竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

Carnation,Lily,Lily,Rose 3

大きくて、その大きさの割には妙に薄い画面の中に、艶のある繊細な黒髪がドアップで映っている。
ロングヘアーをたくし上げると、うなじが露になり、
「うぶ毛までクッキリみえる、ありのままにキレイに映る。」 ナレーションが入る。
そして、黒髪の持ち主の少女が歩き始め、その姿をカメラは真横やや上、いわゆる『恋人視点』で捉える。
少女は視線に気がついたように目線を合わせると、立ち止まり微笑みながら、ほんの少し前かがみになって、
―――襟元から、胸の谷間が僅かに覗く――― 「ありのままの私を、見てね。」


「へーー。 これが新CMなんですかー。 相変わらず、信じらんない位綺麗だなぁ…。」

いつもの喫茶室の一角、M男先輩のネットブックの小さな画面をみんなで覗き込んでいる。
あたしもコレはかなりキてると思う。 自分で言うのもなんだが、これでくらっと来ない男なんか、それこそ高須君以外いないっしょ、って感じ。 さらさらとこぼれる髪はシャンプーの香りが漂ってきそう。 表情も凄く自然で虚飾
が無い。 伊達に20回以上撮り直してないわ、っていうのは秘密にしとこう。

「最近はネットで先に公開ってのも増えてきたな。で、姫、これはいつからTVでやるんだ?」

「来週の日曜からです。 夏モデルでは各社の最後発になるって聞いてます。」

「ふーん。 ばかちー、あんたなかなかやるじゃない。 うん、血統書つきって感じだわ。 これでこのTVが売れて くれたら、まぁ、ブリーダーとしては鼻が高いわね。

「いや、これは売れるだろう。 純粋に機械としても、技術的ブレイクスルーを果たしてるからな。 ところで、姫、 下世話な話だが、これでいくらもらえるんだ?」

「えっと、事務所に入るのはコレくらいですね。 あたし、安いんです。」 と言って指を3本立てる。

「総合家電トップメーカーにしては安くないか? それ。」

「3百万ですか!」 桐子ちゃんが驚いている。 彼女的には大金なんだろうけど、ゴメン、いくらなんでもあたし、そこまで安くはないんだよね。

「桁が一つ違うぞ、桐子君。 姫の体がそんなに安かったら俺が買う、ぐほぁ。」「M男はキモイこと言うな。」

すっかりタイガーはM男呼ばわりしている。 
お陰で、タイガーの凶暴性もサークル内では周知の事実になってきた。

「痛いじゃないか、タイガー。 だが、それがいい。」 …でも、この人にだけは通じないんだよね…。

一方、桐子ちゃんはやっと金額を咀嚼できたみたいで、あたしをオバケでも見るような目で見てた。

「桐子ちゃん、あたしがその金額貰えるわけじゃないよ? あたしの今年の年収はその半分くらいだと思う。」

「………」

それでもやっぱり、彼女にとってはモンスターに見えるみたいだった……。

「おっと、姫のCMに見とれて忘れるところだった。 会長から通達があったぞ。 夏休み恒例の温泉旅行、企画 運営は桐子君に白羽の矢が立った。」

「ほぇ?」 素っ頓狂な声を上げる桐子ちゃん。 いつも眠そうな目は、でもやっぱり眠そうだった。 

「えーと、それだけ? 桐子君?」 いや、多分、今彼女の頭ん中は真っ白だと思うよ、M男先輩。

「………………」「桐子君?」

「ええええええええええ! ほんなの、わだしでぎねっ で、す…。」 真っ赤になっちゃったよ。 訛り可愛い〜。

「心配するな、逢坂、川嶋の両名が全面的に君を助けてくれるから。」

「「は?」」


    Carnation,Lily,Lily,Rose   Scene.3


「えっと、どうしよう…。」

「そんなの、私に聞かないでよ。 こんなことしたこと無いもん、わかんないわよ。」

で、二人して、なんであたしの方見るんだっつの。
丁度3人とも講義の無い時間が重なったので、屋上テラスで会議中なんだけど、残念ながら、揃いもそろって
そういう事には慣れてない。
あたしは自分一人ならいくらでもプラン作れるんだけど、団体行動ってのはちょっと苦手。
桐子ちゃんは面倒見がいいのは実証済みなんだけど、個人旅行の経験自体が無いらしい。 タイガーは、まぁ論外。


「温泉限定ってなるとね。 あたしも詳しくないよ。」

というか、庶民向けのは、っていう条件が付く。 セレブ御用達なら色々知ってるんだけど、流石にそんな事は言え ないよなぁ…。

「どんな所がいいんだろうね?」「やっぱり、熱帯魚とか泳いでて、サンゴ礁とかがあるような所でしょうかぁ…。」

「その条件で実際に行けそうな温泉っつったら、串本しか無いって。 南国情緒とは程遠いよ?」

「ばかちー、詳しいね。」

「一応、撮影とかで観光地は結構行くからね。 でも、ローティーン向けだったから、温泉ってのは…。」

「それに、あんまり予算が掛かると駄目なんじゃないでしょうか。」

「そうだよね。 なるべくお金掛けないってのがモットーなんだよね、うちのサークル。」

「実際、それが一番難しいわ、うん。」「特にあんたがね。」「何言ってんだ、ばかちーこそ成金でしょうが。」

「そういう事言ってると考えてやんないよ?」

「うぐっ なんだか、最近生意気ね。 万年発情チワワの分際で。」

「ふーん、亜美ちゃん、帰ろうかな〜。 今日、もう講義ないんだよねー。」

「ぇー 川嶋さん、助けてくださいよぉ〜。」「タイガーは、なにか言う事ないの〜?」「……ぉねがぃします…。」

ふふ。 十分十分。 あんまり苛めると逆切れするからね。
「しかたないな〜。 それじゃ、亜美ちゃん、一緒に考えてあげる。」

つっても、いいアイディアなんか無いんだけどね…。
「とりあえずさ、移動手段考えない? 値段優先か、時間と値段のバランスか。 それでいける範囲も決まってくるしさ、 所要時間とかもきまるじゃん?」

