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そんなこんな昼ドラ
- 『そんなこんな昼ドラ』
「私!まる・・・・北村君の事が好き!!私とつ「木原!」」
-
校舎の横。奇しくも以前、逢坂大河が告白し、その恋が実らなかったその場所で、木原麻耶は北村祐作に告白した。
「木原の気持ちは分かった。正直、うれしい。ありがとう」
-
「じゃあ」
「でも俺はお前に応える事は出来ない・・・・すまない」
「北・・・・・・・」
麻耶にとって、それは予想の範疇ではあった。あったがそれでも、突き付けられる現実は少しの容赦も無く胸に突き刺さる。
「やっぱり・・・・狩野先輩の事、忘れられないの?」
「違うよ木原。忘れられないんじゃない。忘れないんだ。忘れる必要が無いから」
-
「・・・まるお・・・」
-
「今はココに居ない。すっと先を、あの人は歩いてる。だったら俺は追いかけるまでだ!
何があっても追い付いて、いつかきっと、俺はあの人の横に並んでみせる。
だから忘れるなんて有り得ないし・・・木原と付き合う事も・・・無い」
「・・・・・・そか」
「すまない」
いつから始まった恋なのかは覚えていない。何処を?と聞かれても分からない。
でもはっきりとしたのは・・・
木原麻耶の北村への恋が、高校3年の春この時に終わった事は分かったし、その恋を、忘れないであろう事も、はっきりと理解出来た。
「それじゃあ、私行くね?まるお!呼び出したりしてゴメンね!」
「ぜんぜん構わんぞ!俺達は、友達だからな」
-
「ふふ。アリガト!じゃね」
見せたく無い笑顔を見せるのは、もっと見せたく無い涙を隠す為。
残酷な言葉を投げ掛けるのは、もっと残酷な言葉を押し留める為。
全てはココから、始まったのかもしれない
- 「・・ぁ!んん!!い・・・いいくぁ!!」
仄かに薄明るさを見せる、どこか豪奢で、でも簡素な部屋の一室で、川嶋亜美はその神の与えし美の造形を晒し、愛しき人との快楽に身を任せていた。
-
「はぁはぁ・・・イイ!!もっ・・・突い!!・・・竜児!!」
「っうぅ!!亜美!!」
軽く汗ばむ亜美の肢体を、そのじとりとした感触すらも彼女の美に一役買っているとおぼろげに考えてしまうのは、
やはり自分の心がこの恋人に囚われてしまっているからなのだろうか。
高須竜児は、どれ程の時と回を重ねたとて、決して飽く事の無いこの恋人に、羨望と高揚と陶酔。そして麻薬にも似た甘美にほんの少しの恐れを抱いて。
今日もまたその体を重ねていた。
「!亜美!おまっ!!・・・そんなシメたら・・・い、ちょ!イクって!亜」
「いいよ!キテ!!早・・く!!!りゅ!!!!ああああああああ!!!・・・・・・・」
「亜・・・美!!!」
亜美の中でドクドクと脈打つモノが、その終わりを2人にだけ告げる。
一応ゴムは付けている。
自分の母親の事が有る竜児はそう云った事にはうるさい。
もちろん亜美も重々承知だが、一度、絶対に安全だから!と竜児に生でさせた時の快感は、亜美にとっても竜児にとっても、耐え難い誘惑となっている。
それを打ち消す為に、以来、2人のセックスはその頻度を増してきたように思えた。
竜児の腕枕でまどろむ亜美は、ふと竜児の顔を見上げる。
私はこの竜児の顔が好きだ。と。
私の全てを委ねた後の、その皆が恐れる凶顔が私を見詰める。
睨んでる?呪いでもかけてる?もしかしたらこのまま埋めちゃうの??
ふふ。でも違う。
コレはこの人の優しい顔。
私の事が大事で大事で堪らないって顔。
分かるもの。チビトラや泰子さんに向ける顔と一緒。いつもは3等分だけど、この私達だけの時間の後は、竜児のこの顔は私だけのもの。
ちゅ!
亜美はそのまま竜児の首にキスをする。ほんの軽く
「ん?なんだ?」
「なんでもな〜い」
「??」
竜児は特に気にはしない。こんな時、彼は亜美の好きにさせている。
小鳥が互いをついばむ様に、子猫が互いにじゃれ付くように、そんな一時を、亜美が好んでいる事を知っていたから。
幾らか時間が過ぎ去れば、何時もの日常が音も無く近づいてくる。
それはまどろみの時間のおわり・・・・
-
「ふぅ〜〜・・・・ねぇ。今度の日曜だけどさぁ。ちょっと付き合って欲しいんだよね〜」
「ん?日曜って何!!!お前!」
竜児の視界には下着姿のままでベットに腰掛、タバコをふかしてる亜美が居た。
-
「ん?あっ!これ〜?」
-
にんまりと笑う亜美にも竜児は真剣だ。
「お前いつの間にタバコなんて吸ってんだよ!いいか?そんなものは体に良い事なんて何も無いし!金も掛かる!
-
そんなの吸ってたって全然かっこよくなんか無いぞ!お前だってそれ位」
エコロジストでエコノミストな高須君には、高校生の喫煙は許し難い様で、それでも亜美の笑顔は止まらない。
「あはは。これ、タバコじゃ無いわよ?」
-
「へ?」
-
そう言って亜美が竜児に渡したものは
「??なんだコレ?」
-
タバコの形はしているし吸うと煙も出るのだが・・・火は付いていない。
-
「あはは。電子タバコ。もう、竜児ったら、私がタバコなんて吸う訳無いでしょ?
