する大河。
 ちょっと、わかってきたかもしれない。

「じゃあさ」

 立て膝をついて、大河の体をぎゅっと抱き寄せる竜児。薄い胸板に頬をぴったりと
くっつける。
 くいっとコの字に曲げた指を浅く入れて、ゆったりとしたリズムで細かく動かす。

「ふぁっ、あっ、あっ、ん……」

「これなら、どうだ?」

「ら、乱暴じゃない、けど、でも、あっ」

 喘ぐ大河の喉の響きが、胸板を通して伝わってくる。
 次第に、指の動きに合わせて、くちゅ、くちゅ、と水気のある音がし始めてきた。

「大河……気持ちいいか?」

「くぅ、ん、よく、わかんない、よ、ん、なんか、いっぱいでぇ……!」

 甘える猫のような声で、必死に言葉を返す大河。
 その余裕のない感じが、なんだかたまらなくいじらしい。

「大河、ん」

「ひぁっ、ちょっ、何してんの、ばかっ、ん、んんーっ!」

 心もとない乳房に頬ずりして、先端をきゅっと口に含む。
 硬くなった乳首を、少し吸い付くようにして、唇で掴んだり離したり。

「ふぁ、あ、竜児、竜児ぃ……! ん、ぃ、んん……っ!」

 指の動きを少しだけ早く、ちょっとずつ奥へと進める。苦しそうな素振りはない。

「大河、指、全部入れちゃうぞ」

「……う、うん。……っ、くぅっ、ん……ぁ!」

 窮屈な大河の中を少し強引に押し進んでいく。指先がとろけてしまいそうだ。

「は……あぁっ、りゅう、じぃ、だめ、わた、しぃ、……!」

 竜児の指先から逃れるように、小さなお尻を揺り動かしながら、体をくの字に曲げて
身悶える大河。バランスを失いそうになる体を、竜児の頭を抱きかかえて何とか耐えている。
 竜児は大河の髪を左手で撫でてなだめ、右手の指でゆっくりと、大河の中を上下に刺激
する。

「竜児、やっ、あ、んっ、あっ、も、もう……! もう、いいよ……!」

「いて、いて、わかったわかった!」

 竜児の首をぺちぺちと叩いて、中止を呼びかける大河。

「人の首でタップすんなよ……ほら」

「ん……、っ」

 大河の体を押し上げて、指をヴァギナから引き抜く。ぴくっと大河の体が揺れる。

「うわ……」

 風呂場だから気づかなかった。竜児の指は、少し泡だって白く濁った大河の愛液にまみ
れていた。

「たい、ぐわっ!?」

 口を開こうとした竜児の脳天にいきなり大河の手刀が飛んでくる。
 続けさまに何回も何回も。

「なんか、恥ずかしいこと、言ったら、殺す!」

「言わ、いて、言わねえよ! 言わねえから!」

 頭をかばいながら叫ぶが、大河はなおもびしびし殴ってくる。

「や、やめろって! 何怒ってんだよ!」

「怒ってないわよ! け、けど、なんか、なんか、……ああ、もう!」

 止むどころかさらに苛烈さを増す大河のチョップ攻撃。

「いて、痛い。割れる! 割れるから!」

「どうせだからその空っぽ鈍チン頭蓋骨にお湯でも突っ込んどいてあげるわよ!」

 無茶苦茶だ。しかもそろそろ本当に割れそうなほど痛い。

「おりゃ、捕まえた! 何なんだよ一体いきなり!」
 大河の両手首を捉えることに成功した竜児は、立ち上がって上から大河に詰め寄る。

「だ、だって、ぅぅ……」

「言わなきゃわかんねえぞ。それとも、やっぱり俺、ちょっと乱暴だったか……?」

「そ、そんなこと、なくて……」

 あーだのうーだの唸りをあげはじめる大河。

「……いっぱいだっただもん」

「は?」

「あんたとこんなカッコで一緒にいるだけでもドキドキするのに、キスしたり、触ったり、
 触られたりして、なんか頭の中も体の中もきゅううって、どんどんいっぱいになって、
 なんかはちきれちゃいそうで」