「そうね、ばかちーにしてはいい事言うじゃない。」「去年は値段優先だったみたいですよ。」

「そっか。じゃやっぱり青春18切符かな。」「それって、18歳以下じゃなくても使えんの?」「80のじじいでも使えるよ。」

「ふーん。 名前に偽り有りね。 で、それだとどこまでいけるの?」

「普通列車しか使えないからね、あんまり遠くにはいけないね。 そういえばさ、桐子ちゃんって実家東北じゃない?」

「はい、そうですぅ。」「東北っていったらさ、温泉山ほどあるんじゃね? どこかいい所しらない?」

「えっと、いっぱいありますよ。 でも、大学生が行って楽しいのかなぁって…。」

「いや、桐子ちゃんは、見慣れてるからそう思うかもだけど、都内の人とかにとったら、すげー所いっぱいありそうじゃね?」

「そうね、それに最近秘湯ブームだし、そうよ、リゾートとか考えてたからいけなかったんだわ。 山奥の秘湯! その路線で考えればよかったのよ。」

「そんな事言って、タイガーあんた大丈夫なの? 秘湯とかって、マジ不便だったりすんだけど。 あんたさ、結構お嬢育ちじゃん。 ぼろっちいの平気なの?」

「ばかちーが大丈夫なら、私が大丈夫じゃない筈がないわ。」 なんだよ、それ。 突っ込むと話進まないからいいけど。

「じゃあさ、今日講義全部終わったら、桐子ちゃん家で会議ってどうかな?」

「お、いいわね。 さんせー。」「あぅ。 私の家、狭いですよ〜? 川嶋さんとかが来る場所じゃ…。」

「だーいじょうぶよ、桐子ちゃん。 このバカ犬はね、自販機の隙間とか、狭いところ大好きなのよ。」

「人ん家と、自販機の隙間比べんなっつーの、このバカトラ。 それで、桐子ちゃん家ってどこだっけ?」

どこだっけ、といいつつ、多分聞くのは初めてだ。

「高円寺ですー。 駅から遠いんですけど、ユニットバスじゃないし、ロフトもあるのに、安かったんです。」

実は昔、殺人事件があった部屋だったりして、なんて冗談は言わないでおこう。 桐子ちゃん、臆病そうだし。

「実は昔、殺人事件があった部屋なんじゃないの? 東京はけっこうそういうのあるのよ。」

って、バカトラーーー!

「あぅ〜。 サークルの人、みんなにそれ言われるんですよぉー。 でも、そういうのでは無いらしいですよぉ。」
………あたしってさ、もしかしてスゲー良い人なの? なんか人間観が変わってきたわ、最近。

それから、講義が終わって、3人で桐子ちゃんの家に向かった。
道すがら、桐子ちゃんは妙にそわそわしている。
「桐子ちゃん、どうしたの?」 タイガーが我慢できずに聞いた。

「あ、あの、変装とかって凄いなーって、な、なんか私も有名人になったみたいで、どきどきして… あうぅぅ。」

「変装って、もしかしてあたし?」

変装っていっても、帽子を深めにかぶって、大き目のサングラスをしているだけ。
やっぱ、彼女、癒し系だわ。 なんか素朴で、話してると、ついほのぼのしてしまう。
途中コンビ二でお菓子を買ったついでに、あたしが表紙の雑誌をわざわざ顔の脇に並べて桐子ちゃんに見せ付けてやった。
彼女は焦って周りを見回す。 もう、明らかに挙動不審で、かえって目立ってる。 ほんとに可愛い奴。
そんな感じで、ちょっとからかいながら着いた彼女のアパートはかなりくたびれていた。 多分築30年は経ってそうだ。
でも、中に入ると、そこは別世界。 なんか、ピカピカに掃除されている。 仄かに甘い香りはインセンスだろう。

「へー 外見が古臭いからちょっと不安だったけど、良い部屋じゃない。 狭いけど。」 タイガーがバカ正直に感想を述べる。

「えへへへ。 ですよねー。」 あれ?桐子ちゃん普通に嬉しそうだ。 あたしって考えすぎなのかな?

「じゃーん、でも、ロフトつきなんですよー。」 「おーほんとだ。 ばかちー、ロフトだって。」 …タイガー喜んでるな。

「上ってみてもいい?」 「どうぞ〜」 たしかに今の部屋も、高校の時タイガーがいたマンションにもロフトは無いけど…。

「おお〜 案外広いんだね、ロフト。」 「何に使ってるの?」 「本がいっぱいあるよ、ばかちー」 「趣味の部屋ですー。」

部屋なんだ…。 なんか、素朴すぎる。 ってか、可愛すぎだよ、あんたら…。

それからしばらく部屋の観察を楽しんだ後、お菓子を摘みながらのガールズトーク、じゃなかった、企画会議が始まった。
パソコンで旅行関係のサイトを見ながら、まず目的地を決める。