亜美ちゃんの綺麗な歯がヤニまみれになるなんて有り得ないから。ふふ。竜児に見せたら面白いと思って」
「は〜・・・お前は」
「ははは。怒んない怒んない。可愛いんだから!竜児は」
-
「可愛!・・・は〜。敵わないよ、お前には」
どこか呆れながらも、いそいそと服を着だす竜児を、亜美はぼんやりと眺める。
ほんと、可愛い人。
こんな怖い顔のチンピラ風ヤンキー系ヒットマン属性を可愛いと思えるなんて、私ってば変態?とか思っちゃう。
でも仕方ないじゃない?彼の反応の一つ一つが私の琴線に触れてくる。
その笑みの一つ一つが私の心を捕えて離さない
「まぁいいか。で?日曜がどうしたって?」
「ん?ああ、日曜日に付き合ってよ」
「別に構わんが、何処に?」
「ん〜。この前久々に前の学校の友達から電話来てさぁ。休みに皆で会わないか〜って」
亜美も話しながらトロトロと服を身に付け始める。
「ふ〜ん。良いんじゃねぇか?お前も久しぶりなんだろ?」
-
「うん。まぁそれ自体は良いんだけどさ、それって向こうの男共も来る訳。でぇ、亜美ちゃんって今も昔も超可愛いじゃない?
向こうでも告られまくってたし、どうせ私に会って、あわよくばお近づきに〜って魂胆が見え見えなのよね〜」
「なるほど。俺は露払いって訳だ」
-
もちろん、竜児もそれに異は無い。自分の恋人に付く悪い虫は早々に高須家掃除術で徹底排除に限る。限るのだが。
「でも良いのか?」
「ん?なにが?」
「うや、その。俺みたいな眼つきの悪い奴が一緒だと、お前の友達も迷惑なんじゃないかと」
どこまでもお人好しである。
「それに俺が居ると・・・その、なんだ・・・・お前の友達も、だな・・」
「怖がるって?」
「ああ・・・ほんとに自慢じゃないが、初対面で怖がられ無かった事が無いからな、俺は。
一緒に行っても良いが、かえってお前が嫌な思いをするんじゃないか?」
ホントに自慢では無い話だ。
「ふふ。い〜の。別にそんなの気にする事無いわよ。特に嫌いな訳じゃないけど、今まで殆んど音信不通だったんだし、それで縁が切れるならそれまでよ。
どちらを取るかと聞かれたら、私は貴方を取るの。今はそれだけで良い」
-
「亜美」
-
じ〜〜ん。としてる竜児だったが
「だって竜児程度でどうこうなる亜美ちゃんじゃなくね?マジ最近すっげ〜〜美女指数上がりまくりなんだけど!
もはやコレってば芸術品よ!一般人の愚民共には耐え難い美酒なのよ?
竜児みたいなトラウマ要素でもなかったら、もうその場で私が教祖の宗教団体でも立ち上がっちゃうじゃない。もう亜美ちゃんてば忙しすぎ〜〜。
だから〜・・・亜美ちゃんの平穏無事な毎日の為に〜、亜美ちゃんの事が愛しくて愛しくて堪らない竜児君は絶えず亜美ちゃんの横に居続けるのでした〜〜。まる」
「お前は・・・」
竜児のため息もなんのその。亜美はコロコロと笑っていた。
女王様な家族と彼女に囲まれて、高須竜児の毎日は、相も変わらずせわしないのだった。
- 「おっと。馬鹿やってないでさっさと支度しろ。もう時間だぞ?」
「え〜〜。だから延長しようって言ったのに」
「馬鹿。今月もう4回目だろ?これ以上の出費は経済的破綻を招くぞ」
-
「もう。チビトラの家でも良かったのに」
「お前な〜。前にそれやって大騒ぎになったじゃねぇか。俺は本気で死ぬかと思ったぞ?
どこぞの川の船頭に金を要求されたアレは夢であったと信じたい」
-
二人が今居るのはラブホテルやらブティックホテルやらと言われている場所の一室である。
二人が情事を楽しむ為にはまだまだ場所が自由には為らず、泰子や大河が留守の高須家であったり、叔父夫婦の不在時の亜美の部屋である訳だが、
そうそう毎回そんなタイミング良く不在にはならない。
無論ホテルが手っ取り早いのだが、如何せんお金が掛かる。
亜美は仕事もしているし実家もまぁ裕福だから問題は無いのだが、竜児の中では少なくともその様な場所の支払いは自分がせねば!となっている。
亜美が出すと言ってもガンとして了承はせず、押し通せば流石に竜児もいじけてしまうのでは亜美も無理強いは出来ない。
以前、様々な事情や情勢が絡み合い混ざり合い、止むを得ず大河のマンションの一室、使われていない部屋でコトに及んだ事があった。
大河の家は竜児が掃除をしていたし、証拠隠滅も完璧にこなし、何より使用していない部屋を使ったのだが・・・大河の嗅覚はどれ程なのか?すぐにバレた。
それは筆舌に耐えない地獄絵図だった。
自宅無断使用の怒りは普段の事を思えばそれ程でも無かったろうが、何しろ思考能力と行動原理が突き抜けること秒速300メートルの逢坂さん。
自分の家で?
自分の留守に??
家族(同然)の竜児が???
たとえ口が裂けまくって耳まで到達しても親●とは言葉に出せないチョッと親しい顔見知りのバカチワワと????
凸凹X!!!!?????