「大河……」

「なのにあんた、そんなのお構いなしだし」

「いや、それは……」

 何と言っていいのか分からず頭をかく竜児に、大河は、でもね、と言って、

「すごい、幸せ。幸せすぎて、怖くなっちゃったのかも」

 少し潤んだ瞳を輝かせ、屈託のない笑顔を浮かべた。

「大河!」

「きゃっ、ちょ、りゅう、んむ、ん……」

 竜児は、そんな大河を力強く抱きしめ、唇が潰れてしまいそうな勢いでキスをした。

「……たぶんまだ、こんなもんは序の口だ」

「え?」

「お前は、これから、もっと幸せになる、幸せにする! だから、」

「竜児……」

「……こんなもんで、怖がってんじゃねえよ」

「うん、……うん」

 竜児の言葉を噛み締めるように、大河は何回もうなずく。
 
「……? 竜児?」

 後ろに回した手で髪留めのゴムを探り、それを緩める。垂れる三つ編みをばさばさと
乱暴にほどく。

「……このほうが、いつものお前っぽい」

「なによそれ、あっ」

 くすっと笑う大河の肩を掴み、バスルームの壁に向かうようにもたれさせる。
 ボリュームのある長い栗色の髪が覆う背中。そっと顔を近づけ、うずもれてみる。

「お前の髪、いい匂いするよな」

「まだ洗ってないのに。あんまりフェチいこと言わないでよね。んっ……」

 さわさわした髪の向こうにある大河の背中の表面に軽くキスをする。

「大河」

「あ……、うん、いいよ、竜児。でも……」

「大丈夫、いっぱいになりすぎないように、だな」

 難しい注文だ。自分も初めてなのだから、そんな余裕はないかもしれないけれど。
 
 体を支える大河の腕に、きゅっと力がこもる。
 竜児はペニスに手を添える。良く見れば、いきりっ放しのその先端からは、透明の
カウパーがあふれ出して糸を引いていた。

「ほんと俺、犬みたいだな……」

「え?」

「なんでもない」

 竜児はそっと、大河の秘部に触れる。

「んっ……」

 少しだけ襞の開いた大河のヴァギナは、改めて見ると実につつましい大きさだ。
 この薄い割れ目に本当に自分のものが入るのか――
 指を添えて、そっとペニスをあてがう。少し体勢が辛いが、やや腰を落とさざるを
得ない。如何ともしがたい身長差。

「ひっ……、や、やっぱり大きいよぉ……」

「ゆっくり入れるから、痛かったら………………とりあえず謝る」

「謝って済んだら法律家はいらんのじゃ、っ……! ん……!」

 徐々に進入を始める竜児のペニスに、ぎゅっと顔をしかめて耐える大河。
 思っていたよりスムーズに肉棒を飲み込んでいく大河の膣は、竜児のそれを包み、摩擦し、
刺激する。
 カリのあたりが入り口をぬるりと滑ると、太腿の裏が痺れるような快感が走った。

