竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

 我が家の腹黒様 4

「玄関の方から聞こえるのって、タイガーちゃんと実乃梨ちゃんの声じゃないかしら?
出てあげた方が良いんじゃない?」
もう、ちょっとだったのに良いところで
あまりの間の悪さに、泣きたくなる奈々子であったが、
「話の続きは、後で聞かせて。」
と、保留の意志を告げる。苦渋の選択である。
「お、おう。」
言われた竜児は、一瞬、躊躇するが、
お願い。出てあげて。と奈々子に促され、ゆっくりと、腰を上げた。
背を向けて、玄関に向けて一歩踏み出そうとした、その時、
グイッと、強い力で後ろに引っ張られた。
見れば、奈々子が座ったままの体勢で、手だけを伸ばし、腰の辺りを掴んでいる。
「!?香椎?」
「あたし、待ってるから
……おう。すぐ、だから。待っててくれ。」
「うん。」
ニッコリと笑った奈々子の目尻には、涙が溜まっていた。
それでも、パッと手を離して、行ってらっしゃい、と、送りだしてくれた。
自分はこの子に心を預けよう。もう迷う事なんか無い。
そう、決めたのは、この笑顔だった。

***

「こんばんは、高須君ッ。
いやぁ〜スマンネ。スマンネ。
高須君だけ、置いてけにして、行っちゃってさ〜
大河の奴が、お腹減りすぎで死んじゃう〜っとか、いうもんだから
ほれ、お詫びに肉まん買って来たから、コレで許してくれぃ。」
「結構、待ってたのに、帰って来なかった竜児だって悪いのよ?
まあ、それでも、みのりんが可哀想だからって、お土産買ってきてくれたんだから
せいぜい、感涙にむせびながら、噛み締めるが良いわ!!」
「あ、その、スマン。ありがとな。」
「ヘッへッヘ。良いって事よ。
って、そんな大袈裟なもんでも、無いんだけど
それ、コンビニの肉まんだし。
……
ん?おやぁ?何か靴が一個多いね。
先客さんかな?見たトコうちの高校の靴みたいだけど
私が、思うにあ〜みん、かな?」
「なにぃ!?アンタ、また、ばかちー家に連れこんで
ったく、何してんのよ、この発情犬がッ!!
ばかちーにも、一言言って来てやるわ。
コルァ〜ばかち〜ッ!!」

無遠慮にズカズカと、居間へ勇んで来た大河を待っていたのは、
意外な人物だった。(大河的に考えて)
「こんばんわ。どうしたの?タイガーちゃん
そんなに驚かなくたって良いじゃない。」
大きな瞳をまん丸にして、口ポカーン。相当な、マヌケ面だった。
そりゃそうだろう、大河にとって、香椎奈々子は、同じクラスのお色気その一、位のポジションであった。
まさか、留守中に、竜児が、たらしこんだ(未遂)女が、
奈々子だとは、つゆとも思わなかった。
想定の範囲外にも程がある。てっきり、亜美だと思っていたし、
え?そんな選択肢あるの?みたいな、
一周クリアしないとフラグ立たないキャラ、みたいな、
まさにそういう感じだった。
勿論、そんな事は奈々子自身、十分に承知している訳だが、
「何だか、傷付いちゃうわ。」
口元に手を添えて、わざとらしく言う。
ちなみに、先の脱衣オセロで、乱れた箇所は、キチンと元通りにしている。
覚悟を決めた奈々子は強かった。虎に臆さず堂々と正面から向き合える。
元々、大河が、腹芸だの、顔芸だのを苦手としている事もあって、
「あ、あああアンタ
と、奈々子が優勢であった。そこへ、
「ありゃりゃ〜てっきり、あ〜みんだと思ってたけど
靴の主は、奈々子さんでしたかぁ〜
夜更けに密会とは、何だか怪しい雰囲気ですな〜
てか、お二人ってそんな仲良かったっけ?」
親友のピンチを見かねて、腹芸も顔芸も得意な女が割り込んできた。
「今日、仲良くなったのよ。けど、別に怪しくは無いわ。
あたしが、家の鍵無くしちゃってね。困ってた所を高須君に助けて貰ったのよ。」
ね?っと竜児に向かってwink
2
人だけの秘密。目と目だけで通じ合うと、
何だか、照れ臭くて、思わず、赤くなる。
「ほほぉう。そいつは大変でしたな〜。」
と、にこやかに実乃梨。しかし、目は全然、笑っていなくって
「ウフフ。そうでもないわよ。今日は随分、楽しかったもの。」
勿論、奈々子も笑ってはいない。
あとは、互いの視線と視線とが、ぶつかり合って、高須家に雷鳴を轟かせる。