言葉にならない奇声を上げながら木刀を振り回し、何かに想像能力が追い付いたのか真っ赤な顔から湯気が立ち上り立ちすくみそして立ちくらみ。そして再び暴徒と化す。
どこぞの髭眼鏡指令が勝ったな。等と呟くほどの暴走振りだった。
以来、どうしても、本当にど〜〜〜してもな状況になった時には亜美にお金を出して貰う事を渋々ながらに決定したのだった。
幸いにもまだそれは実行はされては居ないが、今月はどうにもペースが速い。時間の問題と為りそうだ。
二人がホテルを出て竜児が亜美を家まで送り、帰宅したのは7時を少し回ろうかと言う所だった。
手早く夕食を作り家族3人で囲む団欒。
泰子を仕事に送り出し、大河が最近はまってる韓国ドラマを見ている横で、何処でやらかして来たのか大きく破れた大河のジーンズの裾をチクチクと直している竜児。
そんないつもと変わらない高須家の夜であった。
ソコまでは
- 「ねぇ竜児。プリン出して」
-
「はぁ?またかよ。お前一体何日食えば気が済むんだよ」
-
「いいの!さっさと出しなさい!駄犬」
「はぁ。ったく。いいけどよ。櫛枝の奴も要らん事教えてくれたもんだ」
最近、大河は自家製のプリンに凝ってる。どうやら実乃梨に教わって作ったらしいが、料理全般が壊滅的な腕前の大河シェフにあって、唯一!このプリンだけは例外の偶然の奇跡の如く、まぁ喰えた代物だった。
インスタントラーメンすら何故か不思議現象を起こす彼女にして、コレはまさに神の悪戯としか思えなかった訳だが、以来、大河は毎日の様にこの逢坂大河特製プリン『逢プリン』(命名手乗りタイガー)を1日3個は食しているのだった。
「ほら」
-
「ありがと」
-
よっ!と身を起こした大河は早速ご自慢の逢プリンをほくほくと食べているのだが、まぁホントに幸せそうに喰らい付いている。
竜児はそんな大河に微笑みを浮かべながら、再び針仕事に意識を戻した。
「あーーーーーー!!」
「!!なななななんだ!どうした大河!!」
-
気が付けば大河は冷蔵庫を開けて呆然としている。
いつの間にかプリンを平らげ、台所に食器を下げにいったらしいが。
何事かと竜児が大河の下へ行くと
「・・・・・卵が無い・・・」
まぁ、そんな事も有るよね?
「ん?あぁ、明日帰りに買ってく「明日のプリンが作れないじゃない!!」・・・はぁ?」
-
なんの話?な竜児。大体なんで朝からプリンを
「明日私の逢プリンを食べさせるって北村君に約束したの!!これじゃあ作れないじゃない!!」
「いや、だったらさっきの喰わなきゃ良かったじゃねぇか。大体お前がさっき喰った奴を作る為に卵全部使っちまったんだろ?」
「え?・・・・・・・あ!」
作る時は覚えてて、食べる時は覚えてなかった・・・・様です。
-
「お前・・・・忘れて喰ったな?」
「!だだだだだって!・・・・・・うぅ」
冷蔵庫を呆然と見ていた大河は、とうとうそのまま膝を抱えて座り込んでしまった。こうなるとホント、小さくなってしまう子だ。
「はぁ・・・たく。ちょっと待ってろ。コンビニで買って来てやるから」
-
「ふぇ?」既に半泣き。
「コンビニの奴は高いからあんまり買いたくねぇんだけどな。まぁ手に入るだけマシだ」
-
「え・・・でも雨降ってるし」
-
いつの間にか外は本降り。
「お前に近代日本の素晴らしきモノを2つ教えてやろう。24時間開店営業のコンビニエンスストアと・・・傘だ」
言って大河の頭を一撫でして、竜児は玄関に向かった。
-
「竜児。あの・・・その」
「大河」
「ん?」
「行って来る」
「りゅ・・・いってらしゃい・・・・ありがと」
「おう」
外は結構な雨だったが、竜児は気にする事無くコンビニで卵を購入し、いそいそと帰宅の途についたのだが、ふと視線を奪われた。
-
「あれは?」
- 地面を強く叩きつける雨の中、公園のベンチで独り座る・・・・木原麻耶。
あの後、親友の香椎と合流し、そのままスドバへ。
彼女は黙って愚痴を聞いてくれたし、元気付けてもくれた。本当に、救われたと思った。 香椎と別れてふと立ち寄った公園。
なんとなくベンチに腰掛けたまでは覚えていた。それから・・・・・どうした?