「うっわ……、っ、どうだ、大河……?」

「んっ、んん……!」

 歯を食いしばる大河はまともな声になっていない。そんなに痛かったのだろうか。

 しばらく動けないままでいると、大河は深く息を吐き、

「……だいじょぶ、続けて」

「いや、そんな鬼気迫る表情で言われてもな……。痛くないのか?」

「痛いわよ。痛いけど……、ちょっと構えすぎてたわ。あんたの言うとおり、力抜いたら
 そんなに……、っ」

 微妙な竜児の動きに顔をしかめる大河。

「強がるなよ……。じゃあ、ちょっとずつな」

「うん、たすかる……。ん……、……ん……!」

 数ミリずつ、を心に刻み、徐々に腰を前に進める竜児。

 じわり、じわりと大河の中に埋没していく自分自身。
 熱い。丹念に、ねぶるように咀嚼されているような、じわりと蕩かされてしまいそうな
気分になる。

「ふぁ……っ」

 ほんの少し、引っかかるように抵抗が強くなったところで、大河の体がピクンと
反応した。

「もしかして……ここか?」

 少し腰を引いて、同じところをもう一度押し進む。

「ふああっ、そ、こ、んんっ……!」

 背中の震えに連動して髪の毛がゆらゆらと揺れる。やはりここが感じるらしい。

「ふぁ、そこばっかり、ぃ、しなくても、い、いいからぁ……!」

 上ずる声で抵抗の声を挙げられても、あまり説得力がない。
 無理に奥まで突き進めることは止め、大河の敏感なところを丹念に攻めることにする。

「大河……っ」

「りゅ、りゅうじ、あっ、あっ、ふあぁっ、んあっ!」

 大河はさらにきゅうきゅうと竜児のペニスを締め付けてくる。油断すると、あっという間に
達してしまいそうだ。ぐっと腹筋に力を入れてそれに耐える。

「大河、大丈夫か? ……怖くないか?」

 竜児は、大河の肩に顎を乗せるようにして、紅くなった耳元に語りかける。

「はぁ、はぁっ、怖いよ、でも、んくっ、気持ち、いいよぉ……!」

 大河は息も絶え絶えに、目じりに滲んだ涙を輝かせ、呂律の回らない声を上げる。

「どうしよう、んん、竜児、わたし、ぃ、……っ!」

「うん、大丈夫だ」

「いっぱい、いっぱいだよぉ……!」

「いいんだ、それで」

 竜児は大河のつるっとした肩に合図のようにキスをして、大河の腰に手を添えて、
ぐっと深くペニスを突き入れる。

「ふぁっ……あああっ!」

 甲高い声がバスルームに響く。
 きゅっと内股になって、何かに耐える大河。

「……ごめん」

「謝らなくても、いい。いいから」

 振り返り、チョコレートのようにとろんとして甘い視線を向けて、

「キスして、竜児」

 せがむ大河に、竜児は無言で口づける。
 ぷるんとした大河の唇の感触が、一瞬なのに、延々と唇に残って響く。
 たかだか1秒のふれあいなのに、どうしてこんなに熱いのだろう。

「大河、ちょっと抜くぞ」

「え、んんっ……」

 ペニスを大河の中から引き抜く。ぬるりと大河の愛液にまみれ、臨界を迎えてすでに
ギンギンだ。

「こっち向いて、ほら」

 少し足元のおぼつかない大河の肩を掴んで、上気した顔をこちらに向ける。
 そして、バスタブの縁にお尻を引っかけるようにして座らせる。

「これなら、もっとキスできる」

「うん、もっといっぱい、んっ……」

 大河の言葉を待たずに、竜児は唇を奪いにかかる。
 小さな口に覆いかぶさるように、力強く。少し離れて、先と先がくっつくだけのものを
何回も。

「ん、ちゅ、ふふ、くすぐったい。ねえ、竜児、もっと、もっといっぱいにして」

「怖いんじゃなかったのか?」

「何言ってんの。……あんたは、高須竜児だもん」

 なんだか文脈の繋がらない、けれど胸にコトンとくる一言。
 それを、おしゃまな猫のような笑顔で言うのだからたまったもんじゃない。

「入れるぞ」

「うん。んむ……、ん、……〜〜っ!」

 唇を塞ぎ、そのままペニスを挿入する。
 先ほどよりもスムーズだが、やはりどこか痛いのか、苦しそうに歪む大河の表情を
文字通り目と鼻の先で見てしまう。

「ふむぅ、んっ、むぅ……! ん!」

 誤魔化すように、覆い隠すように、さらにキスの激しさを強める竜児。
 唾液がこぼれようが気にしない。大河の頬についたそれまで舐めとるような勢いで
竜児は大河の口を攻め立てる。

 すべすべとした頬を舌が滑ると、大河の中に包まれたペニスが内側からも刺激される
ような気がした。

「ぷは、はぁ、はぁ、竜児、動いて、いいよ……」

 竜児の攻撃から解放された大河は、息を整えながら竜児に言う。
 わかった、と短く答えると、竜児は腰の動きを再開する。
 一番奥から、さっき大河が感じていた箇所。そこまでの往復をゆっくりと繰り返す。

