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ななどらぽーたぶる
- 高須竜児、別名「ヤンキー高須」
その凶悪な眼から「手乗りタイガー」と並んで全校生徒に恐れられる存在。
文化祭のミスコンやその後の幸福の手乗りタイガー伝説のことを考えれば、 今現在はタイガー以上の恐怖の対象かもしれない。
同じクラスということで他の一般生徒に比べればいくらか彼の内面を知ってる私でも、
やっぱりその凶眼は少し刺激的過ぎてあえて近づきたいという相手ではなかった。 きっと今回のことがなければ卒業まで深く関わることはなかっただろう。
大変であったろう彼には悪いけど、 彼との繋がりをもてたことを今回の事件に感謝しなければいけないわね。
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- 1月3日。
初売りセールだとか、少し遅めの初詣だとか、三が日の最後ということで賑わいを見せている街、
そんな中、私と麻耶は談笑しながら私達にとって馴染み深いスドバに向かっていた。
スドバで待ち合わせ、その後ジムへ。
正月の高カロリーな食事でちょっとふくよかになってしまった体を引きしめるのが今日の私達の目的。
お互い会えなかった間の近況報告がそろそろ終わろうかといった辺りで目的地に着く。 そこで私たちが見たのはもう一人の同行者である亜美…
と高須君・たいがーちゃん・実乃梨ちゃんの予想外の面々。 ここからじゃ話の内容は聞こえないけど亜美はどこか不機嫌そう。
いろいろと疑問はあるけど、まずは亜美に声をかける。
「おまたせ、亜美ちゃん」
「ううん、全然。ちょこっと早く来ちゃっただけだよ」
まずはお決まりの待ち合わせトークから。
さっきまでの不機嫌さは消え、いつも通りの対応をする亜美。
不機嫌なのは気のせいだったのかしら?そんなことを思っていると、
そこへ予想外の登場人物の一人、実乃梨ちゃんが参入する。
「お、いいねいいね、3人並ぶと目の保養だね〜」
「もう実乃梨ちゃんったら〜、そんなに見ないでよ。
お正月でおいしいもの食べすぎちゃってちょっとぷにぷにしてきちゃってるのに。
今だって麻耶ちゃんと奈々子の3人でジムに行こうって言ってるくらいなんだよ?」
そう、亜美の言うとおり今日の目的は3人でジム。
亜美の言葉がきっかけで、向こうについてからのことに思いをはせる。
それは麻耶も同じみたいで、
「マシントレーニングって初めてなんだ」とか「あたしはプールが楽しみ」だとか
これから行くジムについて2人で盛り上がっていると、
それまで怪訝な顔していた高須君が口を開いた。
「じゃあ、俺たちと似たような所に行くんだな。
俺達は能登のタダ券でらく〜じゃに行くトコなんだ」
- 「「「らく〜じゃ!?」」」
3人の声が綺麗にハモった。らく〜じゃと言えば今話題のスポットで、
プールにジムはもちろん、アロママッサージなんかのリラグゼーション施設も充実していて 人気を集めているらしい。
私たちも興味はあったけど、入場料が高くて行くにいけなかった。
言葉にはしないけど正直うらやましい。
麻耶なんかは「いいな〜、行ってみた〜い」と言葉にしちゃってるくらいだし。 らく〜じゃかぁ…いいなぁ。
そんな風に思っていると、そこへ新たな登場人物から声がかけられた。
「なら、一緒に来ればいいじゃん」
*******
ダタ券が余ってるからおいでという能登くんの言葉に甘えることにした私たち3人は らく〜じゃの更衣室にいた。
ほんとはたいがーちゃんと実乃梨ちゃんもいるんだけど、 更衣室につくやいなや2人の世界に入っちゃったみたい。
そういうわけで今は亜美と麻耶の3人と今朝のやりとりについて談笑中だ。
「まるおってほんとに仕切りうまいよね〜、さっきもちゃんとみんなまとめてたし」
-
「そうね、あれじゃ恋ヶ窪先生とどっちが先生か分からないわね」
らく〜じゃのタダ券は当初のメンバーらしい高須くん北村くん能登くん春田くん、
たいがーちゃんに実乃梨ちゃん、それに加えて私たち3人となぜか春田くんが連れてきた
恋ヶ窪先生の10人で全て消化されることになった。
10人というのは結構な大所帯でらく〜じゃでどう過ごすかでもめたんだけど、
北村くんの仕切りで午前中はプールで運動・午後は自由行動に決まった。
麻耶にはその北村くんの姿がかっこよく見えたみたいでかなりご機嫌だ。
「まるおとらく〜じゃなんて、新年早々ついてるな〜」
-
「うふふ、ご機嫌ね麻耶。タダ券をくれた能登くんに感謝しなきゃね」
「えぇ〜、いいよあいつに感謝なんて。期末試験の勉強会とかでもなんかウザかったし」
- 私はその場にはいなかったけど麻耶は勉強会で能登くんが北村くんとたいがーちゃんを
くっつけようとしたことをまだ根にもってるみたい。
さっきタダ券のお礼をいう私と亜美に、「今が人生最大のモテ期だ」なんて言ってた姿が浮かび、
なんだか能登くんがかわいそうになった私は思わずフォローしてしまう。
「能登くんがいなきゃここにはこれなかったんだから少しくらいは感謝しなきゃ…ね?」
「うう〜、なんかやだなぁ…」
あまりフォローの意味はなかったみたいね…むしろ逆効果だったかしら?
