「だぁ、もうちょっと落ち着いて食えよ、大河」
いつもの昼の風景。竜児、大河、実乃梨、北村はくっ付けた二つの机を囲み、それぞれの弁当に箸を伸ばす。
がしがしと弁当をかき込む大河は、頬をハムスターのように膨らませていた。
「まぁ、でもその気持ちも分からんでもない。高須の作るご飯は、本当に旨いからな」
「ダイエット戦士の私でも、目の前に出されたら即ルパンダイブだね!
心どころか、食欲から理性から何まで奪っていきやがるぜ、とっつぁ〜ん!」
北村と実乃梨のべた褒めに、おぅ、と小さく答えつつ満更でもない。
隣でがっつく大河を見て、口端を吊り上げる。
毒入り弁当が最後の晩餐とも知らず、愚かな手乗りタイガーめ…!なんて思っているわけでは当然ない。
特に感想をきいたわけではないが、食べ終わった後の大河の満足気な表情だけでも十分嬉しいのだ。
だから、何となく笑っただけなのだ。
竜児の視線に気付いた大河は、「なによ」と視線だけで伝える。
竜児も、「何でもねぇよ」と視線で返すと、大河はふんっ、と鼻息一つ、また弁当に向かい始めた。
「なに〜?ちびタイガーは、今日も愛しの高須くんの愛・情・たっぷり☆お弁当なんだぁ」
ぼぉぅっふっ!と北村にタイガーショットが炸裂する。
「うおぉぉぉ!だ、大丈夫かい、大河!と北村くぐほぁっ!!」
飛び出した煮豆が北村の鼻の右穴にミラクルフィットし、しかし北村は動じない。全く動じない。
突然現れた亜美の言葉に、大河は激しく動揺してむせる。竜児は慌てて茶の入ったコップを渡した。
大河は勢いよくコップをあおり、喉に流し込んだ。
「ぐぇっほ、ぐぉっほ、ぜー…ぜー…」
何というか、華の女子高生が決して出してはならないような呻き声だった。
「こ、この、ばかチワワ…げほっ…い、いきなり、なに言い出す、のよ…」
「あ、ごめんねぇ、逢坂さん。そんなに驚くなんて、全然思わなくてぇ」
全く悪びれた様子のない亜美に、これもいつものように大河が食って掛かる。
のだが、それより先にはっきり通る声で北村が発した。
「亜美、食べてる人を驚かすようなことをするなと、小さい頃から言われてるだろ!」
意外なところからの参戦に、二人は北村の方を見やり、
「「ぶふっ!」」
大河と亜美は仲良く吹き出した。顔面おかずだらけ(煮豆in鼻穴)の北村を見て、誰が耐えられようか。
現に、実乃梨は一番最初の被害者となっている。
「人をとやかく言う前に、お前は早く顔を拭くなりしろよ!
あああ、鼻の中に俺の手塩にかけた煮豆(こども)が見事すぎるくらいはまってやがる…」
「大丈夫だ、俺はこの程度じゃ全く動じないぞ、高須!」
「人として動じろ!しかも誰もそんなこと聞いてねぇし!!」
別のベクトルで魅力溢れる三人の女の子が腹を抱えて笑い、別の意味で顔面凶器の男二人。
片や己の弁当の末路を嘆き、片や煮豆。この場は、混沌としていた。
皆が落ち着いた後は、いつものやりとりだ。
大河と亜美がじゃれあい、実乃梨は大河に加勢し、亜美は竜児にくっつき、とばっちりを受ける竜児。
北村は基本的に傍観者だが、いざという時のストッパーになっていた。
そんな件が終わる頃。
「あーあ、あたしもお弁当ほしいなぁ…」
亜美にとって、それはただ呟いたつもりの一人言だった。のだが、
「おぅ、それなら、川島の分も作ってきてやろうか」
「………へ?」
「なっ…!?」
目敏く聞こえてしまい、かつ実行に移す辺りが、高須竜児という人間なのだ。
きょとん、という表現が似合いすぎるくらい、亜美と大河は間の抜けた状態だった。
「ち、ちょっ「二人分作るも、三人分作るも大して変わらねぇしな。何か苦手なものとかあるか?」
「と、特にないけど…本当にいいの?」
まさかの展開に、猫被りも女王様モードも忘れ、素のままで聞き返す。
こんな旨い話が、弁当なだけに!と実乃梨が呟いたが、誰も聞いておらず一人落ち込む。
「は、話を聞きな「俺は全然構わねぇけど。いや、川嶋が迷惑とかなら止めとく――」
「ぜ、全然迷惑なわけないし!むしろ超楽しみだし!」
「おぅ、楽しみにしてもらえれば、作りがいがあるってもんだ」
その言葉に、亜美は素直に「うん」と答えた。
その時、2-Cの教室にいた者は、天使と修羅を同時に見たという。
口の動きだけで「やった」と無邪気に微笑む、正に天使のような川島亜美を。
口の動きだけで「殺るか」と有邪気に微笑む、正に修羅のような逢坂大河を。
ちなみに、竜児の作る弁当の数が徐々に増えていくのは余談である。