『ええぇぇ〜〜!?高須君なの?
マジで?高須君ってあの高須君?
同姓の別人とかいうオチじゃなくてぇ〜?クラスの高須君?』
大袈裟に驚く、親友に、ちょっとムッとする。
「そうよ、竜児君よ。
それ以外に居ないでしょ?」
まあ、麻耶の言いたい事も、解らないでは、無いけれど。つまり、
『え〜〜〜…以外に、とか言われても…
あたし、奈々子と高須君が話してるトコなんか見た事ないんですけど…
一体、いつの間に知り合ったの?』
って事なんだろう。
「ん〜…今日よ。今日、仲良くなって、告白して…
あ、違うや…告白してくれるの待って、それで、付き合う事にしたの。」
『はぁ!?今日なの?
何か、らしくないなぁ…
奈々子って結構、ガード堅いじゃん?
あ、でも、向こうに、告白させるのは、奈々子らしいか…限りなく…』
「あたしだって、ビックリよ。
けど、本気で、好きになっちゃったんだから、仕方ないじゃない?
一目惚れな上、マジ惚れよ?
あたしだって、そりゃ必死になるわよ。」
『はぁ…いっつも、年上の素敵な彼を待ってるのぉ〜、
とか、言ってた奈々子がねぇ〜』
「ちょっと!!そんな事、誰が、いつ言ったのよ?
あたしは単に、年上の包容力ある大人な男性と恋がしたい。って言っただけよ。
竜児君てさ、同年代だけど、ホント素敵なんだから…」
『はいはい。ワロスワロス。
奈々子に限って、大丈夫だとは思うけど…
最初は、ちゃんと出し惜しみしなよ?
男なんて、すぐ調子に乗るんだから…』
「あ、今日、もうキスまで、しちゃったわ。」
『早ッ!?アンタねぇ〜
普段、言ってた事と違うじゃん…ホント大丈夫?』
「えぇ〜〜……と、どうなのかしら…
あたしから奪いに行く分には、
別に構わないんじゃ無いかしら?
って、今は、思ってるけど。」
『ふぅん。まあ、その辺りは、任せるけどさ…
あ〜あ、奈々子に先、越されちゃったよ〜
あたしも、格好いい彼氏欲しいなぁ〜良いなぁ〜羨ましいなぁ〜』
「麻耶は、まるお君狙い…なんでしょ?」
『う〜ん。そうなんだけどさぁ〜
……あ、コレって問題発生じゃん!?
高須君は、タイガーの相手してもらうつもりだったのに…
高須君が、奈々子と付き合っちゃったら、
あたしがサシで、タイガーと張り合わなきゃイケないじゃん!?
…勝てる気しないんですけど…」
気は強い癖に、意外とヘタレ。
そんな、親友の泣き事を聞き、
「あら、そんなに悲観したものでも無いわよ?」
『え?…何で?』
奈々子に、ある秘策が浮かんだ。
「だって、竜児君とまるお君は親友同士じゃない?
で、あたし達も親友同士…後は、解るわよね?」
『あ、…ダブルデートだ?』
「その通り。私と竜児君のデートに、あなた達が付き添うの…良いと思わない?」
『良い良い良いッ!!最ッ高じゃん、それ…
あ…でも、それだと、あたし達お邪魔じゃない?』
「ご心配なく。あたしは竜児君と2人で、どっか行っちゃうから。
麻耶とまるお君、2人で、あたし達を探してよ。」
『…奈々子ぉ〜〜。ありがとう…ぐすん…』
無邪気に泣き、心から、感謝する親友に、
奈々子は、ちょっぴりの罪悪感を感じていた。
実のところ、奈々子自身、竜児をデートに誘えるかどうか不安だったのだ。
2人は付き合っているのだから、そんな事は簡単だ。
そう思えるかも知れないが、竜児と離れた今でさえ、
胸が熱くて、ドキドキしてパンクしそうなのに、
明日、顔を合わせて、キチンと言えるか、どうか。
それに、もし、断られでもしたら…
竜児にだって、どうしても外せない用事位あるだろう。
以前から、言っているのなら、竜児も、奈々子とのデートの日は、空けておくだろう。
しかし、今日、付き合ったばかりで、いきなりデートに誘う訳だから、
スケジュールの調整が、つかない可能性はある。
つまり、親友の恋の応援は、奈々子にとっても、良い口実なのだ。
これなら、切り出し易いし、断れても、そんなに凹まない。
断れたのは、デートじゃなくて、親友の応援。そう、思う事にする。
まあ、行ったら、行ったで、思い切りデートを楽しむつもりだが…
そんな訳で、奈々子は麻耶に、多少の後ろ暗さを感じていた。
ダシにしてゴメンね…と。
しかし、麻耶は、麻耶で、そんな事は、承知している。
その上で、なお、親友に感謝しているのだ。心から。
奈々子が、自分に何かを提案する時、それは、大抵、何か裏がある。
でも、それを抜きにしたって、奈々子が自分の為を思っていてくれている。
その事に変わりは無い。だったら、それで良いじゃない。
ちょっと位、腹黒くても、奈々子は優しくて良い子。
2人は、互いに、互いを、正しく、理解し合う。
まぎれもなく、親友だった。
***
奈々子が眠れないでいる夜。(電話中)
竜児も、また同様に眠れずにいた。
目を瞑って横になれば、寝られるかと、思ったが、
高揚する気分を鎮める事が出来ず、頭が冴えっぱなしだった。
ずっと、同じ体勢でいるものだから、何だか、背中が痛いし、
熱もこもってきて、ベッドが、蒸し風呂天国になっている。
…外の空気でも吸おう。
ガラガラと、雨戸を開け放ち、のそのそとベランダへ。
う゛ゃあああああうまひぃ〜〜〜!!