どうもしない。
ただソコに居た。
居たかった訳じゃない。人が流れて、陽が落ちて、雨がぱらつき出して、なんか本降りになって・・・でもソコに居た。
分かってた筈なのに。誰も悪くない筈なのに。 どこか納得出来ない自分が居た。 アイツが悪いと叫ぶ自分が居た。
アンタもバカじゃないんだから分かってんでしょ?アイツって誰よ?そんな自問自答。そして自嘲と嘲笑。
もう何時間繰り返したかも覚えていない思考のループを遮ったのは、絶え間なく続いた雨の感触が無くなったモノだった。
「え?」
顔を上げると、ソコには・・・ヤクザが居た・・・んじゃなく、ヤクザみたいな親友の彼氏が、高須竜児が居た。
「やっぱり木原じゃねぇか!お前どうしたんだよこんなトコで!ってお前びしょ濡れじゃねぇか!」
なんか独りで大騒ぎしてる竜児に、ん?と小首を傾げる麻耶だったが、そのままボ〜っと座っているだけだった。
「!おい・・・・・木原?」
呼べど返事の無いクラスメート。どうにも竜児には分からない事だらけでは有ったが、おお!と何かが閃いた。
徐に竜児は携帯を取り出しメール。
送信・・・受信・・・送信・・・受信・・・送信・・・・受信・・・
-
「はぁ・・・・無茶苦茶だ・・・」
雨音に消されるほどの、竜児の呟きだった。
どれ程の時が経ったのだろう。ふと気が付けば、自分の肩に何かが乗せられている。タオルじゃない。
見るとそれはトレーナーだった。
?と思うと目の前に誰かが立っている。
「・・・あ」
ようやく思い出す。さっき目にした人物。高須竜児がそこに居た。
- 麻耶の頭上に傘を差し出して、トレーナーを脱いだのだろう。Tシャツ姿で無言で佇む姿。
横を向いていて見えるのは横顔。まだ4月の終わり。肌寒さが有る。シャツ1枚で外に立っている時間でもない。
麻耶の視線に気が付いたのか、徐に竜児と目が合う。
少し、どきりとした。
怖いから?少し違う気がした。
「・・・・高須・・くん?」
「おう」
「・・・・いつから?」
-
「ん?かれこれ30分」
思わず俯く。状況はなんとなく掴める。理由は分からない。でも亜美は高須竜児はそんな人間だと言っていた。
誰かが途方にくれていたなら、助ける程の力も財も無いけれど、ただソコに居てくれる人物だと。その誰かが、自分の知らない誰かで有っても。と。
「・・・・ごめんね」
-
「ん〜?別に」
「寒くない?」
-
「今日はそうでもないぞ」
-
「どうしてココに?」
「・・・散歩コースだ」
「ずっとココに?」
「ココで立ち止まるのがコースなんだ」
-
「そう」
「おう」
ふと麻耶は笑みを零す。
有る訳無い話の他愛も無い会話。
誰かがそこに居る安心感と放てば返る言葉と・・・心。口にはされない、いたわりの心。
気が付けば見詰めていた自分の足元が歪む。
「あれ?・・・・おかしいな?」
-
「ん?」
「高須君・・・・ちゃんと傘差してくれないから、視界が・・・悪いよ」
「・・・・・おう」
静かに頭に置かれた竜児の手は大きくて、暖かい。
「!!・・・・ぅ・・・ぅぅ・・」
「・・・思い出したか?」
-
そう。思い出した。
私は・・・・まだ泣いてなかった・・・・・
「うう・・・・うわああああああああ!!」
麻耶は竜児に縋り付いてただ大声で泣き出した。報われなかった自分の為に。
竜児はただ雨の中、麻耶に抱きつかれたまま空を見上げた。
今はただ、この雨が彼女の涙を隠してくれている事に、感謝するだけ。
激しい雨音が、彼女の慟哭を掻き消してくれる事を感謝するだけ。
そして願う。この雨と共に、嘆きもまた止む事を・・・
- しばらくして、雨足が大人しくなるのと同じく、木原も幾分落ち着いてきたのだが・・・・そこからの木原はすごく面倒だった。
とにかく愚痴った。曰く
「大体まるおも!私を振るなんておかしくない?絶対変よ!頭おかしい!私って可愛いでしょ!美人でしょ!スタイルだって悪かないでしょ!
そりゃあ亜美に比べたら少しは落ちるかも知れないけどさ、それにしたって他の女子に比べても見劣りしないのよ!!それをゴメンってなに!!
大体、高3にもなって彼女も居ないんじゃやばいじゃない!まるおったら性欲ないの?狩野先輩想いながらマスターベーションしまくるの?不健康!てかキモイ!!
あのアホ(春田)にだって彼女居るのよ?なのにメガネ(能登)なんて私に気があるのかなんなのか知らないけどチョロチョロと!!
そもそも30にもなって男諦めてマンションに走るなんてゆりちゃん先生には気概が無いのよ気概が!!
分かる?絶対亜美ちゃんなんてダイエットしてるに決まってるのよ!櫛枝さんと一緒になって私を置いてく積もりなんだわ!
いいのよ!たとえバストのサイズで奈々子に周回遅れのブッチギリで置いてかれたって私にはタイガーがいるもの!!
あ!!こないだタイガーってばまるおに告んなかった?ちょっと高須君も飼い主なんだからなんとかしてよね!
そうだ!まるおにお弁当でも作ったらどうかな?それで仲良くなってから告白!ああ!!今日振られたジャン!!