「時間的にこのあたりが限界か…。」「すごいよ……温泉いっぱいあるじゃない。」「はい〜。 このあたりの山奥の温泉は

掛け流しがデフォルトですよ。」「へー。 私、濁り湯っての入ってみたいわ。 乳白色のやつ。」
「硫黄泉なら、吾妻連峰とかにいっぱいありますぅ。」「硫黄泉ってさ、好き嫌い分かれない? 匂いとかきついし。」

「ばかちーは嫌いなの?」「いや、あたしはどっちかってーと好きだけど。 お肌すべすべになるし。」

そんな感じでなかなか決まらなかったけど、とりあえず2〜3箇所近いところをチョイスして、希望を取ろうという事にした。
それが決まるまででも随分時間かかったけど、さらに、其処までの電車の時間でも結構もめた。

「8時52分発かなぁ。 これでも着くのは午後5時位よね…。」「もうちょっと余裕あったほうがいいんじゃない? お昼とかどうすんのよ。」「んなの、駅弁に決まってんじゃん。 あんたレストランにでも行くつもりだったの?」

「あ、でもでも、ずっと電車に乗りっぱなしだと疲れますよ? すこし乗り換え時間が有った方がいいと思いますぅ。」

「ほら、見なさい、バカ犬。」「はいはい。 じゃ、タイガー様、適当に決めちゃってよ。 あたし、もう疲れた。」

「なにあんた職務放棄してんの、バカ犬ならバカ犬なりにちゃんと考えなさいよ。」

「あ、あの、ちょっと休憩しましょう〜 私、ご飯作りますから、みんなで食べませんか?」

「え? そ、そんな悪いわよ。 どっか外にいきましょ?」

「いいえぇ。 全然悪くないですよー。 私、こういうの憧れてたんです。 一人暮らしして、お友達と一緒にご飯食べたり、
朝までお喋りしたり。 だから、今日は夢が叶っちゃって、感激ですぅ。」 

…そんな事を言われたら、お言葉に甘えるしかない。


桐子ちゃんの料理の腕前は見るからにかなり高水準で、たちまちのうちに美味しそうな夕食が出来てきた。

「あり合わせですから、こんなのしか出来ませんでした〜。」

「こ、こんなのって事ないよ。 桐子ちゃん、凄いや。 料理上手なんだ…。」
 
あたしも同じ感想だ。 あり合わせって言う割りに、学食より遥かに美味しそうなパスタとサラダ。
「遠慮なく食べて下さいねー。 いただきまーす。」

「「い、いただきます。」」 タイガーとあたしは、思わず食べる前に手を合わせてしまった。 
やっぱ料理が出来る女の子って凄く羨ましい。

「!」「お、おいし…。」 「桐子ちゃん、これ凄く美味しいよ!」

しかも、桐子ちゃんは料理がめちゃくちゃ上手だった。

「えへへへ。 ありがとうございます〜。 お料理くらいは川嶋さんに勝てるといいなーって。」

「いや、もう勝負になってないわ。 このバカ犬の料理なんて、最低よ。 もはや人の食べるもんじゃないわ。」

「あ、あんたねぇ! た、確かにあたしの料理は不味いけど、あんたは、完成すらしないじゃないの!」

「ふっ。 完成しなければ、味はわからないわ。 あんたの不味いってのは確定だけど、私の料理が不味いかどうかは 不明よ。 よって、私の勝ちね。」

どういう理屈だよ、それ。 無茶苦茶にも程があるだろ。

「えーと、食事はみんなで仲良く食べましょう〜」 「「…はい。」」

ご飯が終わったら、なんか急激にやる気が無くなった。
タイガーもそうらしい。 いつものように眠そうにあくびをしている。 相変わらず、本能に忠実なやつ。
が、桐子ちゃんはだんだん元気になってくる感じ。 この子、イメージと違って、夜型人間なんだろうか?
あたし達は、そんな桐子ちゃんに引っ張られるように打ち合わせを進め、やっと移動スケジュールを決定した時には既に終電の時間を過ぎていた。
どうせ、帰りはタクシーで帰るつもりだったから、終電なんか関係ないんだけど、そうじゃない人がいた。

「あ〜 もうこんな時間ですー。 せっかくだから、泊まっていってください〜。」

なんか凄く嬉しそう。 彼女の思考回路にはタクシーなんて選択肢は無いんだろう。 彼女が奨学金を貰っているのは 聞いていた。

「そうね。 なんか、歩くの面倒だわ…。」

「え、逢坂さん、歩いて帰れる距離なんですかー?」 「そうじゃなくて、タクシー拾いに行くのも面倒ってこと。」

「えー タクシーなんてもったいないですよー。 私、迷惑じゃないですから、泊まっていってください。」

「ばかちー、どうする?」 

桐子ちゃんの顔を見る。 …遠慮とかいう問題じゃなくて、断ったら可哀想というか、なんというか…。

でも、正直、家に帰りたいという気持ちもある。

「でも、もう決めることって残ってないよね?」

「これからじゃないですかー。 怖い話とか、恋話とか。 色々お話したいですぅ。」

やっぱそうなるわけね…。
まぁ、さっき『夢だった』とか言ってたしねぇ。 つきやってやるのが『友達』ってものかな…。


「…で、このまま眠ってしまったら、みんな凍え死んでしまうって話になったの。 そこで誰かが、朝まで動き続けようって言い出して、丁度4人だったから、部屋の4隅にそれぞれ座って、まず一人が隣の角まで歩いていって、そこに座っている人の肩を叩き、肩を叩かれた人はまた、その隣の角まで歩いていって、って、順番に角を移動していくことにして、これを朝まで続けることにしたんだって。 そうして、4人は部屋が薄明るくなってくるまで、ぐるぐる歩き回って、なんとか凍えずに救助されたんだって…。  どっとはらい。」

