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我が家の腹黒様6
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- 「ど、どうしたんだ!?」
学校で、会える事を楽しみにしていた彼女が、 何故だか、こうして目の前に立っている。何故?ホワイ?
奈々子の家はここから見て、学校の向こう側。 従って、竜児君と、一緒に登校したいの…とかでは無いハズ。 だって、流石に遠いし。
じゃあ、何だろう?忘れ物かな?と、思っていた時期が、
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「…どうしても、竜児君と、一緒に登校したかったのよ。
だから、家まで迎えに来ちゃった…迷惑…だった?…」
竜児にも、ありました。
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「へ?…め、迷惑だなんて、そんな事、思う訳ねぇよ。
嬉しい。そりゃあ、嬉しいに決まってるだろ?
ただ、奈々子ん家、結構遠いだろ?
だから、朝、迎えに来てくれるとか、思ってなかったから、ビックリしただけだよ。」
天指す睫毛を萎れさせ、俯くその、憂い気な表情に、
ただただ、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになり、
竜児は、必死に弁明していた。
今すぐ、地に平伏したい。謝りたい。土下座。
たとえ、そこが、肉焦がし、骨焼く鉄板の上であろうとも…
の、一歩手前くらいにまでは、追い詰められそうな…
ともかく、そういう心境にさせられた。
「ホントに?良かったわ…喜んでくれて。それじゃあ、2人で行きましょ?ね?」
「おう。」
………
…会話が続かねえ…
彼女と2人並んで、登校する。
今時の高校生なら、いや、中学生だって、平然と、
当たり前の様にしている事で、何も難しい事じゃない。
まず、右足を出して、次は左足、その次は右足。
学校に着くまで、彼女と一緒に、
1、2、3、ワン、トゥ、スリッ、アン、ドゥ、トゥルァ、アイン、ツヴァイ……
「……ねぇ?聞いてる?」
「ッ!?…あ、いや、スマン。」
「もう。なんだか、ぼ〜っとしちゃって、全然、あたしの話、聞いて無いんだもの。
…あたしの話…つまらない?」
「そ…そんな訳ねぇ…
これは、その…昨日…あんまり眠れなくて…
だから、眠いんであって…色々考えたりする訳で…」
- 「昨日、眠れなかったって…昨日も、何か考えてたの?」
「…色々な…」 「色々って?」 「おう。色々。」
「……言えない様な事なのかしら?」
怒っているのか、哀しんでいるのか、なにやら、怖ろし気な雰囲気に
「そんなんじゃなくて…
別にやましい事じゃなくって…その、あれだ。今後の希望的観測だ。うん。そうなんだ。」
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と、奈々子オーラにやや気圧されつつも、自己完結を謀る。
すると、オーラは霧散し、代わりに艶っぽい笑みが浮き上がった。
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「そうなの?具体的には?」
ぐいっと、竜児の腕を引き、抱えこむ。
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「え…いや…」
- 「それって…何か、あたしとしたい事?あたしにして欲しい事?それとも、あたしにしたい事?」
−腕に…素敵な膨らみが…当たってる…気がする。
−うふふ。あててるのよ。
「ねぇ、遠慮なんてしなくて良いのよ?
言っちゃえ……言いなさい!……言えッ!!」
耳元で囁かれて、命令されて、脅されて…
なんだか…よく解らないけど…いい気持ちで…
結局、よく解らないまま…気が付けば…学校は目の前だった。
『手を繋ぎたい。』と、自分は言ったのだろうか?