大体まるおもおかしくない??振られたのよ!私!!ちょっと聞いてる高須君!!」
既に25分。あ、26分。木原は愚痴りっぱなしだ。て言うか滅茶苦茶だ。もう言ってることが全部。
同じ事をぐるぐるだけでも厄介な事この上ないのに、それがもう2転3転。
北村の批判をしたかと思えばいきなり惚気だすし、友人知人を滅多切りの辻斬り闇討ち。 俺はさっき指名手配犯扱いされた。
広くは社会批判から政治腐敗についての熱弁や町内会のゴミ分別に至るまで・・・まぁコレには俺も甚だ同感では有る。第一、資源物の分別方法についてまだまだチェックが行き届いて・・・すまん。俺が混乱してどうする。
まぁとにかく。木原はそれはもう罵声と怒声を上げ捲っていた訳だ。付近の住人にはホントに申し訳ないと思う。
まったく最近の高校生は。などと主婦の方々が定例井戸端会議場で俺達の事を吊るし上げるのが目に浮かぶ。
ようやく胸の中の不穏分子を一掃したのだろう。麻耶はふ、と息を付いて竜児を見る。
「はぁ・・・・ありがと、高須君。おかげですっきりした」
-
「ん?俺は何もして無いがな」
「それでも、だよ・・・ありがと」
居てくれて、聞いてくれて、滅茶苦茶言っても受け止めてくれて・・・・許してくれて。だから
「ほんと・・・・ありがと」
「おう」
竜児は最初に奈々子にメールをした。そして聞いた。
麻耶が北村に告白して、振られたと。
自分と放課後スドバでささやかな失恋祝いをして、明日ね!と分かれた事。
ふと思い出したのは少し前の大河だった。
3年になって再び告白し、再び玉砕。
そこからの大河と目の前の木原。その違い、その違和感。そして思う。
こいつはまだ、ちゃんと失恋していない。と。
泣いてもいない。怒ってもいない。どこかキチンと受け止めていない。
その事を忘れていると思った。
必ず通る道じゃない。千差万別人それぞれだ。でも竜児からみた木原の北村への想いは、頭で理解してそれで終わりに出来る程のモノでは無いと思った。
きっとどこかで思い出す。自分がまだ泣いても怒っても無い事を。
だったらその時には、誰か居た方がいい。泣くのはともかく、怒りはぶつけた方が良いモノだ。
それは自分でも出来る事。だからそれまで、傍に居た。
どうやらそのお役目も終わったようだ。
- 最初にベンチに座っていた麻耶と今の麻耶。その表情と目には雲泥の違いが有った。
もう大丈夫だな。
竜児は立ち上がりまだ座ってる麻耶に視線を送る。
-
「さて、俺はもう行くから、お前も早く家に帰れよ」
「え?あ!高須君、トレーナー」
「いいって、着とけ。お前びしょ濡れだったんだから寒いだろ?俺んちすぐソコだし、俺は平気だから」
「でも高須クチャン!!」
「へ?・・・・ははっはははは!!なんだよそれ」
-
「うううううう煩いわネクション!!・・・うぅ・・・」
-
中々に面白い光景だったが、風邪でも引いたか?と不安げな竜児だったが
「まぁ・・・本来なら俺んちにでも来て泰子の服でも貸してやればいいんだがな。すまんが今日はそのトレーナーで勘弁してくれ」
「??いや、何も高須君がソコまでしなくても・・・でも、やっぱりアレかな?私が高須君にお家で服とか借りたりすると、亜美ちゃんヤキモチ焼いたりする?」
-
それもチョッと面白いと思ってみた。彼女の様な全てを兼ね備えてるとしか思えない女性から嫉妬の対象になるのは、まぁ悪い気分じゃない。
「はぁ?なんで亜美が出てくるんだ??」
「??違うの?じゃ」
「大河だよ」
「ふぇ?」
それならば・・・ちょっと分からない。
「あぁ・・・タイガーがヤキモチ」
「違う。実は大河の奴、最近プリン作りに凝っててな」
「あぁ。そう言えば櫛枝さんとやってたよね。それ」
-
「おう。そんで明日北村に食べさすプリンを作ったのに、あのバカ自分で食べやがったのさ。で、卵が無くなって、俺が買い出しに来ぃ・・・散歩のついでにな」
-
「・・・・そうなんだ」
なんとなく、羨ましかった。
逢坂大河が。川嶋亜美が・・・・・なぜ亜美の事まで?そんな疑問が頭をよぎる。
「でも、それでどうして私が行っちゃ駄目なのかな」
-
「駄目とは行ってないが・・・来ない方がいい」
「なんで?」
不思議だ。
-
「・・・・・28回」
「何が??」
「メール。それに着信が15回。その全てにブッチかましたからな。下手をすると血を見る」
「うそ・・」
「ま、コッチにも手は有るからな。取っておきの蜂蜜プリンと、高須特製カスタードクリームを伝授してやるさ。アイツに教えるのが一苦労だけどな」
にこり。と微笑みを浮かべている積もりの竜児は、暗闇でギラリ!と凄絶に笑みを漏らしている様にしか見えない表情を見せていた。
自分の所為で。という思うもあったが、それよりも・・・
- 「ねぇ高須君」
「ん?」
「タイガーも・・・この前振られたんだよね?」
「おう」
「・・・・凄いね。タイガーは」
-
だってもう北村に向かい合える。だってまだ北村に、向かっていける。
-
「さぁ、どうかな。でもまぁアイツが振られた時はこんなもんじゃなかったぞ」
-
「え?それって」
-
「5合。一人で自棄食いしやがった。もう泣きながら。まぁ去年は電柱蹴飛ばして傾けたしな。それよりはましか」
-
「5合ってか電柱って」
「まぁ北村の悪口こそ言わなかったがな、狩野先輩の下に果たし状を送るって喚いてたな。アメリカまでわざわざ喧嘩しに行く気だったのか?アイツは」
「タイガーらしいね」
「まあな。でもそれだけだ。泣いて喚いて。それでも北村の事が好きなんだからソレはもう仕方ない。まだまだこれからなんだそうだ、アイツは」
-
どこかで負けたと麻耶は思った。
自分には無い強さとひたむきさが、逢坂大河にはあると思った。
もしかしたら自分は大河ほどに北村の事を好きでは無かったのかも知れない、とも。
-
「ま、アイツはアイツ、木原は木原だ。それぞれ受け止め方があっても良いと思うぞ?俺は」
-
「うん・・・・そうだね」
それぞれだ。だから今は、少し自分を許そう