「おしまい?」

「そ、おしまい。」

「全然、怖くないじゃない。」 「え? そう? 亜美ちゃん、始めて聞いた時、この話けっこう怖かったんだけど…。」

「私、聞いたことありますー。 これって実話で、救出された後、警察の事情聴取受けるまで、当の4人も矛盾に気がつかなかったって…。」

「え! マジ? あたし、良く出来た話だなって… 実話なの?」

「だから、この話のどこが怖いってのよ!」

「…タイガー、あんた頭いいくせに、なんか妙にニブイ時あるよね? っていうか、寝てたんじゃね?」

「む〜〜〜〜〜。 バカにすんなー!」

「ちょっ、かかってくんなって、チビト…あっ!」

こいつ! あたしの弱点、覚えてんの? っていうか、桐子ちゃんの前で何しやがんだ!

「こ、このっ」 「飼い主に楯突くバカ犬にはおしおきよ!」 「なにとち狂って、んぁっ あ。」

「はわぁ〜〜〜。 川嶋さん、エロイですぅ〜〜〜。」

「見てないで、助けてよ! あぁっ!」 「ほれほれ。」 「〜〜〜〜! んがぁぁぁっ!」

な、なんとか返した…けど、やばかった…。 …あの夜以来、あたし、タイガーに対して変に敏感になってる気がする。

「ちっ。」 「ちっ、じゃねぇよ、クソチビ!」

「さすが、川嶋さん、アダルトですぅ〜。 なんか、声とか表情とか、レディースコミックより、えっちぃでした…。」

「やめてよ、桐子ちゃんまで…。」 っていうか、レディースコミックなんて見るんだ…ちょっと意外。
「でも、羨ましいですよー。 きっと川嶋さん、大人の関係とか、百戦錬磨なんだろうなーって。 私なんて、好きな人の手に触れたことすらないですよー。」

「そ、そんな事ないって…。」

「またまたー。 川嶋さんも、逢坂さんも、物凄く可愛いですし、もてもてですよねぇ。 いいなー。」

「だから、そんな事無い… タイガー?」

なんだろ。 神妙な顔して…

「…桐子ちゃん、このバカ犬はね、おもいっきり失恋したの。 もう一年以上前だけどね。」

「ち、ちょっと大河!」

「ばかちー。 いい機会だから、ちゃんと話しよう。 桐子ちゃんは信用できるよ。 土足で私らの心に踏み込んだりしない。
あんたはちゃんと話して、ちゃんと立ち直らなくちゃいけないんだ…。」

「な、何いってんのよ、あたしはちゃんと立ち直った! もう、平気だよ!」

「だったら、話してもいいでしょ?」 「え?」 「平気、なんでしょ?」

…何も言えない。 本当は平気じゃないから。 そして、そんな事、正直に言えないから。

「私とばかちーと、私の親友が、同じ人を好きになっちゃったんだ。 そして、その人はね、私の親友の事が好きだったの。」

桐子ちゃんの表情が硬くなった。 これだけでも十分、綺麗な話になりそうも無いのは予測がつく。
そうして、大河はあたし達の物語を少ない言葉で綴っていった。

「私はね、多分、恋人というより、家族みたいな感じで、その人が好きだったんだと思うの。 でも、ばかちーにとっては…。」

「ありのままのあたしを受け止めてくれた、初めての男だったんだ…。」 

大丈夫、涙は出てこない。

「だからね、桐子ちゃん、あたしなんかただの負け犬。 しかも、笑っちゃう位、完璧な負けっぷりだったんだから。」

「ぐすっ、ぐすっ…。」

もらい泣きしてるし…。 なんつーか、純粋な子の見本みたいだわ。

「逢坂さんも、川嶋さんも可哀想ですぅ… うっうぅ…。」

「いや、桐子ちゃんに泣かれると、ちょっと我ながら惨めになるかも…。」

「あ、ご、ごめんなさいです。 あの、私も失恋ばっかりですから、そんな、川嶋さんが惨めなんて、とんでもないですぅー。」

そして、彼女はなんだか慌てたみたいに、自分の話を始めた。


「えっとですね、その人は、勉強も出来て、スポーツも出来て、すごくカッコイイ人でした。 だから、私、最初は全然なんと も思ってなかったんです。 だって、そんな人に私が見てもらえる筈ないですから。
それに私、家がすごく山奥だったから、学校に通うだけで大変で、部活とかも出来なくて、友達もいなくって、全然接点がなかったんですよねぇ。 だから、話をしたことも無かったんです。
それがある日、その人が、『白坂の髪の毛って、スゲー綺麗だよな』って言ってくれて…。 私、物凄く嬉しくて…。  だって、今まで、私の外見褒めてくれた人なんか居なかったんですよ。
それで好きになっちゃったんです。 馬鹿みたいですよねぇ…。
でも、その人は凄く女の子にもてて、とても私なんかが相手にしてもらえるとは思ってなくて。 告白する勇気なんか、全然なくって。 ただ見てるだけだったんです。 そうしたら、失恋もしないじゃないですか。 恋を口にしなければ…。
でもですね、世の中、そんなに甘くなかったんですよぉ〜。
ある日偶然、私、その人が友達と、クラスの女の子の採点してるの盗み聞きしちゃったんです。
いけない、と思いながら、あの人はどんな女の子が好きなんだろうって、興味が抑えられなくて…。
そしたら、私の名前が出てきたんです。 すごくドキドキしました。 でも…。
『白坂は… 後ろから見るといいよな。 髪の毛に30点。 で、トータル30点。』って。
そして、みんな笑って…。」