冷たく澄み切った空気が肺へと運ばれる。
ひんやりとした、外気に触れ、高揚した気分の何割かが、鎮静化。
そして、ただ、ぼんやりと空を眺めていた。
綺麗な星だとか、丸い月だとか、そういったものがある訳では無く、
例えて言うなら、まるで海の様な、そんな夜空だった。
奈々子の事を考えていた。
あいつの目って、こんな色してたよな…
など、と惚けていると…
ガラッ!!
向かいの部屋の窓が、勢いよく、開け放たれた。
「ワッ…もう、なんだよ、ビックリするだろ?
てか、お前、風呂入って寝たんじゃなかったの?」
大河だった。ウィンドウの中に収まっていたのは、
髪ボサボサ、フリフリパジャマに、いつもの不機嫌面をぶら下げた、タイガだった。
「窓の外で人影が、ゆらゆらしてるから、気になって、開けみたのよ。」
寝起きでテンションが下がっているのだろう。
いつもより、やや低い声。
「あ、俺が起こしちまったのか?スマン。」
「フン。別に良いわよ。どうせ、寝付けなかったし。」
別に寝起きじゃないのか…
だとすると…単に機嫌が悪いのだろう。
羊でも数えて、さっさと寝ろ。明日、起きれねぇぞ。
と、竜児が口を開く前に、
「それよりアンタ何してんの?そんなトコで。」
先に、言われてしまった。
「え…、いや、別に何も。」
何だか、イヤな予感がして、適当に誤魔化すが、
「浮かれポンチな顔しちゃって、まぁ。
あの子と何かあったんでしょ?
何があったのか、話してみなさいよ。」
大河は、逃がしてはくれなかった。
***
「ふ〜ん。で、付き合う事にしたんだ?」
「ス、スマン。」
「…何で、謝んのよ?
アンタが選んだ道でしょ?
謝ってんじゃないわよ。」
「そ、その事じゃねぇよ。
奈々子を選んだ事について謝ってんじゃねぇ。
そこは誰が何と言おうと、絶対、譲らないし、謝らねぇ。
俺が謝ってんのは、今まで、お前が、俺と櫛枝の仲を取り持ってくれた事。
それを、無にする事になる。っていうか、もう、した。
そこを謝ってんだ。」
「…アンタ、何か、勘違いしてない?
別に、私は、アンタと、みのりんが付き合って欲しいとか、
そんな事、思ってたんじゃないのよ。」
「…はぁ?」
「アンタがみのりんを好きだって言うから、
だから、協力してただけよ。
もう、みのりんの事が好きじゃないなら、
それは、それで、良いんじゃん?」
「…そうなのか?」
「そうよ。…一度しか、言わないから、良く聞きなさい?
私はね、アンタの幸せの為を思って、色々してきたのよ。
アンタが、幸せでありさえすれば、何だって良い。
…勘違いするんじゃないよ。
これは、別に、アンタへの好意じゃない。
ただ、ご飯作ってくれたり、色々、世話してくれた事に対する恩義よ。
話、聞く限りじゃあ、アンタ幸せそうだし、
なら、別に、私は、それで良いのよ。」
「…大河。」
「フン。でも、気を付けなさいよ?
あの、お色気ボクロ、ああ見えて、なかなか、したたかな感じよ?
ウカウカしてたら、アンタ絶対、尻に敷かれるわ。
ま、それも良いんでしょうけど。
あ、それと、しばらくは、私、アンタと距離置く事にするわ。
付き合い出して、最初の頃は、色々、あるだろうから。
ま、せいぜい、楽しみな。」
くちゅん。
小さな体を震わせてくしゃみをする。
「あぁ、さぶっ。
風邪引いたらヤダし、私はもう寝るわ。
アンタも、さっさと寝なさいよ?
そんなトコに、立ってられたら気になっちゃうじゃん…
じゃね。バイバイ。おやすみ。竜児。」
ピシャリと窓は、閉じられ、それきり開く事はなかった。
大河…。ありがとう。
俺は幸せになるから。
だから、お前も、ちゃんと見つけろよ?
一緒には、探してやれないけど、きっと、見つけろよ?
閉じられた窓の向こう。
遠くに居る、大切な奴の幸せを、竜児は祈った。
***
明けて翌日、大河は宣言通り、食卓に姿を見せなかった。
「ねぇ、竜ちゃ〜んまた喧嘩でもしたの?」
など、と泰子は心配していたが、
「してねぇよ。」
と、だけ、答えておいた。
俺に彼女が出来たから、アイツは遠慮して来ねぇ。
と、言っても良かったのだが、それはまたにした。
それは、先に奈々子を紹介してからの方が良いだろうと、判断したのだ。
「じゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃ〜い。」
カツンカツンと錆びた階段を降りながら、
竜児は考えていた。これからの事…などという未来的な事では無く、
この先、30分後、やってくる、ある事柄について。
学校で奈々子に、どう接しよう?どんな顔で話そう?何を話そう?
最初、に何て声掛けよう?昼飯は一緒?休み時間は?下校は?放課後は?
「おはよう竜児君。良い朝ね。」
家を出て30秒。不意に掛けられた声により、
30分あると思われた猶予は、砂となって流れ落ちた。