全然、覚えていないけど、自分の手は奈々子の手と絡みあっている。
あれ?もしかしたらコレは夢なのかな?と思い始めた浮かれポンチな意識が
「やあッ。おはようッ!!」
不意に背中をバシンと叩かれ醒めた。
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「へぇ〜朝から熱々なんすね〜いやぁ、実際見てみると違うわ〜
羨ましいなぁ〜良いなぁ〜そ〜ゆ〜の。」
声の主は木原麻耶だった。
竜児にとっての麻耶は単なるクラスメートで、特に親しい間柄ではなく、接点も無かった。
親友である北村の友達、親しくしている亜美の友達で、挨拶位はする仲ではあるが、こんな風に背中を叩かれる様な事は無かった。
まあ、それを言うなら、今、手を繋いでいる相手も昨日まではそういう希薄な関係だったのだが…
奈々子と木原の仲が良いのは知っている。だから、今の俺は木原にとっては奈々子に同梱されてる付録みたいなモノだろう。
と、思うのだが…どうやら違うらしい。
麻耶の視線は奈々子ではなく竜児を捉えていた。
- ***
「おはよう。麻耶。」 「おは♪奈々子」 「お、おはよう。木原。」
「良い朝だね〜。」
いきなり現れた麻耶は奈々子には一瞥もくれず、適当に挨拶を返した。視線の先は竜児。
そして、竜児はそんな麻耶の様子に何やら違和感を抱いているらしかった。
…まあ、良いけどね。でも、麻耶には申し訳ないけど、あたしは竜児君にまだ何も話してないから、
多分、麻耶の期待は空振りに終わるんじゃないかしら?でも、面白そうだから、黙って見ていよう。
後でちゃんと話しておくから、許してね?麻耶。
1人、事情を知る奈々子は吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。
乙女は愛しい人の困惑する表情が何よりの大好物であった。
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「高須君さ、奈々子と付き合う事にしたんだってね?」
「お、おう。もう、知ってるのか。」
「あたしが昨日の夜、電話したの。
麻耶には彼氏が出来たら一番に報告するって約束だったから。」
「おう。そうなのか。」
「そうそう。奈々子に朝までノロケられてさ〜全ッ然、寝てないんだから。
でもさ、奈々子と高須君って、そんなに仲良くなかったよね?
ね、2人に何があったの?教えてよ。高須君。」
「え、いや別に、何がって訳じゃ…
というか、奈々子に聞いてくれよ。」
「もちろん聞いたけど、詳しくは教えてくれないんだもん。」
「ウフフ。だってそれは、あたしと竜児君の2人だけの大切な思い出だもの。
だから秘密にしたって良いじゃない?ねぇ。」
「おう。」
「ふぅん。高須君でもそんな表情するんだねぇ〜。
奈々子から『可愛いの』とか聞いた時は正直、趣味悪ッとか思ったけど…まあ悪くないじゃん。
あ〜あ、実はあたし高須君に話があったんだけどなぁ〜そんな調子じゃムリっぽいね。ま、それは後でも良いや。
邪魔しちゃ悪いし、あたしは先に行くよ。んじゃ、後でね〜。」
言うだけ言って、麻耶は走り去って行った。
『何だったんだ?』困惑する竜児を恍惚の眼差しで見据える奈々子は『ごちそう様』とひとり満足気に微笑んでいた。
***
「俺は、香椎奈々子さんとお付き合いしています。以上。」
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教室に入るなり、友人達から質問責めにあった竜児は、意図して端的に答えた。
竜児の横に大河以外の女子が立っている事が余程、衝撃的だったのか、
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「え、ちょ…高須…おま、なんで香椎様と一緒に登校?え、香椎様なの?」
- 「高っちゃ〜ん。香椎様と何があったんだよぉ〜。昨日までは、タイガーと登校してたじゃんか。」
「おお、春田が昨日の事を記憶しているとは珍しい。
いや、高須と逢坂はもはやワンセット、一心同体の様なモノだったからな。
何がどうしてこうなった?解る様に説明してくれ。」
等と、面白くない質問につい、冷たく答えてしまったのだ。
「え?マジ?」
「おう。大マジ。」
「ええ。マジよ。」
「そっか〜だったら俺は祝福するよ〜おめでとう。高っちゃんと香椎様。」
「そうだな。おめでとう二人とも。
意外だったんでビックリしたが、失恋大明神として、また高須の親友として、俺も2人を祝福させてもらう。」
「おう。ありがとう。」
「ありがとう。春田君にまるお君。」
「え?2人とも祝福しちゃうんだ…
俺としては、高須に先越されて、正直、悔しさと寂しさで胸がいっぱいなんだけど…」
「能登…お前…」
「のとっち…それは無いよ。狭すぎるよ。心が。」
「狭量過ぎる男は良くないぞ、能登。」
「え、いや、勿論おめでとう、って思ってるよ俺だって。」
「ウフフ。ありがとう。
でも、もっと余裕を持った方が素敵だと思うわよ?