なんだそれ。 最低にも程がある…。

「なによ、それ。 最っ低。 そんな奴、私が、モッ、モルグに叩き込んでやるわよ!」

バカトラがエキサイトしたけど、あたしもこればっかりは同じ意見だ。

「でも、女の子だって、男の子の採点したりするじゃないですかぁ。 だから、おあいこですー。」

でも、桐子ちゃんはいつものほわほわした笑顔でこんな事を言う。 だから、余計に腹が立つ、だから、余計に悲しい。

「そんな、桐子ちゃん、いっぱい良い所あるじゃない。 そんな事言う奴なんかっ…」

「でも、好きだったんですよね〜。」

初めて、彼女は悲しそうな顔をした。 だから、もうあたしもバカトラも、そいつの悪口を言えなくなった。
「そんな訳で私、この髪の毛だけは好きなんですよぉ〜。 一度は切っちゃおうと思ったんですけど、やっぱり切れなくて。
だってせっかく30点貰えたんですから、もったいないですよねぇ?」

あたしも大河も、何かを言う代わりに息をのむ。

「それでですね、私、卒業する時に、もうこれが最後って思ったら、どうしても自分の気持ち伝えたくなっちゃったんです。
でも、その人にはですね、凄く可愛い恋人がいたんですよぉ。 …もちろん、川嶋さんには足元にも及ばないですけど。
でもでも、私が敵う相手ではなくって、しかも私、30点ですし。 だから、ただ、私の事、覚えてて欲しくって…。
それで、思い切って告白したんです。 もしも、30点の女が、35点になれたら… それって素敵じゃないですかぁ。」

言葉が出ない。 外見に恵まれた、あたしや大河には多分、彼女の辛さは理解できない。

「そしたらですね、ちゃんと神様はご褒美をくれたんです。 告白したら、直ぐに断られて。 でも、予想通りだったから、私なんかスッキリして、涙が出てるのに、笑っちゃったんですよ。 そしてさよならしたら、後ろから声掛けられたんです。
『白坂って、案外綺麗だったんだな。 今、すごくドキッとした。 東京でもがんばれよ。』 って。 なんだか、35点どころか
50点くらい貰えた気がして。 その言葉は、私の宝物になったんですよぉ〜。」

違うよ、桐子ちゃん…。 
そいつの心の中じゃきっと、90点くらいになってたと思うよ。 …だって、アンタ、素敵過ぎるもん。

「ん〜。 なんだか上手く言えないんですけど、逢坂さんも、川嶋さんも、大丈夫ですよー。 私みたいなのでも、ぼんやりやってるだけで、こうして、逢坂さんと川嶋さんみたいな素敵なお友達が出来たんですぅ。 だから、いつまでも悲しい事ばかりじゃないと思います。 無理しないで、時間がかかっても、ゆっくりのんびり、傷を癒せばいいんじゃないかなー。 
…ね、逢坂さん。」

「桐子、ちゃん……。」 大河は、そう呟くのがやっとだったようだ。
あたしも、大河も、ふっきれてないってのが、桐子ちゃんには解ったんだ…。

「んふふふ。 私達、失恋トリオですねぇ〜。 逢坂さんと、川嶋さんには悪いけど、お仲間ですぅ〜。」


それからは、年頃の娘が三人寄れば姦しい、とりとめの無い話。

「有馬君も、塚原君もさ、別に悪くはないんだけど、なんか頼り無い感じじゃね?」

「私もそう思うわ。 なんてーの、ヘタレっていうか、根性無しっていうか…。」

「タイガー、あんたの感想って、精神主義に偏ってない?」

「んふふふふ。 でも、確かに頼りない感じしますぅ〜。 というより、3年生の先輩とか見ちゃうとそう感じるんじゃないでしょうかぁ?」

「3年生は…ちょっと濃いわね。」

「山口会長と、M男先輩、鈴木教授か…。 たしかに濃いよね、物凄く。」

「でも、三田村先輩だって、普段は凄く頼りになりますよー。」

「まぁね。 3人とも、黙ってればイケメンだし、判断力とか、行動力が凄いよね…。」

「そうね。確かに高校の時には居なかったタイプだわ。」

「つーかさ、男の子って、二十歳過ぎた頃から急に大人っぽくなるんじゃない?  なんかさ、2年生の先輩と、3年生の先輩って、差が大きいと思うんだよね。 ま、3年がちょっと変なの揃ってるせいもあるかもだけど。」