「ふっ……あん! ふぁ……あ! りゅう、じぃ、いい、いいよぉ……!」

 きゅっと脇を締めて身悶えながら喘ぐ大河。
 なだめるようにキスをして、大河の体に手を這わせ、手探りで見つけた胸の先端を
くりくりと親指で愛撫する。

「ん、んむ……! ぷあ、いぅ、き、気持ちい、ん、んっ!」

 跳ねるように反応する大河の体。指先に伝わってくる早回しの鼓動。

「大河、っ、俺も、」

「ふぁ、あ、うん、ん……!」

「俺も、いいよ。お前で、いっぱいだ」

「うん、うん……っ」

 涙を一粒こぼし、頷く大河をぎゅっと抱きしめる。

「……っ、俺、もう、さ」

「はぁ、はぁ、ん、いいよ、竜児」

 大河は、竜児のごつごつした背中に回した手にきゅっと力を込め、

「けっこん、するんでしょ?」

 甘ったるい声で囁いた。

「……! 大河っ!」

「ふああっ、あっ! 竜児、竜児ぃ……っ! ん、くあ、あああっ!」

 思わず、腰の動きが加速する。
 ただでさえ限界だった性感が爆発するように高まっていき、頭の中でチリチリ火花が
飛ぶような感覚が走る。

「大河、大河……っ!」

「ふぁん! うあ、あっ、いい……っ、ん、んんっ! ぁ、ああ、ふあああ……っっ!」

 竜児は、大河の中に思い切り精を放った。びゅっ、びゅっ……と、2度目の射精なのに
さっきよりも勢いが強い。
 まるで精巣の奥から搾り取られるようで、付け根の辺りから切ない快感が走って膝が
折れてしまいそうだ。

「はぁ、はぁ、大河……」

「んっ……、はぁ、すご、出てるの、わかるよ、……っ」

 数秒かけて、やっと射精が止まった。余韻が残るペニスを大河の膣から引き抜く。
 先っぽから、少し残った精液と大河の愛液が混ざって垂れる。


(本当に、やっちゃったんだな、俺達……)
 その光景を見て、今さらながらな考えをぼんやりと浮かべる竜児。
 あまりに気持ちよすぎて思考が真っ白になり、十分に頭が回らなかった。

「あ、妊娠した」

「早ぇなオイ!?」

 たちの悪い冗談に目が覚める。乱れた呼吸を整えると、大河はいつもの憎まれ口調で
溜息混じりに言う。

「これできゃんきゃん吠える子犬がたくさん産まれてきちゃうのかしら……。まったく、
 責任取ってよね」

「当然責任は取るが、生まれてくる子供の吠え具合までは責任もてん。あと1回でそんな
 たくさん生まれない」

「冗談よ、ふふっ、……あっ」

 急に内股になる大河。下に目をやると、どろっとした白い液体が太腿を伝って湯船へと
零れ落ちた。

「あ、わ、悪い」

 何か拭くものはないかと辺りを見回すが、あいにくここはバスルームだった。

「いいよ、もう後はシャワーで済ましちゃお」

「あまり精神衛生的によろしくないが……」

「ねぇ、竜児。こいつらは外に溢れてきちゃったけど、他のは私の中へ、私の奥のほうへ、
 届くかもしれないんだよね」

「こいつらって……、まあ、そうだな」

「それって、それもちょっと怖いことだけど……、すごいこと、だよね」

「……ああ」

 神妙な面持ちの大河の頭を、そっと撫でる。
 確かに怖い。責任を取るという言葉に嘘はないが、その大きさはまだ未知数なのだ。
 でも、もしそうなったとしても。大河と一緒なら。

