竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

 とらクエ

「……ちゃん……」

「……たいがちゃん……」
目が覚めるとそこは――


とらクエ!


「んもぉ〜大河ちゃ〜ん☆死んでしまうとはぁ〜情けないでやんすがんす☆」
――見馴れた高須家の居間。


まさかとは思うが、これは女王様のつもりだろうか。
目に入ったのは、ルビーのちりばめられたティアラと、尋常じゃないくらいにレースが重ねてあるピンクのロングドレス。
素足というのが気になるが、それでも見たこともないような豪華な衣装に身を包んだやっちゃんは、笑顔で私の頭を撫でる。
「お友達はあ、みんな竜ちゃんの宿屋にいるよぉ〜☆」

確か、徹夜でゲームをやっていたはずだ。
だけどなかなかラスボスが倒せなくて、気づいたら高須家の居間で死んでいた――ということらしい。
声に従って居間を出て、竜児の部屋に。にわかに信じがたいことだけれど、一度死んで、生き返ったということか。…ゲームじゃあるまいし。
入ると、竜児とみのりんと北村君がいて、なぜだか後ろの二人はヘンテコな衣装を着ている。というか今気づいたけれど、なんで私は制服なんだろう?
「大河、大丈夫だった?痛いとこない?」
ソフト部のユニフォームに、頭には白鳥の頭がのっかっていて、足元はバレエシューズ。
心配そうなみのりんの目的が何なのか全く理解できそうにない、あまりにも心配な姿を男二人は気にしていない様子なので、私もスルーすることにした。
というか、北村君のものすごく強烈な姿を見つけてしまい、それどころではなくなってしまった。
「いやあ、さすがに勇者抜きで踊り子と賢者だけじゃああいつには勝てないな、ははは」
カラッとした南の国の夏の日差しのようないつもの高笑いを見せる彼は、その、・・・・・・フンドシ姿だった。
見ているこっちが恥ずかしい。みるみる顔が赤くなるのが自分でもわかる。さすがにこれは直視できそうになくて、私にできることは俯くことだけ。
「おう北村、やっぱりその格好じゃ大河がやりづらそうだぞ。ちょっとは装備整えろよ」
「そうか?これが一番動きやすくて力もでるなだが。」
最後の一言に猛烈な違和感を覚えながら、竜児のマトモな忠告を本当にありがたく思う。
というか以前の私は、もしかしてフンドシ一丁でキメた自称賢者と旅をしていたのだろうか。
…ふと沸きだした疑問は、とりあえず思考の外に押し出しておくことにした。



首元のヨレた寝巻用Tシャツとパンツだけという部屋着としてはわりといつもどおりの竜児の格好は、この空間では一番間違っているような気がしてくる。
その実一番間違っているのは、たぶん隣に座るフンドシ男なのだが。右隣りは極力見ないようにしてしばらく話を聞いていると、だいたい状況がつかめてきた。
「やっぱり大橋高校城の中までは入れるんだけどね、あの魔王が強いんだよ」
目的地は学校で、
「ああ。前回も職員室までは入れても、結局負けてしまったからな」
ああやっぱり一緒にいたんだ……、じゃなくて、敵は職員室にいるらしい。
「あの独神を倒すのにはやっぱり高須君のお供のドラゴンちゃんの力が必要だと私は思うんだよねえ」
「いや、おれ宿屋の主人だし」
……あいつか。要するに学校に乗りこんであの三十路担任をやっつければクリア―ということか。
話が早くて助かった。さっさとマトモな世界に戻って新作ゲームの方をクリアーしたい。
私が三人を急かそうと立ち上がると、みのりんと北村君はなぜか同じタイミングで立ち上がっていた。遅れて立ち上がった竜児が見送る様に口を開く。
「じゃあ気をつけろよ、学校のみんなのためにもがんばれ、大河。」
心配そうな顔をして右手を上げる竜児を、思わず見つめてしまう。りゅうじ、こないの?
「さぁ、行こう!」「おおはし〜ふぁいっとぉ!」
なぜかノリノリの二人に半ば引っ張られるように高須家の玄関を出たところで、ちょっとだけ涙が出た気がした。



「今年の三年生への課題は例年の三十倍とします!」

勉強をたくさんさせれば、進学の実績は上がる。進学実績を上げれば、教師としての株が上がる。
仕事に生きる決意を固めた恋ヶ窪のこの暴走を止められる者など、手乗りタイガーしかいないではないか、と。
私が勇者に仕立て上げられた経緯は至極単純なもので、この珍妙さと単純さに支配された世界にぴったりだと思った。

私にいきさつを話してくれた爪先歩きの大親友は、いつのまにか金属バットを持っていて(みのりん曰く装備した、というべきらしい)、
「未成年でも酔拳は使えるということを証明してやるぜぇ〜」
などとはしゃぎまわっている。
もう一歩後ろでは北村君がなにやら呪文の練習をしているようで、
「ふむふむ……バイキルト!…っうわ!なぜこんなところがバイキルトしてしまったんだ!」
とりあえず私は何も聞いていないことにした。ただでさえ恥ずかしくて姿を見たくないのだ。振りむこうとも思わない。
というかそろそろ逮捕されるんじゃないだろうか。日本の警察は優秀、のはずだ。