じゃないと…ふふ、どうなるのかしらね。」
「ど、どうって?」
「後ろ、見てみたら?」
「後ろって…ゲ…」
「…ゲ、はこっちの台詞だよ。最悪だねアンタ。」
「まあまあ、能登君だって悪気がある訳じゃないんだから、麻耶もそんな言い方はヒドイわよ。
能登君もあまり気にしないでね?」
「…うう、ありがとう。香椎様だけだよ、俺なんか庇ってくれるの。」
「どういたしまして。
あら?でも、そういえばあたし、まだ麻耶からおめでとうって言って貰って無い気がするわ。」
「え?言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ?」
「うそ…ごめん。」
「アハハハ〜何だ〜じゃあ木原様も、のとっちと一緒じゃん。」
「ウフフ。そうね。
でも、別に言葉にしなくても、良いじゃない。
能登君と麻耶があたし達を祝福してくれているのは、すごく感じるもの。ねぇ、竜児君?」
「おう。そうだな。ありがとう2人とも。ありがとう皆。」
「皆、ありがとう。」
- 教室の真ん中は、わいのわいのとお祭り騒ぎだが、隅の方ではお通夜ムードであった。
「何か、大人だよな〜奈々子嬢は。
能登君が粉砕した空気を修復ちゃったよ。」
「そうだね〜。まあ、ばかちーの友達やってられるんだから、さぞかし人間が出来てるんでしょ〜ね。」
「………アンタだけには言われたくないわ。」
「そんな事より、まさかのカップルだよねあの2人。
さしもの大明神も驚いた事だろ〜よ。
私はもっと驚いてるけど。」
「だよね。亜美ちゃん、まだ、ちょっと混乱中。」
「私は昨日に聞いたから、今日は若干のゆとりがあるわ。はぁ…」
「私もさ、実は昨日ちょっと、おや?と思ったけど、やっぱり、まさかだよ。
展開早すぎると思わない?」
「今日までホントに何も知らなかったのは、あたしだけか…
昨日って何?って聞くのも何かバカらしわ。」
「あり?あーみんドコ行くんだい?」
「…お手洗い。誰も…ついてこないで…。」
重病人の如く、力無く立ち上がる背に声をかける者は無かった。
***
スキャンダルに盛り上がる輪の中にあって、奈々子だけは、亜美が教室から姿を消している事に気がついていた。
奈々子にとって、亜美の動向は大きな懸案事項であった。
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「ごめんなさい。ちょっとお化粧直してくるわね。」
と、竜児に囁き教室を抜け出した。
奈々子の見立てでは、亜美は少なからず竜児に好意をもっている。しかし、何かに遠慮している様でもある。
だから、自分が竜児と付き合う事になれば、亜美の心は大きく揺らぐに違いなかった。そうなれば、亜美はどういう行動に出るか?予測がつかない。
しかし、最愛の人を譲るつもりは微塵も無い。友人であっても。例え、卑怯だと蔑まれようと…奈々子は先手を打つべく、亜美を追った。
- 亜美の奇行癖を知る奈々子は、その行方について悩む必要は全くなかった。
多分、あそこに座っているハズ。目星を付け、しばらく廊下を歩けば、案の定、亜美が自販機に挟まれていた。 「誰?」
余程、堪えているのか、体育座りに俯けたまま、顔を上げようともしない。
「大丈夫?具合悪いの?」
「…奈々子なの?ううん。別に具合は悪くない。大丈夫だから、放っておいて。」
気配の主が奈々子だと分かっていても…いや、奈々子だからか、亜美は、俯いたまま答えた。
−そう。ホントに悪いなら保健室に行った方が良いよ。あたしは先に教室に戻るけど、無理しちゃダメだよ。
と、奈々子は亜美に告げるつもりであった。
あたしは、あなたが高須君を好いている事なんて知らない。あなたが落ち込んでいる理由も解らない。そして、これまで通り、あたしとあなたは友達同士。
奈々子は亜美に釘を刺しておきたかったのだ。
一方的に言い捨てて、早々にこの場を去るのが利口だと解っていた…のだが、
「ドコも悪くないなら、顔を上げてよ。今日は、あたしにとって特別な日なんだから。
そんな亜美ちゃんを見てたら、あたしまで滅入っちゃうじゃない。」
吐いた言葉は予定外。もはや取り消す事など出来はしなかった。
その言葉に反応し、亜美はキッと赤い瞳で奈々子を睨みつけた。
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「ウフフ。何だ、元気じゃない。心配して損しちゃったわ。」
「……あたし…まだ負けた訳じゃない。諦めない。」
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消え入りそうな涙声で亜美は吠えた。
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「そう。でもあたしだって譲らないわ。
相手が亜美ちゃんでも誰でも。」
それだけ言って、奈々子は亜美に背を向けた。
はぁ…あたし何してんだろ…あんなの…ただのバカじゃない…
釘を刺すどころか、油を注いでしまった。完全に自爆。
何故、あんな事を言ってしまったのか全く解らない。落ち込む亜美を見て、つい言ってしまった。
他人に同情なんて出来る身分じゃないのに…そんな余裕、今のあたしには、ありはしないのに…
終わった事を考えたって仕方ないのは解っているが、それでも、後悔は絶えなかった。
つづく
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