一応フォローはしたしこの話題はこのくらいでいいかな。
ここでふと亜美を見てみるとどこか元気がない表情。
朝の不機嫌そうな顔と関係があるのかしら?そんな風に思いながら声をかけてみる。
「亜美ちゃん、さっきここのアロママッサージが話題になってるって言ってたわよね?
よかったら午後から3人で行かない?」
「えぇ、それも楽しそうね」
「おぉ〜いいじゃん、行く行く!」
ノリノリの麻耶と対照的に、亜美はやっぱりどこか元気がないみたい。
「なんだか元気ないわね、亜美ちゃん高須くん達と何かあったの?」
-
「え……、ううん、なんにもないよ。
心配してくれてありがとう、奈々子」
言葉とは裏腹に表情はどこか優れないまま。もう少し踏み込むべきかしら。
「そう?私にはそうは見え「ばかちーおっそい!着替えにどんだけ時間かけるのよ!」ないわ」
「うるさいわね〜今行くわよ。
- さ、麻耶ちゃん、奈々子ちびとらはともかく高須くん達を待たせちゃうとわるいから行きましょ」
着替え終わったたいがーちゃんの催促の声で有耶無耶に終わってしまった。
ま、午後からの自由行動で話をする機会はあるわよね。そう思いながら更衣室を出て行く
みんなの後をついていく。
********
- プールでのエクササイズでみんなで汗を流し食事をとった後、私達3人はアロマテラピーを
体験しに向かうことにした。
期待に胸を膨らませながら受付に辿り着いたところで麻耶が一言。
「なんか一度に2人しか体験みたい、どうする〜?」
-
「私は後でいいから、麻耶ちゃんと奈々子行ってきなよ」
「いいの亜美ちゃん?じゃあ先にいくね。奈々子は〜?」
亜美は気を遣って先を譲ろうとしてくれる。
これはいつも通りの亜美の態度なんだけど、スドバでのことや更衣室でのこともあるし…
少し悩んでから答える。
「私は少しプールサイドでゆっくりしたいから後でいいわ。
亜美ちゃんこそなんだか元気ないみたいだし先に行きなよ」
「え?そうかな?亜美ちゃんは元気だから気を使わなくていいよ〜」
「まぁまぁそう言わずに…ね?
それにプールサイドでゆっくりしたいってのはほんとだから亜美ちゃんいってきなよ」
少し強引だったかしら?
けど亜美が少しとはいえ心の変化を表に出すのは珍しいことだし、
友人としてここは気を使わないといけないところよね。
たまには亜美を休ませてあげないと。
*******
- こうして亜美と麻耶に先を譲ることにして私はさっきの言葉通りプールサイドで休むことにした。
人気のスポットだけあってそれなりに利用者が多いみたいであちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
その歓声をBGMに今朝の亜美の様子がおかしかったことについていろいろと考えていると、 どこかで聞いたことのある男の人の声で呼びかけられた。
「おう香椎、一人なのか?」
声の主は高須くん。その凶眼は健在らしく高須くんの周囲だけ妙に人口密度が低い。
私も正直逃げ出したいけどクラスメイトを無視するわけにはいかず適当な答えを返す。
「ええ、今亜美ちゃん達がアロママッサージを体験しててその間ゆっくりすることにしたの。 そういう高須くんこそ一人でどうしたの?」
「俺か?俺は午後は一人でゆっくりすることにしたんだ」
なんだかオヤジみたいね。
そんな考えが浮かぶと同時に、いつもの癖でからかいの言葉が出てしまう。
「だめじゃない、男の子はもっと活動的じゃないと。そんなんじゃモテないわよ?」
「う…一応病み上がりなんでな、ここは大目にみてやってくれ」
言葉に詰まってこちらを見る眼光が鋭い…おもわず言葉につまる。
初めて二人で話したけどやっぱり迫力が違うわね。顔には出さないようにしないと。
「病み上がり?なにかあったの??」
「クリスマスの後インフルエンザにかかっちまってな、まだ本調子じゃないんだ。
-
香椎こそなにかあったのか?なんか表情が優れんぞ」
思わぬ気遣いの声。眼の迫力はそのままだけどその声音は随分と優しいものに変わってる。
眼光を除けば、その表情も心なしか心配そうなそれに見えなくもないわね…
とはいえやはりその眼光の威力は凄まじく、ついついはぐらかしてしまう。