「ねぇ高須君、ちょっと良いかな?」
「ん?なんだ?」
「いいからチョッと。コッチコッチ」
-
くいっ!くいっ!と手招きする木原に?を浮かべながら竜児が近づくと
ちゅ
「!!!!!き・・・きひゃら(木原)?」
-
唇・・ではない。筈だ、と言うギリギリの口元に、麻耶は突然キスをしてきた。
-
「ふふふ。コレは御礼。今日はアリガトね!トレーナー、ちゃんと洗って返すから!!じゃあね!高須君!!」
少し頬を赤らめて走り去る麻耶の姿を呆然と見詰める竜児・・・・意識を取り戻したのは18回目の着信だった。合掌
どうしたんだろ私。
まるおの事、ホントに好きだったのに。あんなに辛かったのに・・・・今それは無い。
まさか・・・よね?振られたその日に?無い無い。
親友の彼だし、なんたって怖いし。それほど接点も無いし、有る訳無いよ。
・・・そう。そんなに仲良く無いし、話もあんまりして無い・・・・のに。
「・・・・・居て・・・くれたんだよね・・・」
寒くて辛い思い出が、でも思い返すと暖かくて、優しい時間に思える。
気が付けば動いてた
「・・・もう、少しで・・・・・」
指先でなぞる唇に、彼の感触が残ってる。
ほんとうに、
「どうしたんだろ・・・・私」
- 変化。
最初に気付いたのは誰だろう。彼女の笑顔の先に。
意識。 誰が初めに意識しただろう。その彼女の視線を。
認識。 いつのまに皆が認識したのだろう。彼女がそこに居る風景を当たり前のものと。
木原と香椎が男子と話す。それがソレほど不思議な光景である訳ではない。
とくに北村と話している事は不思議ではなかったし、能登や春田ともよく話してた。 でも最近は違う。
良く見る光景、亜美と木原と香椎。そして最近、ソコに竜児が加わっていた。
竜児は普段から自分から積極的に動くタイプではないし、亜美も女友達との一時に彼氏である竜児を連れて行こうと思った事は無い。
だが最近、竜児と話していると木原と香椎がやってくる事が多い。
もちろん2人の邪魔をしに来ている訳では無いし、とくに話があるのは亜美に対してだけだった。
それでも竜児が気を利かせて席を立とうとすると何気に話しかけ、竜児をその場に押し留める。
その意味を知る者は居ない。それは本人すらも含めて。
ある日の午後。亜美と麻耶、奈々子の3人は何時もの様にスドバでくつろぎの時間を過ごしていた。
「ねぇ。麻耶」
「ん?なに?」
「ん〜。なんか最近、竜児と話してる事多いけど・・・なんか有った?」
-
「え?」
-
それは亜美の自信と信頼。彼と友への、自信と信頼。
「うん・・・あった」
「え?」
-
「ちょっと!麻耶それって」
-
「あ!違う違う!そんなんじゃなくてさ・・・・・私、まるおにフラれたじゃない?そん時」
-
「あ」
そこで思い出したのは香椎。
なんか木原の様子がおかしいんだけど?なんか有ったのか?と聞いてきたメールだった。
「あのメール」
「?奈々子?」
「あ、うん。前に高須君から麻耶の様子がおかしいってメールで聞かれて。たしかあれって、当日だったよね」
-
「そ。フラれた当日。もう雨は降るし暗くなるしお腹は空くし、でもってなんか帰りたくないし、もう最悪。気が付いたら・・・高須君が居て・・・私、泣いてた」
-
「麻耶」
-
「そっか」
親友の失恋話ほど、憂鬱で聞きたくないものは無い。
-
「で、それだけ!なんか泣いてるトコ見られたと思ったら、高須君の事近く感じちゃってさ。ゴメンね、亜美」
それだけ!と言って笑顔を見せる麻耶に、亜美もまた笑顔を見せる。
「OKOK。どうせウチのヤドロクが不用意に優しくしてそこ等にフラグでも立てまくってんのかと思っただけ。麻耶が謝る事なんてこれっぽっちも無いじゃない」
「そう?」
それは些細な乙女心。何をどう・・・認めたくないのだろうか。私達はみんな・・・面倒だ。
奈々子は静かに紅茶に口を付け、そのヤドロクさんに今度スーパーで会ったら嫌味の一つでも言ってやろうと決める。
-
「でも亜美・・・・分かんないじゃない?フラグ、私も気が付かないうちに立てられたかも・・・だったら、どうする?」
「ふふ、OKって言ったでしょ?友情は友情、愛情は愛情。上等よ、麻耶。でも覚悟しといてね?
亜美ちゃんてば、超可愛いいし超愛されてるから。それでもいいならかかってらっしゃい、いつでも、ね?」
「はいはい。ごちそうさまでした」
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あはははははは
この時、亜美も麻耶も知らなかった。
この暖かくて心地いい空間に、暗い影が忍び寄っていた事を・・・・知る余地も無かった。
- どうにも最近亜美の様子がおかしい。なにかしたか?俺。
ま、棘があるのは前からなんだが、最近本数が増えてきてそうな・・・かといってHの回数は・・・増えてきてる。
いくら俺が若くても、だな。その、流石に疲労と云うか腰が、というか。でも何となく感じる。
「何か不安な事でも有るのか?亜美」
-
そう。どこかアイツは不安気で、なんだか必死な気がする。
俺の気の所為だといいんだけど、な。
そんな事をぼんやり考えて歩いていると、俺の家の前に止まっていた何やら高級感溢れる車のドアが開いた。
運転席から出てきた、なにやらどこぞのSPだか敏腕秘書だかの風情の男はすぐさま後部座席のドアを開くと、ソコからは白いスーツを着たおっさんが出てきた。
「やあ。君が高須竜児君?」
「え?俺??」
なんで俺?
「はぁ、高須竜児は俺ですけど」
なんだよ?こいつ。
なんか普通のサラリーマンにはどう見ても見えない。アレか?そっちの筋の方か?
とうとう俺のこの人相は本職のスカウトマンの心をゲットしてしまったのか!
だとしたら早急に、至極穏便にお引取りを願わねば。
-
「はじめまして。いつも娘がお世話になっていますね。私、川嶋亜美の父です」
-
「すいません!俺そっちの業界に行く積もりは更々無いって言うか、俺、こんな見た目だけど喧嘩とかからっきし・・・・て、父?」
あれ?なんか聞き間違い??