***


………と、いう訳なの。」
鍵無くして、教室掃除して、ご飯作って、オセロしていた顛末を、奈々子なりに説明した。
「ふぅん。そうなの。」
ふぁお腹いっぱいだから、ねみゅい
と、面白くもなさそうに大河。
「なるほど高須君が帰って来なかったのは、そういう訳でしたかぁ〜
てか、大河が、弁当箱忘れたのが、イケないんじゃん!?
こらッ大河!!メッだよ!?
二度と忘れて帰ったりしない様に。」
と、実乃梨。
「えぇ〜そんなのムリだよぉ〜。」
「おだまりっ!!」
などと、一連のコントに対して、
「まぁまぁ、お陰で、あたしは助かったんだから、実乃梨ちゃんも、その辺で。」
と、奈々子が無粋に横槍を入れたりして(勿論、わざと)
終始、和やかなムードで、会話は進んだ。
流石に、女3人寄れば、かしましく、話は尽きない様に思われたが、
「あ、イッケネ。もう、こんな時間かぁ〜
じゃ、来たばっかで悪いんだけど、
私は、そろそろおいとまさせて頂きやすぜ。」
と、意外と早い時間に実乃梨が、脱退の意志を告げた。
「親がうるさいとか、そんなんは無いんだけど、
見たいテレビがあってさぁ。」
ニヘヘ、と舌を出しながら、付け足した、次の瞬間、
「お、おう。せっかく来てくれたのに悪いな。
お茶も出さなくて。暗いから、気をつけて帰れよ。」
意外な竜児の対応に、
ありゃりゃ?これは、もしかして……
これだけで、大体の筋書きが読めてきた実乃梨。
もう。何、気の利かない事言ってんのよ!!バカ。
『テレビなら、うちで見ていけよ。
今、お茶淹れてくるから、ゆっくりしてってくれ。
あ、プリンとか食うか?(注・奈々子が美味しく頂きました)』
くらい、言いなさいよ。まったく。
「え?みのりん、もう帰っちゃうの?もっとゆっくりしていけば良いのに
ちょっと竜児。アンタ、みのりん送って行ってあげなさいよ。
夜道、みのりん一人じゃ不安でしょ?
今こそ、アンタの目つきの悪さが役に立つってもんだわ。さあ、行けッ!!」
竜児の気の利かなさに、呆れつつも、彼の恋路のため、
さりげなく、助け舟を出してやる大河。

無意識の内にでも、心を削りだした、大河の健気な助け舟も、
「えいや、でも
……そんな、良いって良いって。
私は、一人で、大丈夫だから。」
竜児の煮えきらない態度によって、ご破算になりかけたが、
「せめて、下まで見送りしてあげたら?ね?」
「お、おう。櫛枝、じゃ、下まで送ってくよ。」
……む?そうかい?すまんね。」
奈々子の一言で、一命を取り留めた。
違和感バリバリの竜児に、いつもと何かが違う。
とは、思いつつ。一体、何が、どう違うかは、未だ、理解し得ない大河であった。

***

カツン。カツン。と、錆びた階段を降りて、
竜児と実乃梨の2人は、ひんやりと張り詰めた空の下に並んだ。
季節は、もう、すっかり秋だ。
「ねぇねぇ、高須君?
ちょっと話があるんだ。良いかい?」
と、実乃梨が切り出した。
実乃梨から、こんな事を言われれば、本当にドキドキものだ。
実際、何度、想像し、妄想し、夢想した場面か知れない。
ただ、今日からは、事情が違った。
この時、竜児が感じたドキドキは、以前とは種の事なるドキドキであった。
「私、高須君に謝らないとイケない事があるんだ。」
「え?……何の話だ?」
「私が、始めの頃、大河を泣かしたら許さない。
大河を捨てたらお仕置きだべぇ〜。って言ったの覚えてる?」
お、おう。」
「それ、もう、忘れて。」
は?」
「考えてみれば、ヒドイ話だよね。
高須君だって、自分の幸せを手に入れなきゃイケないんだよ。
なのに、私、高須君に枷をはめる様な事した。
それを、謝りたかったんだ。
つまり、これから、高須君は、誰かの為じゃなくて、
自分の為に、思う通りにしな、って事。
それだけ。じゃ、おやすみなさい。明日、学校でね。」
言うだけ言って、スタスタと、自分の道を歩いて行く実乃梨。
途中、一度だけ振り返り、
「あ、高須君が大河いらないんだったら、私におくれ。
なんつって。アハハハ。ジョーク。イッツ・ジョーク。
ここは、ジョーク・アベニュー。」
などと、言いながら、角へ消えて行った。
今の、櫛枝の言葉はどういう意味だったんだろう?
実乃梨の言葉がどうあれ、今は、
実乃梨を前にしても、胸が痛まなくなった事実の方が
竜児にとっては重要であった。


