竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

LA 会長

 狩野すみれは心のそこから驚いた。
アメリカに留学してから1年と少し。
これほど驚いたのはこちらにきてからはじめてのことだった。
仕事を追え、研究室からまっすぐ帰ってきた狩野は、シャワーを浴びるとすぐにベッドに向かった。

 部屋の中は静かで薄暗い。すでに時刻は十二時を回っており、部屋の明かりといえば、ベッドサイドにあるランプが明るく光っているだけだった。
ワンルームの部屋の中にはベッドと机が置かれているだけのシンプルな部屋。

 ごちゃごちゃと家具を置くのはあまり好きではない。仕事や研究を行なうための机と、身体を休めるためのベッドがあれば十分だった。
アメリカンサイズの大き目のベッドに、狩野は静かに腰を下ろした。ベッドに腰掛けながら、寝巻きであるYシャツに腕を通す。

「寝るか……」

もう夜も遅い。明日も朝から、研究所で仕事がある。

 狩野は、ベッドサイドに置かれたランプを消すため、手を伸ばした。
指とスイッチの距離が数センチまで迫ったとき、狩野はふと気配を感じた。

 何かが動く気配と、小さな物音がすぐ近くで聞こえる。
 気配と物音は、自分の正面、伸ばしている足の向こうから、確かに感じた。
伸ばしていた手を止め、顔を上げて正面を向く。
 伸ばした足の先には、ランプの光が届かない、暗い夜の色があった。
 そしてその色の中に、はっきりとした形をもった何かが、こちらをじっと見ていた。

「会長、お久しぶりです……」

暗い部屋のなかで、はっきりとした声が聞こえた。

 そして自分を呼ぶ声。名前でなく、高校にいたときに親しまれていた名称で。
あまりの突然の事態に、狩野は体がびくっと動いた。

 声こそあげなかったものの、悲鳴に近いものが喉のすぐそばまで来ていた。
その言葉が、きゃっとか、うわっなのかは分からないが、普段の自分なら絶対に出さないような言葉だったに違いない。

 忙しく動く心臓を落ち着けるため、狩野は1回だけ、深呼吸をする。
 それだけで、乱れていた心がすっと収まり、いつもの平常心が戻ってくる。
 そして、平常心を取り戻したことを確認すると、腹に力を入れて、大声を出した。

「お前はそこで、一体何をしているんだ!!」

部屋の中に狩野の声が広がった。
 静かな夜の空気を壊すほどの大音量。
 当然、部屋の外や、隣人にまで聞こえたことだろう。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

「お久しぶりです、会長!」

ベッドの正面にいる人物が再び挨拶を返してくる。第一声と変わらず、淡々とした口調で。

「そんなことはどうでもいい!北村、お前何故ここにいる!?」

「会長、お静かに。もう夜中ですから」

狩野の大声に、正面にいる男が小さな声で注意してくる。


「質問に答えろ!なんで、お前が、私の部屋の中にいるんだ!!!」


狩野は少しだけ声を落としてから再度北村に問いかけた。
 薄暗い部屋の中。明かりといえばベッドサイドのランプのみが光る部屋の中で、正面に立つ北村祐作は、落ち着いた表情でこちらを見ていた。

「会長が留守の間にお邪魔しました。鍵は大家さんにいったら開けてくれました」

「何故お前がアメリカにいる!」

「会長を追いかけるために」

「では……」

頭の中に浮かぶいくつのも質問を押しのけ、最大の疑問を狩野は口に出した。

「何故、お前は私の前で素っ裸でいるんだ!!」

最大にして、理解したくない質問を大声で放つ。
 狩野の目つきと表情は、自然と険しいものになる。
 それもそのはずだ。日本にいるはずの人物が自分の部屋にいるのも不可解ならば、一糸まとわぬ裸でいることも理解不能なのだから。

「会長にお会いできる喜びから、嬉しくなって脱いでしまいました」

北村が腰に手を当ててポーズをとってくる。

「あとは、趣味です」

暗い部屋の中でもよく分かるほど、引き締まった体つきをぐねぐねと動かしてくる。
 ソフトボール部に所属していることは知っているが、1年以上前に見たときより、体つきはさらに成長したようだ。