「え?そんな顔してたかしら?気のせいじゃない?」
-
「いや、声かける少し前から見てたがそんな顔してたぞ。なんか心配事か?」
- 言葉はやや断定的だったけどやっぱりその声音は優しい。
きっと彼から声をかけたのだって私を心配してのことだったんだろう。
眼光にあてられて逃げ出したいと思ったことを詫びつつ返答に悩む。 亜美のことを聞いてみるべきだろうか…
高須くんと亜美は仲がいいみたいだし何か知ってるかもしれないし。
逃げ出したいと思った罪悪感からか、それとも優しい声音に気を許したからか、
少し間を空けて、高須くんに亜美について聞いてみることにした。
「実は朝から亜美ちゃんの様子が少しおかしくて…」
「川嶋が?」
「そうなの、亜美ちゃんがそういうのを表に出すのって珍しいから少し心配で…
高須くんはなにか心当たりない?」
「心辺りか…そうだな…」
高須くんは目を伏せ考え込む。一般客は思わず息を呑むような凶悪な顔だけど、
そこにわずかな不審を感じ取った私は、もう少し畳み掛けてみる。
「どんな些細なことでもいいから知ってることがあったら話して、お願い。
友達として亜美ちゃんのこと心配なの」
「いや、知ってることといってもだな…その…」
いまいち煮え切らないわね。さっきからの態度を見れば何か知ってるみたいなんだけどな…
彼から言葉を引き出せすにはどうすればいいかしら?
思案していると不意に麻耶にくっついて北村くんと話をしたときのことが浮かぶ。
確かあの時、高須くんのことを怖がってた麻耶に対して、
北村くんは「アイツは優しくていい奴だ」ってベタ褒めしてたわね。
その時の私には到底信じられなかったけど、さっき私のことすごく心配してくれてたみたいだし…それなら…
「優しい人って聞いてたけど高須くんって案外ひどいのね、亜美ちゃんのこと心配じゃないの?
そんな態度とられちゃうと私あなたに幻滅しちゃうかも…」
北村くんの言葉通りならこんな風に追い詰めればきっと何か答えてくれるはず…
「いや、ちょっと待ってくれ!そんなつもりじゃないんだ!!」
「じゃあどういうつもりなの?」
「…分かった、知ってることを話すよ。」
- 少し考え込んだ後、私の狙い通り高須くんはポツポツと話し始めてくれた。
「信じられんかもしれんが、今の俺にはインフルエンザにかかって倒れた、それ以前の記憶がない。
川嶋のことは少し前に話をして思い出したんだが、
実をいうと能登に聞くまで香椎や木原が誰かも分からなかった。
今日こうしてらく〜じゃに来たのだって記憶を取り戻す手かがりになればと思ってのことなんだ。
だからもし記憶を失う前、クリスマス以前に、俺と川嶋に何かあったとしても今は何も答えられない…
すまん。」
記憶喪失、普通に考えたら眉唾ものよね。 だけど高須くんの態度にさっきまでの不審は感じられない。
それどころか言葉の節々から彼の誠実さがにじみ出てるようにすら感じられる。
これまでの態度や言葉と合わせて、彼を信じてもいいかという気になった私はさらに質問を重ねる。
「高須くんが記憶喪失ってことは分かったわ、記憶を失った後なにかあったってことはないの?」
「特に変なことを言った覚えはないし、多分ない…と思う」
-
なるほど、とすれば何かあったとしたら記憶をなくす以前…だけど今はそれを知るすべはないと。
少し期待はずれの気持ちを覚えながら、次にする質問を考えているとき、ふと思った。
高須くんは記憶喪失で、今は記憶を取り戻そうと奮闘中。
けどそんなこと彼に言われるまで私は気づかなかったし、きっと麻耶だってきづいていないだろう。
記憶がないのに、それを私達にきづかせないように振舞うってとても大変な事なんじゃないの?
なのに彼は私を気遣って声をかけてくれたし、
今だって亜美のために話すつもりはなかっただろうことを教えてくれた。
そんな優しい彼に私は何をしたの?気遣ってくれるのをいいことに質問を浴びせた。
搦め手も交えて彼の言葉を無理に引き出した。なんだか悪者みたいね…私。
自己嫌悪の気持ちを覚えた私はここで質問を切り上げることにした。
「そう…、分かったわ。
- ごめんなさいね、自分のことで大変なときに変なこと聞いちゃって」
「いや俺のことはいい、それより今は川嶋のことだろ?