「あんた、春田とか、能登があんな風になれると思う?」

「いや、それは思わねーけど。」

「そう! つまりそれは、あの3人が変態だってだけで、一般論では無い可能性を示唆しているのよ!」

「逢坂さん、そのノリ、なんだか三田村先輩みたいですー。」

「なっ!」

「ぷっ、ぅあはははっ あはっ うはははははははははははははっ」

「笑いすぎだ、このバカ犬がぁぁぁぁぁぁ!」

「ちょ、沸点低すぎだろ。 あんた眠いの?  いたっ やめなよ、このバカトラっ。」

「うわぁ〜 やっぱり、川嶋さん、エロイですぅ〜。」

「つーか、見てないで助けろってーーっ」

…………

そんなこんなで白んでいく東の空。
途中からは眠気も飛んで、すこしハイになってる自分に気がつく。
話題は尽きない。
それこそ、読書が趣味だという桐子ちゃんを始め、大河も、あたしも、びっくりするくらい色んな事を話していた。
いつもうっすらと考えてた、世の中のこと、家族のこと、人の心の不思議…。
時に笑いながら頷き合い、時に意見を戦わせる。
こんな話が、これほど面白いなんて、驚きだった。 
今まで、女の子同士でしてきた、男子の話や、ファッションの話、流行の話、そういった話とは違う、興奮。
今まで知らなかった逢坂大河が、自分自身が、其処に居た。
こんな楽しい徹夜は初めてだった。
新聞配達のバイクの音が妙に耳につく頃、あたし達は僅かな仮眠に陥る。
4時間後には大学に行かないといけない。 けれど、ちっとも辛いとは思わなかった。
だって、失恋3人娘が揃って同じ場所へ向かうんだ。 
友達を作るのが下手な3人の間に出来た、新たな絆。 
それはまだまだ微かな物だけど、それって、ちょっと素敵な事じゃない?
そうして、先に眠りに落ちた二人の寝息を子守唄に、あたしもゆっくりと夢の世界へ落ちていった。


「へー、白坂さん、凄ぇじゃねーか。 こいつぁよく出来てるわ。」

「本当だ。 去年俺達がやった時より、よく整理されてるな。 細かい携帯品なんて、俺達は最初すっぽり抜けてた もんなぁ、大したもんだよ、今年の一年の女子は。」

あたしたちが作った企画書を見て、感嘆の声を上げてくれたのは、2年の小沢さんと栗田さん。
べらんめぇ口調でちょっと怖そうな外見の小沢先輩は次期会長と目されている。
就職活動が厳しくなった頃から、会長は3年が勤めることになったらしい。 
ちなみに副会長はその限りに非ずだそうだ。
なので、来年は小沢先輩が会長、井上成美、現副会長留任の体制になりそうだって話だった。

「あ、ありがとうございますぅ〜。 でもでも、殆ど川嶋さんが考えたんですよー。 なんか、私と逢坂さんがお手伝いみたいになっちゃいましたぁ。 えへへへへ。」

「そんな事ないわ、桐子ちゃん。 この万年発情犬を付け上がらせると、そこらじゅうでハァハァするかも知れないから下手におだてない方がいいの。」

「いつ、誰が、そこらじゅうでハァハァしたってんだ、このチ、ビ、ト、ラ!」

頭を押さえつけ、ぐりぐりしてやる。 リーチの差を生かしたアウトレンジ攻撃が、あたしの唯一のアドバンテージだ。

「いたたたっ! な、なにすんのよっ、こ、こっ、このっ、駄犬!」

「あー、またやってるー。 私もまぜてー、亜美ちゃん。」 

KYクイーンこと、木下さんの登場。 当然脇には川上さんが連れ添っている。

「おー、今日は随分人が多いな。」数歩遅れて会長も現れた。
この3人がつるんでいる事が多いのは、会長と川上さんが付き合っているからだというのは最近知った。

「お、もうプランが上がったのか! 凄いぞ、白坂さん。 それと、逢坂さんと川嶋さんも手伝ってくれて、ありがとう。」

会長は、その場でスラスラと企画書に赤字で添削していく。

「うん。 おおむねこのままでよさそうだな。 指摘した部分を修正後早速企画を進めてくれ。」

「えっ、これでいいんですかー?」

「ああ。 だが、何からやっていけば効率がいいのか等、考えることは沢山ある。 宿の予約の都合もあるから、一ヶ月前 には計画を確定したいところだ。 よって時間もあまり無い。 よろしく頼むよ。」

「「「は、はい。」」」

な、なんか、こういうのって嬉しいかも…。 夜更かしが報われた気がする。
計画の概要はこうだ。
上野駅を8時ちょっと前の電車で東北方面へ出発、途中黒磯で2時間ほどの乗り換え時間を利用して近隣のお菓子
関連テーマパークで昼食、福島駅から、目的地の秘湯へ至るという、実に単純なもの。 秘湯は3択にしてあって、
直接福島駅から送迎車で向かうパターンもあれば、奥羽線で山奥の駅まで移動するパターンなども用意した。
たったこれだけの事、旅慣れた人なら恐らく30分で決められるんだろうけど、そんな事は指摘せずに、あたしたちの
成果物をちゃんと認めてくれたってのが、やっぱり嬉しい。
そうして、3人で次の段取りを考えている時だった。
あたしの仕事用の携帯が鳴る。
何気なく電話を取ったあたしは思いがけない事を告げられた。

「どうしたの、ばかちー。 いつにもまして顔が弛んでるわよ?」

桐子ちゃんの言う通りかもしれない。 全部が悪い方向に向かうなんて事は無い。

「うん。 いい知らせ。」

なにより、たぶん、大河にとって良い知らせ。 
先日撮影を中止した写真家から、事務所宛でお叱りの電話を受けたらしい。
再撮影の日取りが決まらないなら、今日確保しているスタジオで撮るから、私を呼んで来い、と。
最初っから撮り直すつもりだったみたいだが、誰もそんな事言われちゃいない。 だから、プロデューサーなんか、真っ青な
顔して頭抱えてたってのに…。 変人ってのは本当だったみたい。
あたしは右肩を撫でながら言う。

「この前のヘマ、帳消しになったみたい。 直ぐにでも撮り直したいってさ。」

「そ、そう、なんだ…。 よ、よかったじゃない…。」 やっぱり気にしてたんだろう。 凄くほっとした顔をしてる。 

「だから、ごめん、行ってくる。」 

あ、そういえば、今日は寝不足でクマが出来てるかも、と思いついたが、すぐに気にならなくなった。
ありのままでいいや、たぶん、あの写真家なら大丈夫。 あたしはどういう訳か、いつのまにかそう確信していた。