校門の前に立った私たち三人を出迎えたのは、ばかちーだった。
美しい白のキャンパスに映える、いたずらっぽいくせ物憂げに黒く潤む大きな瞳。控え目な、しかしすっきりとラインの通った鼻に、かわいらしい口。
私たちを必死に見上げるそれをばかちーといわずに、なんと呼べばいいというのか。
「タイガー・・・みのりちゃん…ゆうさく…」
助けて、と今にも泣き出しそうな声ですがりついてきたその犬に、しゃがみこんで目線を合わせる。
「あんた、ばかちー?」
簡単に抱きかかえられて体の自由を失ったチワワは、それでも必死にうなずいてみせる。
「ありゃー。あーみん、もしかして先生に…」
「あの三十路、私をこんなあられもない姿にして……許せねーんですけど!」
犬も進化すると表情筋を持つようになるのだろうか。恥ずかしそうに顔を真っ赤に紅潮させたチワワはキャンキャンと怒り泣く。
現役女子高生モデル、大橋高校史上最高のマドンナ、万年発情チワワなどなど、数々の栄光をその頭上に掲げてきた川嶋亜美は、本当に。
本当に、本物の、チワワになってしまっていた。



ばかちー、もとい人語を話す謎チワワとともに、校舎内に侵入。
「亜美ちゃんモデルの仕事も忙しいし?特にいいとこに進学する気があるわけでもないし?課題三十倍って何のギャグだよ!って…」
あまりの理不尽さに単身抗議に乗り込んだ。そしたら、
『川嶋さぁん…そうね、あなたはカリスマモデルでも歌手でも女優でもなんでもかんでも全ての女性の憧れの華やかな道が開けてるもんね……』
「oh…ナントイウshit」
「みのりん、英語でも結構際どいよ、それ」
『でもねえ私は教師なんです!みんなをより良い大学に導くの!だから川嶋さんもお勉強してミス慶應でもミス上智でもなっちゃなさい!』
「あまり論理的ではないな。同意しかねる」
『それでも課題が嫌だっていうなら……てっとり早くCMに出られる体にしてあげる!』
「…で、気付いたらこんな体になっちゃったってわけ。無茶苦茶よ。もう最悪。あ〜はやくかわいいパーフェクト亜美ちゃんに戻りたい」
正直言って、今のこの状況にもばかちーが犬になった話にも特に興味があるわけではない。大体竜児いないし。
ただあの三十路、ついにここまで堕ちたか。私だけ二十九で転生とかできないだろうか、この世界なら。
まぁわんちゃんになっても亜美ちゃんのかわいさはトップクラスだけど、などとウザく喚き散らしているばかちーに案内される形で、職員室へ。
職員室はなぜか真っ暗で、引き戸についた摺りガラスはすべてをのみこむ闇の口を広げているような。
「なんか、不気味だねえ…」
みのりんの声で我に帰った。なんだか摺りガラスの向こう側に引き込まれるような朦朧とした感覚が頭の中に充満していた。
二人と一匹と目を見合せて、引き戸に手をかける。手に感覚がない。痺れたような右腕から、浮遊感が全身へ駆け抜ける。
「あら、逢坂さん。どうしたの?」
私は開けていない。勝手に開いた引きの向こうには、ウソみたいに穏やかな笑顔の恋ヶ窪ゆりがいた。
「この負け組!」
突然の言葉に、目の前の恋ヶ窪の体がぐらりと揺れた。耳にキンと響いたバカチワワの声。ゆっくりと膝からくずれてゆく恋ヶ窪から、思わず距離を取る。
「なんですってぇ…」
「まずい!全員、退避!」
北村君の声に、全員が廊下の端々に散る。だらりと立ち上がった恋ヶ窪の手には、何やら蛍光ペンの無数のチェックが見えるフリーペーパーが。
パラパラとめくれたページにおもむろに目を落とし、ぶつぶつと呟き始めたその声を、思わず耳が拾ってしまう。
「大橋北口…徒歩7分…デザイナーズの2LDK…4030万円…安心の建設性能評価…あはははは…」
「逢坂っ!」
突然眩しくなって、思わず目をつむってしまった。次に目を開いたら、目の前に北村君が倒れていた。
「うっ…」
…ここではじめて気づいたが、なぜか彼の尻は普段の倍くらいにはれ上がっている。
いや、腫れているわけではなさそうだ。別に赤くなっているわけでもないし、不気味なブツブツができているわけでもない。
ただ、デカい。グラマーとかそういうレベルじゃない。完全にフンドシから二つの肌色スイカがはみ出ている。まさか、恋ヶ窪の呪文(?)を受けて――
「祐作!…げっ」
「北村君、大丈夫か…うひゃあ」
「はは…バイキルトに、失敗したみたいで…な。いやあ、恥ずかしい」
いまやブラジャーをつける必要がありそうな尻を年頃の乙女三人に、これでもかと見せつけた生徒会長はそれっきり、
「もう…俺は駄目だ…いろんな意味で…。あとは…た…のむ…」
力尽きた。