今の俺は役に立たないかもしれんが、できることがあるならさせてくれ」
- 高須君の真剣に亜美を心配する声、言葉。一度認識した彼の優しさの更なる裏付け。
…やっぱりこれ以上彼を困らせるわけには行かないわね。
「高須くんは今は自分のことだけ考えて、亜美ちゃんのことは私がなんとかするから。
そうね…もうすぐ亜美ちゃん達のマッサージも終わる頃だし、本人に直接聞いてみることにするわ」
-
「待て、そんなことしても川嶋は……川嶋は?…」
「…高須くん?」
不意な沈黙を不信に思って声をかける。
「なんだかいきなりぼぉっとしちゃったけど大丈夫?」
-
「大丈夫だ…今ので少しだけ記憶が戻っただけだ」
-
記憶が戻ったという言葉に思わず驚き、それとともに得られる記憶を取り戻すきっかけになれたという安心。
よかった…私も高須くんの力になれた。これで只の悪者ではなくなったわね。
「何か思い出したの?」
「川嶋のことを少しな…
- さっきあいつに直接聞くといってたがそれはやめたほうがいいと思うぞ」
「どうして?」
「川嶋に聞きに行ってもうまくはぐらかされるに決まってるからだ。
あいつはあぁ見えて子供みたいなところがあるからな、
そんなことをしたら返って意固地になって無理しちまう」
前半は同意、けど後半は少し意外な言葉。亜美は私から見ればずっと大人な娘だったから。
だけど、彼が言うからには本当なんだろう、とも同時に思う。
「そっか、分かったわ直接聞くのはやめにする。
うふふ、高須くんは亜美ちゃんのことよく分かってるんだね」
「な…!そ、そんなことねぇよ」
この表情、初めてみたわね、みるからにテンパっちゃってる。
…少しからかってみようかな。
- 「そう?さっきだってすっごく真剣に亜美ちゃんのこと心配してるって顔してたし、
正直少し妬けちゃうわ」
「!?……はぁ…、香椎まで川嶋みたいに俺をからかうのかよ」
今度は困り果てたって顔…いつのまにか罪悪感は消えて、なんだかすごく彼を身近に感じてる。
困った顔をなんだかカワイイわねって思っちゃう私はSの気があるのかしら?
きっとこういう顔がみたくて亜美は高須くんをからかってるのね。
亜美が元気になったら一度話してみようかしら?
「冗談よ、気を悪くしたのなら謝るわ」
「ほんとに勘弁してくれ…」
うふふ、情けない顔。さっきまでの優しい言葉からは想像できないわ。
っといけない、そろそろ行かないと。彼とお話し過ぎたわね。
「ごめんなさいね、
そろそろほんとに行かないと亜美ちゃん達を待たせちゃうから私はもう行くわね」
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「おう、力になれなくてすまんな。
もし俺にできることがみつかったならいつでも言ってくれ」
さて、これからどうしたものかしら。
高須くんは記憶喪失、亜美に直接聞くのはNG。
他に何か知ってそうなのはたいがーちゃんと実乃梨ちゃんだけど、きっと何も得られないでしょうね。
それどころかたいがーちゃんも実乃梨ちゃんも暴走しちゃってかえって状況が悪化するかも、
二人の暴走のベクトルは違うけど。
正直手詰まりね。
亜美ならきっと自分で解決するんでしょうけど、友達として何かしてあげたい。
やっぱり高須くんの力が必要かしら?
…そうね、彼に協力してもらいましょう。
さっきみたいに記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし。
一度階段へ向かった足を引き返し今度は私から高須くんに声をかける。
- 「高須くーん」
「おうっ!?どうした?川嶋のとこに行くんじゃないのか?」
「その前にひとつお願いがあるの、いいかしら?」
「おう、なんだ?」
「携帯のアドレス教えてくれない?
亜美ちゃんのことでなにか思い出したことがあればこっそり教えてほしいんだけど」
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「いいぞ、ええっと赤外線は……っと、これでいいか?」
「ありがとう、高須くんも記憶のことで私にできることがあればいつでもいってね」
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「ああ、そのときは頼む」
こうすれば高須くんはきっと亜美のことをもっと考えてくれるだろうし、
それがきっかけで記憶を取り戻すかもしれない。
もしかしたら私が高須くんの力になれることだってあるかもしれない。
「うふふ、それじゃ今度こそ行くね」
「また後でな」
正直お互いにとって無駄になるかもしれないけど何もないよりはいいわよね…
そう、これは一種の保険よ。
そう自分に言い聞かせながら亜美のところへ向かう。
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