「おかえり、ばかちー。 仕事、どうだった?」

「この亜美ちゃんが、仕事しくじる訳ないじゃなーい。 もう、カンペキ。 カメラマンの親父とか、もう〜メロメロって感じ?」

久々でナルシーな自分が全開になるような気分のいい仕事。

「ふーん。 そっか。 そりゃ、よかったわ。 うんうん…。」

そっけない言い方だが、心配してたのを隠してるだけだってのは見え見え。

「あんた… クマできてるじゃない… まさか、そのまま撮ったの?」

「そーだよー。 こんなクマ程度じゃ、亜美ちゃんの神々しいまでの美しさが損なわれる訳ないしぃ。 ちょっと影があったら あったで、セクシーに見えちゃうなんて、亜美ちゃんの可愛さって、もう犯罪じゃね?」

実際、見せられた写真は陰影が今までに無いほどセクシーさを強調してて、自分を見てるようには思えない程。
やっぱり、あの写真家って、凄いんだ。
あたしが、メイクさんがクマを消そうとしたのを拒否ったのが、その写真家の琴線に触れたらしく、なんか、凄く気に入られて
しまった。 まさに怪我の功名。 お陰で入魂の写真となり、プロデューサーも大喜びだった。

「………完全復活したのはいいけど、それはそれでうざいわね、このバカ犬。」

そういうタイガーもようやく通常運転開始のようだ。
あたし達って、ほんと、難儀な女。 
ちょっとした事でガタついて、元通りになるのにはその何十倍も何百倍も時間が掛かって…。
でも。 それでも、少しづつ、心が近づいていってる感じは……あたしに、言葉では言い表せない快感を与えるんだ…。


―――撮影はかなり体力を消耗する。
撮影後のお風呂の時間は憩いの一時。 ここの窓から見える東京湾の夜景は格別で、こんな時はバカ高い家賃にも納得
がいくというものだ。
お風呂上り、自室に戻ると、コンサバトリーにバスローブを纏った小さな人影があった。

「あんた、また人の部屋に勝手に侵入して…。」

「うん…。 綺麗だね。 ここの景色。」

「あんたの部屋だって、そんなに変わらない景色でしょうが。」

あたしの部屋からだと、レインボーブリッジの手前のループ橋が真下に見下ろせる。 この部屋を借りることにしたのは、
大河がこの景色を気に入ったからだ。

「ここからの景色が一番気に入ってるの。」

だから、この答えは予想通りだった。

「あの光の一つ一つに恋人同士とかの想いが乗っかってたりするのかな…。」

主塔の上部だけが白く照らされ、暗い海面に浮かび上がる。 
確かに定番のデートコースではある。 こんな時間でも、赤と、白の光は途切れることなく行き交っていた。

「なーに、クサイ事言ってんのよ。 殆どが仕事帰りのよれよれの親父だって。」 

「あんた、人がせっかくロマンチックなムードに浸ってるってのに、なんでそういう事言うのよ。」
「そう? ロマンチックじゃん。」

「どこが!」

「だってさ、そのよれよれの親父だって、家で奥さんとか子供が待ってて…。 その為に一生懸命働いたりしてるんだよ。
嫌なこと沢山あってもさ、20年も30年も…。 ずっとたった一人の女への愛を貫いてるんだ…。」

「ばかちー…。」

「もっとも、風俗行ったり、浮気とか不倫とかしてる奴も大勢居そうだけどね。」

「……感心して損した。」

「あははははは。 ま、そんなもんだって。  ………?」

大河は黙ってあたしの事を見ている。 妙に思いつめたような顔をしていて、心配になった。
「どう、したの?」

「あっ…、あっ…」 「あ? なにさ?」 

「…亜美…」  


は? なんだって?

「な、なに、アンタ、悪いものでも食べたの?」

「う〜〜〜。 あーーーー! なんでもない、なんでもないーっ!」

「な、なんだっての…。」

「アンタの事、いっつも馬鹿呼ばわりして…ちょっと失礼かなって、思ったのよ。 淑女として! そんだけよ、そんだけ!
あ〜 やっぱり、気の迷いだったわ! 今のは無しよ、無し。 さっさと忘れなさいよね!」

なんつーか、やっぱこいつバカなんじゃね? 別に気にしなくっていいのに。 

「ふーん。 やっと、亜美ちゃんの偉大さが分かったんだね〜。」 ちょっとだけ意地悪してやろうっと。

「だから、気の迷いだって、言ってるでしょ!」 

「でも、あたしは『ばかちー』って結構気に入ってるよ。 あんた以外に言われたら腹立つけどね。 あんた、あたしの事、
本気でバカにしてるわけじゃないでしょう? なんてったって、『ばかちーがいなくなったら、私は…』 ですもんねぇ。
あの後、なんて言おうとしたのかなぁ〜。 亜美ちゃん、わかんないから、聞きたいなぁ。」