「どうでもいいがポーズをとるな!あと、前は隠せ!!」

くねくねと動いたり、ポーズをとったりしている北村は、一糸まとわぬ身体を目の前にさらけ出している。

「あぁ、これは失礼しました。まだ早かったですね」

そういってどこから取り出したのか。1枚のハンドタオルとさっと取り出し、自らの前を隠す。

「そんなことより会長。会長にお伝えしたいことがあるのです」

北村はそういって一歩足を踏み出し、ベッドに近づいてきた。
 さらに一歩。こちらに近づくにつれ、ランプの光を受けて、北村の全身がはっきりと見えてくる。
 鍛え抜かれた身体もライトアップされるなか、下から光に照らされる形になっているためか、北村の表情がまるでお化け屋敷の演出みたいに見える。

「会長!!」

「なんだ!」

「1年前の答え、今日こそはお聞かせください!」

「1年前……?」

北村はベッド正面ギリギリまで近寄ると、ぴしっと背筋を伸ばした。表情も自然と引き締まっている。

「私は……いえ、俺は……」

一度、言葉をきり、北村は深く息を吸う。

「会長、あなたが…………好きだーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

部屋の中はおろか、窓を超えて遠くまで聞こえそうなほどの大声をあげた。あまりの大きさに、耳の中で言葉が響いていた。

「俺がここにたっていられるのは、貴方という人に恋をしたからです!
 それはあの生徒会選挙の場から、このアメリカに移っても変わりはありません!俺は、やはり貴方のことが好きです!!」

 一息に言いきったせいで息継ぎが荒くなっている。

「聞かせてください。会長の答えを!俺は、ここに立っていていいでしょうか?」

そこまでいうと、北村はじっとこちらを見つめてきた。
 全て口にしました。あとは、会長、あなたが答えてください、と。口には出さないが、そんな言葉が、北村の放つ気配から感じられる。
狩野は、北村の顔を見て、ふと何かを思い出した。
 その顔にある目が、どこかで見たことのある目だと思ったからだ。
 すぐに思い出せた。1年前の生徒会選挙の時、あの体育館で見たときと同じ目を、北村はしているのだ。
 眼鏡を通してでも伝わってくる、まっすぐで熱い、バカ正直なあの頃と同じ目。
 場をわきまえずに、突然自分に告白してきたときの、あの真剣(マジ)な目だ。
 笑いたくなってきた。あの頃の言葉をそのまま引っさげて、今ここで、また自分に告白してくるとは。
北村に見えないように顔を伏せて、一瞬だけ狩野は笑った。
 そして、次の瞬間には、いつもの表情に戻す。
 顔を上げ、北村の顔を正面からしっかりと、見据えた。そして、口を開く。

「お前が立つべき場所はそこじゃない……」

そういって北村を指でさす。

「会長……」

北村な何かをいいかける。それをさえぎるように、

「お前が立っていいのは」

突きつけていた指を動かし、自分のベッドサイドを指す。

「私の横だ!!」

最後はにやりと笑ってやった。自分でもはっきりと分かるくらい、口の端をあげて、北村に笑いかける。

「会長!!」

直立姿勢で立っていた北村が動き出した。

 腕を高く上げ、力強いガッツポーズととる。がっしりとした体格を持つ北村に、そのポーズはよく似合っている。

「会長ーーーーっ!!」

北村が勢いよく宙に飛んだ。そして空中で飛び込みのような形を一瞬で作ると、ベッドにいる狩野にむかって勢いよく飛び掛ってきた。
狩野は、迷うことなく右足を横になぎ張った。遠慮も躊躇も無い、一撃。北村は、まともにその一撃を身体に受けた。

「ぐほっ!!」

「それはまだ早い!!」

夜の遅い時刻。真っ裸のまま床に落ちる北村。
 びたんと、カエルがつぶれたような形でのびている北村を見て、狩野は豪快に笑った。