-
「いや、業界って、芸能界?いや、そんな話じゃないんだけど・・?高須竜児君?」
-
おっさんが、もとい!亜美の親父さんが不思議がってる。そりゃそうだ。そうだ、が・・・
「父ぃぃぃぃぃーーーーーー!!!??」
なんとか冷静さを取り戻した俺が亜美の親父さんに話があると車に乗せられたのは15分後。久しぶりだな自分。
ここじゃ何だから、と乗せられたのはいいが、走ること20分。どうにも居心地が悪い。
親父さんも話し出さないし、なにか言おうとすると運転手の兄さんがミラー越しに見るんだよな。タイミングが掴めん。
-
「あの・・・・何処に?」
うん。これが精一杯。良くやったろ?ヘタレにしては。
「うん?ああ、すまないね、もうすぐ着くから。小泉、あとどれ位だ?」
-
「8分ほどで」
「と、言うわけだ。済まないね」
「はぁ!じゃな!!大丈夫です」
-
「うん」
結局分からぬまま何やら都会に来てしまってる。それにしても8分て!細かすぎだろ!と思ったら、8分後に車は止まった。
この人マジ怖えぇ。
着いた場所はでかいホテル。つか、なんか知ってるぞ?テレビとかでよく見るだろ。
何処ソコの大統領だのスターだのが使ってる奴だろ?ここ。
俺なんかは一生縁が無いと思ってたが、実際来て見ると、圧巻だな、マジで。
俺が間抜けにもポケ〜っとしてると、向こうで、ようこそ川嶋様とか言われてた親父さんが俺に声を掛けて来た。
-
「どうしたね?高須君。来たまえ」
「は、はい!」
そして俺が連れてこられたのは、コレもテレビで見たこと有る様な、馬鹿でかいフロアだった。
- 「ココは?」
つかなんでココに?が正解か?もうよくわかんねぇ
-
「来月、ココで記者会見が有るんだ」
-
「記者会見?」
-
それが??
「ある映画の撮影開始のね。まぁ宣伝だ。君もよく目にするだろ?制作費は幾らだの出演者は誰々だのって、あれさ」
「あぁ。それなら。でも、広いですね」
-
「はは。これでも狭い位だよ。今度のは日米韓の合作だしね。お披露目も日本が最初じゃない。先にアメリカで会見した後、日本で会見だ。その後は韓国で」
-
「はぁ」
なんとも世界規模なマクロな話題だ。畳何畳のミクロな俺には無縁の話だ。
-
「日本からの出演者の中には、亜美も居る」
「あ!亜美が!!」
「ああ。まぁ大抜擢だがね」
親父さんの表情も明るい。そりゃあそうだろう。なんか壮大な話になって来て無いか?
アメリカに韓国だろ?すげえなおい!
-
「世間では安奈の七光りとか言われてるけどね、実際は総監督の一本釣りなのさ。まぁ世間がソレを信じるかどうかは難しいが、ソレを信じさせるのは亜美の仕事だ。
周囲が納得せざるを得ない仕事をすれば、評価はおのずと付いて来る」
-
「はい!」
亜美はどんどん光っていく。光っていってくれればいい。アイツはきっと、誰よりも輝ける奴だ。
身内贔屓かも知れないけどな?それでも俺にはそう思えた。
-
「君は?亜美の成功を祈ってくれるかい?」
は?なにを当たり前な
「もちろんじゃないですか!そんなの当たり前じゃないですか」
「そうか。ありがとう・・・なら話は簡単だ。亜美と別れてくれ」
-
「は?」
おいおい。あれ?なんだ?
ドラマか?映画か?本?まんが??おお!SSか!・・・・なんだよ、このお約束。
「あの・・・それって」
「まぁいわゆる御約束って奴で恐縮なんだがね。君も取って付けた様な定型文を聞かされるまでも無いだろう。これはひとえに、亜美の為だ。
古くて御約束だとは思うがね?でも御約束ってのは必ず有るから御約束なのだよ。そしてそれは往々にして正しいモノだ」
ちょっと待ってくれ。幾らなんでも行き成り過ぎるだろ!
御約束ってなんだよ?あぁ、分かってるさ。いまさらそんなテンプレートの定型文を聞かされるまでもねぇ。
でもソレって・・・そんなのって
「ちょっと待ってくださいよ・・・俺達にだって意見くらい・・・亜美とだってそんな話は」パサっ
親父さんは胸元から取り出した1枚の紙を、俺の横のテーブルに置いた。
見るとソコには・・・
「なんだよ・・・・これ」
俺と亜美が並んで歩いてる姿が写され写真が載ってる、何かの原稿だった。
アホみたいなタイトルと一緒に。
『大抜擢のグラビアアイドル川嶋亜美の背後に黒社会アリ!恋人はチンピラ?』
- この服装は覚えてる。川嶋の旧友に合いに行った時のモノだ。
あの時は、向こうの男共への牽制になるからって、亜美がわざわざ黒ジャケットに紫のシャツで、わざわざ怖さを際だ出せたんだった。
おかげで男共ばかりか町中の人に恐怖を与えたみたいだ。
必要も無いのに同じ警官がウロウロしてたのを今でも覚えてる。
-
「どうやら亜美の前の学校の生徒から流出したみたいでね。まぁ記事の内容に付いては事実無根も甚だしい。
コッチも早めに察知したからね。記事は差し止めたよ」
-
「そうですか・・・・すいません」
「なぁに。君が謝る事じゃない。コレは私達、コチラ側の人間の話だ。君に落ち度は無いよ・・・
だが、亜美はコチラ側の人間だ。ごめんなさいじゃ済まないんだよ。コレはね。君にもソレは分かるだろう?」
「・・・・はい」
そう、コレで困るのは俺達じゃない。困る人達と俺達は・・・・違う。
「私達は君を知ってる。もちろん逢ったのは今日が初めてだし、会話をするのも初めてだがね。分かるよ、君は誠実な青年だ」
「・・・・・・・・」
「だが、例えばこの記事が世に出たとして、ソレを見た人はどう思うだろう?