さて、どんな反応するかな?
お、ちょっと意外。 真っ赤になって我慢してる。 切れると思ったんだけど…。 

「………一人はもう、嫌なの。」

え? ちょ、ちょっとマジモード? ちょっと待ってよ、心の準備が…。

「ばかちーは… こんな私でも付き合ってくれる。 一緒にいてくれるから。」

「な、何言ってんのよ…。 ほ、ほら、あたし達、友達、でしょ?」

なんなの? 急にしおらしくなっちゃって…。

「友達?」

「そ、そう友達。 それにあたし、あんたには借りが有るし、ってか、いや、そんなの関係なしに、ね。」

ちゃんと答えてやらなくちゃ…。 寂しい思いはさせないって決めたんだから…。

「私、いっつもばかちーに頼ってばっかりで、迷惑かけても?」

「いいよ、そんなの。 それにあたし、迷惑な時はちゃんと怒ってるじゃん。」

「辛くなったら、ばかちーに甘えてもいいの?」

「だから…。  …いいよ。」 

「寂しくなったら、一緒に寝てもいい?」

「うん。 …いいよ。」

「抱きついたりしても?」

「…いいよ。」

なんか、子供みたいで可愛い。

「一緒に、お風呂とか入っても?」

「…いいよ。」

「押し倒しても?」

「…いい…よ?」 

へ? 今なんつった? 恐る恐るチビトラの方を見る。 そこには邪悪に微笑む、手乗りタイガーの姿があった。

「ちょ、今の無し! 無し!」

「私をからかおうなんて、百万年早いのよ、この万年発情チワワ!」

「きゃぁ いたっ! あ、あんたこそ、なにさかってんのよ! いたいっ! ちょっと、力ずくなんて卑怯だろが…ぁあっ!」

「ふん、ちゃんと同意の上でしょうが。」

「ど、同意、んあっ! なんて、うっ、してぇ あぁぁっ! や、やめて…よ… んああぁぁっ!」
「確かに、いいよって言ったわ。 しかもめちゃくちゃ敏感じゃない。 本当は期待してるんでしょ?」

「だから、それ、はぁぁぁぁ! ああっ! やめ、やめっ ひっ!」

「よがりまくりながら、拒否っても説得力ないわよ。 もう、最高ムカついたんだから。 今日はたっぷり苛めてあげるわ!」


……小鳥の鳴き声が聞こえる。
聞きなれた目覚ましの音だと理解するのに、あまり時間は掛からなかった。
そして、あたしの胸に小さな手が置かれていても、不思議には思わない。
まるで、母親に抱きつくように、チビトラが寝息を立てているのは予想の範囲内。
今朝は遠慮しない。 シーツを引っ剥がすなんてまどろっこしい事は不要だ。 直接蹴っ飛ばす!
手乗りタイガーはハデに転がって、キングサイズのベッドなんぞ、ものともせずに転落した。
なのに、起きない。 もぞもぞ動いている。
なんか、超悔しい。
ベッドに仁王立ちして、明るくなった部屋を見渡す。
脱ぎ散らされたバスローブが二着、コンサバトリーに落ちている。
寝具は目も当てられないほど、濡れている。 犯人はもちろん、あたし。
自分の体が、あんな変化を起こすなんて、悪夢のようだ。 あんなの、もし男の子が見たらどう思うんだろう。
昨夜の事を思い出す。
コンサバトリーで散々愛撫され、一度果てた。
勝ち誇るバカトラにムカついて、ベッドに場所を変えて、報復に挑み、見事一度はイかせてやったけど…
そのまま反撃を受けて…
数を数える。
2回、3回、4… 
やべぇ… 3回目の後の記憶が無い…。
起きた直後の勢いが途絶えたら、急に体に力が入らなくなった。
へなへなとベッドに座り込む。
ちょっとショックだ。 同い年位のモデル仲間は大抵が経験者だ。 仕事上やむなくって娘もいた。
けれど、あたしは親の知名度もあって、仕事を取るのにも苦労しなかったから、親にも事務所にも守られてきた。
更に言えば、本気で惚れた男なんて、まだ一人しか居ない。 そして、そいつには全く相手にされなかった。
だから、あたしは男を知らない。 情事どころか、ちゃんとつきあった事すら無い。
あたし、こんなんで男の子をちゃんと満足させてあげることが出来るんだろうか?
とかくあたしは経験豊富に見られがちだから、つい見得を張って色々詳しいふりをしたりしてた。
そうすると、そういう話題の時には詳細は語られず、暗喩に終始する。 そのほうがボロは出にくかったが…
お陰で、実際のところはあまり詳しくない。 麻耶とか奈々子にはもうばれてるけど、だからといってあの子らに
聞くのはちょっと恥ずかしいし、他に詳しそうで、かつ、そんな話が出来そうな知り合いも居ない。
そうしていると、チビトラがもぞもぞとベッドにリターンしてきた。
まだ寝てんのか、こいつ。 ありえねぇ。 
大体、なんでこいつはあたしを襲ってくるんだろう? 女に興味があるって訳では無さそうだ。
実際、あたしも、大河も、お互い以外の女性にはピクリとも反応しない。 性欲なんて全く湧かない。
これってなんなの? もー、亜美ちゃん、わかんねぇ。 

その間も匍匐前進してきたチビトラは、あたしの太ももに辿り着くと、急にパカっと目を開いた。

「あ、ばかちー、生きてた…。」

なんだそりゃ。
「あんた、すっごい痙攣して、動かなくなっちゃったから、死んだかと思ったわ。」

意地悪にニヤつきながら、そんな事を言いやがった。
なんか、もう、情けなくて泣きたい気分だ。

「バカじゃね。 そんな訳ねーし。 ……シャワー浴びてくる。」


………
温かいお湯に包まれて、大河に対する正体不明の感情について考える。

「ばかちー、逃げんな。」

思索にふけっていたせいか、扉が開くまで気がつかなかった。
いつものように胸のあたりを頭でぐりぐりされながら、とりあえず、正体が判明している感情、

「痛いって、やめろ、このクソチビ!」

―友情―
せめてそれだけは貫こうと、改めて誓った夏の朝だった。


                       Scene.3   - Cut -