竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

コンキガダイジ

「プレ、プレパレード、いつか君を捕まえる〜」

学校でのとある休み時間
大河と2人、のんびりと廊下を歩いていると、突然大河が歌いだした。
鼻でふんふんとリズムをとりながら、小さな声で歌っていく。
何故かご機嫌で、楽しそうだ。
目の前を楽しそうに歩く大河のつむじを見ながら、竜児は話しかけた。

「なんだ?突然歌なんて歌いだして……」耳に届く声に首をかしげる。

「聴いたことない曲だな。なんて曲だ?」

「はぁ、あんた、この曲知らないの!?うわっ、やばっ……」

信じられないものを見るような表情で、大河が振り向く。

「あんた、どんだけ、現代の流行から遅れて歩くつもりなの?恥ずかしいっ!」

「やばくない?」とか「本当に現代人?」などの言葉を後につけながら、
哀れんだ視線を飛ばしてくる。
そこまでじとっとした目を飛ばさなくても。
大河の視線から逃げるように顔をそむける。

「うるせぇ、どうせ俺は流行には疎い人間だよ……」渋々と、自分の弱点を認める。

「発売して10週連続トップ3にランクイン。初回限定版は初日に即日完売!!
 今、どこのショップに行っても山の如く積んで売られているこの曲を知らないとは……。
 あんた、駄犬からさらに格下げされるわよ」

大河の目が、いつもの犬畜生を見る目つきではなく、それよりもワンランク下のものを見る目に変わる。
犬畜生にも劣るものってなんだ?

……………………虫?

それはイヤだ。
罵るだけ罵った大河は、もういいや、と締めの言葉を残して前を向く。

再び始まる『大人気』の曲。
どうやら、また最初歌い始めたようだ。
余計な事をいってまたボロクソにいわれてはたまらないと思い、竜児は大河の後を静かに歩いた。

「傷ついちゃうの 傷つけちゃうの 純情プレパラート〜」

 廊下を歩く靴の音と、大河の声だけが耳に伝わってきた。

 休み時間も残り少しという時、もうすぐ教室に着く頃。
竜児は、廊下の先に見知った姿を見つけて声をあげた。

「あ、先生」

廊下の先から、こちらに向かって歩いてくる教師の姿が見えた。
竜児たちのクラス担任であり、現在独身道爆走中という恋ヶ窪ゆり先生(29歳)。
胸の前で数冊の教本を抱え、少しゆっくりした歩調で歩いてくる。
次は先生の授業ではないから、別のクラスに行くところなのだろう。
先生は、そのまま竜児たちのクラスを通り過ぎ、こちらに向かってきた。
向こうも、こちらの存在に気づき、にっこりと笑顔を向けてくる。

「2人とも、そろそろ授業だから教室に入りなさい」

「はい、わかりました」竜児は軽くお辞儀も加えながら、返事をした。

そのまま、担任とすれ違う。
一方の大河はというと、あんたなんてどうでもいいわという空気を体中から出しながら、歌い続けいる。
担任の挨拶より、歌のほうがいいのかよ。
あきれつつも、何も口にしないで、竜児は大河の後を追った。

「タエテ タエテ コンキガダイジ!!!」

教室に入ったらいってやろう。あいさつぐらいしろよ、と。
歌ってないで挨拶くらいしろよと、一言いってやらねば。
そのまま歩くこと数歩。
もう目の前まで教室の扉が近づいていたとき、竜児は、背後でどさっという音を聞いた。

「なんだ?」

首だけを曲げて後ろを振り返る。
視線の先には、廊下で固まっている恋ヶ窪先生の姿があった。
足を前に踏み出したまま、ぴくりとも動かない。
胸で抱くように抱えていた教本は、今は床に散らばり、その中の数冊が
ページを見せるように開いている。
さきほどの音は本が落ちた音なのだろう。
しかし、どうして?
何故先生は固まったまま、ぴくりとも動かないのか。
石になったかのように、動かないその姿を見て、竜児は足を止めた。
「先生?」不思議に思い、声をかける。
数メートル先にいる先生にも届くように声はちゃんと出した。
ちゃんと届いているはずだ。
しかし、返事がない。

「竜児、何してんの?もうチャイムなるわよ」

「え?お、おう。今、行くよ……」

大河が呼んでいる。
早くしなさいよと、文句を言いながら、扉を閉めようとする。
未だ動かない担任教師が気になったが、竜児は歩きだす。
途中、一度だけ後ろを振り返ってみたが、先生が動き出す気配はない。
疑問に思いつつも、竜児は自分のクラスに入り、後ろ手でドアを閉めた。

「何かあったの?あんなところで止まって」

「いや、別に……」

自分でもよく分からないことを口にしても仕方がない。
 そのまま、席について授業の用意をしていると、チャイムがなった。

人気のなくなった廊下にチャイムが響く。
その音を合図に、恋ヶ窪ゆり(29歳独身)はゆっくりと動き出した。
錆付いていたロボットが動くかのように、ギクシャクした動きで落ちた教本を拾っていく。
顔には引きつった笑みを浮かべ、苦笑いをしている。
口の端を大きく持ち上げ、あははははと乾いた笑い声。
頭の中では、先ほど聞こえてきた逢坂大河の声が勝手にリピートされる。

「コンキガダイジ……コンキが大事……婚期が大事……婚期……」

恋ヶ窪ゆり(29歳独身)
婚期は、まだあると思っている。


オワリ。