「ん……」

 決意を改めて、その証しに、竜児はそっと大河と唇を重ねた。
 

 風呂から上がって、竜児は乾燥機にかけておいたシャツに着替え、大河はのうのうと
髪を乾かしていた。
 その時。

「……すー!」

「たい……ー!」

 玄関の方から響く大きいノックの音に二人して身を震わせる。

「だ、誰!? もしかして、ママ……?」

「いや、待て……。……北村と櫛枝の声だ」

 そういえば携帯が壊れていたのだった。心配になって探しに来てくれたのかもしれない。

「ど、どどっど、どうしよう」

「落ち着け大河! 別に俺達が、その、しちゃったことがバレてるわけじゃない。
 とりあえずお前は何食わぬ顔で出迎えて来い!」

「ががっがががが合点!」
 しまった采配ミスだと思った次の矢先には大河は玄関に駆け出していた。
 大河が変なボロを出さないか心配しつつ、竜児は生乾きのズボンに脚を通す。


 しばらくして、玄関から「みのり〜ん」「たいぐぁ〜」という泣き声が聞こえてきた。
 どうやら、二人の間にわだかまりはなさそうだ。
 ほっと一安心しつつ脱衣所から出ると、北村が廊下に立っていた。

「高須。心配かけさせやがって」

「わ、悪い」

「お、なんだかポカポカしているな。風呂に入ってたのか?」

「お、おう。寒かったから、な」

 人に動揺するなと言いつつ、目が泳いでしまう自分が情けない。
 しかし、北村はそんな竜児をいぶかしむこともなく、ただ温かく笑いかけてくれた。

「やほ、高須くん。やぁだ、もしかしてタイガーと一緒に入ってたのぉ?」

 北村の後ろからひょっこり顔を出した亜美が、いつもの小悪魔笑顔でそんなことを
 言ってくる。

「た、大河ー本当!? だめだよそんなの、大人の階段上りすぎだよシンデレラー!」

「み、みみみのりん誤解だよ! なななな何言ってんだばかちー!!」

 冗談じゃなーい、とケラケラ笑う亜美。
 どうやら大河が照れているだけで、本気で動揺していることには気づいていないようだ。
 竜児も乾いた笑いを浮かべるものの、内心は冷や汗物だった。
 
「高須、風呂上りにこんなところにいたら風邪を引くぞ」

「ん、ああ、そうだな」

 北村に促され、リビングに戻る竜児。

「あら、お風呂の電気付けっぱなしじゃない。消しとくね」

「おう、悪い」

 亜美に礼を言って、リビングに戻る。
 暖房の効いた暖かな部屋の真ん中では、大河と実乃梨がいつもの調子で抱き合っていた。
(なんだか安心するな、この光景)
 妙な安心感を感じながら、竜児はカーペットに腰を下ろ――
 
 ……お風呂の、電気?
 
 いや、まさか、と慌てて腰を上げようとした竜児の目の前に、亜美が立っていた。
 ……顔いっぱいに、ベッタリとうさんくさい笑顔を貼りつけて。

「あ……」

「……。……ふふ、どうしたの高須くん、慌てちゃってぇ。大丈夫よぉ、なんかちょっと
 妙な匂いがしたから亜美ちゃんまさかとは思ったんだけどぉ……。……お風呂のお湯はぁ、
 ちゃ、ん、と、流しておいたから」

「は……、はは、は……」

「中に漂ってたモノごと、ね」

「は……」

 凍てつく、竜児の乾いた笑顔。
 その目が捉えるのは、上っ面の笑顔に潜む雷鳴とどろく黒い雲。
 もはや涙すら出てこない。このままいっそ、石膏のようにひび割れて、崩れ落ちてしまい
たい。

「大河ー、次は私と一緒に裸の付き合いと行こうぜぃ!」

「は、はだかって、何言ってんのみのりん! 竜児とは、全然、そんなこと……」

「高須ー、ほら、おいしいお茶が入ったぞー。……高須ー?」

 片隅だけに、外の吹雪が吹き込んでいるような大河の部屋。
 いろんな人に不安と希望を与えたバレンタインの夜は、こうして深々と過ぎていった。
 
-END-