***

一方その頃、高須家では、
「ねぇ?大河ちゃん、少しお話があるの。
とても、大切なお話。良いかしら?」
うん?何よ?」 奈々子が大河に仕掛けていた。
「単刀直入に言うわ。あたし、高須君の事、好きになっちゃったの。」
………ッ!?はぁ?アンタ正気?」
「大マジよ。だから、大河ちゃんにだけは言っておくべきだと思って。」
………ふぅん。アンタも物好きな奴ね。
てか、なんだって、私に言う訳?
本人に言いなさいよ。そういう事は。」
「勿論、そのつもり。」
………一応、教えておいてあげるけど、
アイツ今、好きな人居るよ?」
「そんなの、関係ないわ。」
……そう。別に、止めはしないわよ。
もし、アイツがアンタを受け入れたって、振ったって
それは、アンタ達の問題。私の知った事じゃない。」
「ええ。そうね。」
「フン。あんな奴どこが良いんだか
バカみたい呟く大河の言葉は、己の胸に、楔の様に突き刺さった。

***

「私、帰るわ。今日はもう、お風呂入って寝る。
「あたしも、そろそろ家に帰るわ。
もう、お父さんが帰ってる時間だと思うから。」
実乃梨を見送り、戻った竜児に2人は、こう告げた。
「お、おう。そうか、じゃあ、家まで送って行くよ。」
竜児の言葉に、大河は、あからさまにイヤそうな顔をする。
「いいわよ。んなモン。1人で帰れるっつの。
アンタは、この子だけ送って来な。
私は勝手に帰るから。ほれ、早く、行った、行った。」
半ば、強引に、2人は大河によって、家を追い立てられた。

***

道すがら、他愛もない雑談に、秋の空気が、より深くなっていた。
「香椎、そこ曲がった所に公園があるんだけど
ちょっと、寄らないか?話もあるし。」
「ええ、いいわよ。」
夜の公園は、誰も居なかった。
地面に、散らばるスコップやバケツ、半分、崩れた砂の城が、余計に寂しさを演出し、
今、世界には、2人しか居ない。そう、感じられた。
隅っこでポツンと佇むベンチ。
「ここ、座ろうぜ。」
「うん。」
そうして、2人だけの世界が始まった。

「さっきの話の続きなんだけど
俺は今、香椎が、好き
ボスン。
「だ……え!?」
竜児が最後まで、言い切る前に、奈々子は竜児にもたれかかった。
顔を竜児の胸に押し付け埋め
「あたしもよ。あなたが好き。」
竜児の胸の中で、奈々子は、ふるふると、力弱く震えていた。
「寒いのか?」
震える奈々子を、慈しむ様に、二本の腕でしっかりと抱きしめる。
「あったかい
今宵、奈々子にとって、一生で一番、暖かな夜であった。

***

「ありがとう。送ってくれて。
ホントは竜児君をお父さんに紹介したい所なんだけど
また、日を改めてね?
そうだ。今日のお礼に一度、ちゃんと、あたしの家に招待するわ。
あ、アドレス交換しておかないと。
竜児君の携帯、赤外線付いてる?」
竜児はポケットから、携帯を取り出し、しげしげと見つめつつ
「え、と付いてるのか?
確か、付いてるハズなんだけど
頼りない返事。
奈々子にサッと、手から携帯を取り上げられ
「どれどれ。あ、コレね。
送信と。これで大丈夫ね。
コレがあたしのアドレスと番号だから、登録しておいて。はい。」
そして、ポンと携帯を手渡される。
ああ、これだ。これが、恋人同士って感じだよな
竜児は、初めて出来た恋人との甘い一時を噛み締めていると
「ねぇ、竜児君。ちょっと耳貸してくれない?」
「お、おう。何だ?」
奈々子の言葉を聞き取りやすい様、膝を曲げて、
奈々子の口元に耳を添える。
「大好きだよ。」
そっと、囁かれる甘い声に惚けていると、
チュッ、と。唇を塞がれる。
「んん
甘い甘い、恋人達の時間。
「俺も大好きだよ奈々子。」
一息ついて、もう一度。

***

それじゃあ、おやすみなさい。
おう、おやすみ。
竜児の姿が見えなくなるまで、手を振っていた奈々子は、
実に、久片ぶりに家へ入った。
ホントに、今日は、色々あって、見慣れ我が家も
なんだか、新鮮な気分だ。
ちなみに、父は未だ帰宅して居ない。
奈々子は自分の鍵を使って家に入った。

実は、ポケットに入っていた。
灯台元暮らし。探し物は手近にあるのが世の常である。
ジャージに着替える時、チャリ〜ンと姿を表したのだが、
今更、恥ずかしくて、結局、最後まで、言えなかったのだ。
途中から、意図的に隠し、竜児を引き留める材料にしていたが、
別に悪気がある訳ではない。この、乙女の可愛い嘘には、閻魔様だって目を瞑る事だろう。
ベッドに腰掛け、竜児の温もりと、キスの余韻に浸り、
しばらくして電話を掛けた。
父親不在を良いことに家電で。
だって、もし、電話中に、竜児から、電話かメールがあったら困るじゃない。
「もしもし?麻耶?
うん。ちょっとね。
実は、今日、彼氏出来ちゅったの。
え?うん、マジだよ。相手は、ねぇ〜……
そうして、一晩かけて、ゆっくり、親友に自慢してやった。