確かに昨今、芸能人は自由だ。自由を得たと言っていい。実はこんな御約束はとっくのとうに死滅した、いわば過去の悪癖に過ぎない」
「だったらなんで」
「それは君だからだよ」
-
「!!俺・・・だから?」
-
なんだよ・・・・・それ
「世間が許すのは一般論の中だよ。青年実業家。局の人間、業界の人間。同級生や幼馴染が居たって良い。今の世の中はソレを否定的には捉えない。
中には肯定的に捕え、仕事に反映される場合もある。だが、これは本当に申し訳ないが、君の容姿は一般論として受け入れられない」
-
「!!・・・・」
また・・・・か・・・
「何度だって言う。私は君を知っている。亜美の性格や聞いた事情、君の家庭や、逢坂大河さんの事も加味してみても、むしろ私は君を高く評価している。
だがその記事を見れば分かるだろう。
確かにその記事は事実無根だ。だがソレを信じてしまう人達に、ソレが事実無根であると説得するのはどれ程の困難な事か、君には分かるかね?」
ああ・・・嫌と言うほど分かるさ・・・
「君が級友達と笑って話せる様になるまで、一体どれ程の時間が掛かったかね?
君ももう3年だ。既に君の人となりについて知る人間は多分に居るだろう。だがそれでも尚、君の学校に、君に恐怖を覚える者の居るのではないか?
君を直接知る事の出来る者達ですらその有様なのに、君に会う事も、会った事の有る者にすら出会う事が無い日本中の読者に、君はどうやって自分に対する理解を求めるのかね」
-
そんなもん・・・俺が聞きてえよ・・・・
「時間が解決するか?確かに、往々にして時間が解決するモノは少なくない。特にこの業界はね。だが、その時間とは何時だ?」
あの秘書にでも聞けばいいんじゃねぇか?分刻みで教えてくれるさ・・・
「見たまえ!この会場を。ココだけじゃない。アメリカで韓国で!埋め尽くす報道陣とフラッシュライトの中に亜美は立たねば為らない。それはもう一月後に迫ってる。
我々には、時間が無いのだよ。だが高須君、私は何も私達の事だけで君に話をしているのではない。これは君達の為でもあるのだよ」
-
「俺・・・達?」
俺の問いに親父さんはゆっくり頷いた
「恥ずかしながら我々の世界とは、君達が見る華やかな裏では陰惨な、醜いモノが蠢いている世界なのだよ。それは時に手段を選ばない。いや、それすらも常套手段なのだろうな。
失礼だが君の周りの事は全て知ってる」
!!
「あぁ、誤解しないでくれ。別に君の身辺調査をしていた訳じゃない。この・・・記事。コレを握りつぶす過程でね。この続きを練っているネタ下を潰した時にね」
続き?なんだよ、それ
「君の顔、だけじゃない。君と、君のお母さんの泰子さん。それに逢坂大河さんと彼女の家庭の事情」
「な!!」
- なんだよそれ!!
「考えられないかい?でも普通だよ、この業界ではね。
まったく週刊誌って奴は性質が悪い。アイツらは売れそうなネタなら何でもいいのさ。道徳心も良心も便所の紙切れ同然にしか思っちゃいない。
ま、ソレを利用しようって我々も、所詮は同じ穴のムジナだけどね。
非常に不愉快だろうね。察するよ。でも現実問題、君と君の大事な家族は、格好のネタになる。
可哀相な話は売れるのさ、そんな家庭に育った君の様な顔の青年が今をときめくアイドルに近づく。
今、こうして話してるだけでも僕の頭の中には4つも5つも醜悪な見出しが踊り狂ってるよ。
ほんと、どうしようもなく歪んでるよね、この業界はさ。でも、今、君達はその歪んだ業界の限りなく近くにいるんだよ」
泰子と大河が・・・・なんだよ、それ。
泰子は必死になって俺を育ててくれた。毎日毎日酒飲むんだってキツイし体にだってよくない。でも金がいいから。俺の為に。
大河だってやっと笑える様になったんだ。昔見たいに触れるもの全て薙ぎ倒す手乗りタイガーじゃなくて、普通にクラスメートと笑って話せる様になったんだ。
そんな・・・やっと・・・・やっとなのに・・・・
「・・・それは駄目だろう・・・・」
もう、俺は立ってられなかった。
膝をついた俺の肩に手を掛けた親父さんの声は、ひどく優しい声に聞こえる
「私は亜美を守ってあげる事が出来る。その為なら私は何を犠牲にしても構わないと思ってる。
でも高須君。私には君達まで守る程の力は無い。君の家族を守れるのは、君だけだ。君だけなんだよ、高須君」
俺だけが・・・・・守る・・・
「済まないね、私も少し話を急ぎすぎた。確かにおいそれと決める事じゃない。
そうだな、1週間程時間を上げよう。もちろん、私だってもっと良い策が有るか検討してみる。私だって、亜美と君の事を応援したいと思っているからね。
それじゃあ今日はこれで。ああ!表に停まってるタクシー、どれでもいいから乗って帰りたまえ。フロントには話を通しておく。じゃ、1週間後」
その後、俺は自分がどうやって家に帰ってきたのか覚えていない。
気が付いたら玄関に・・・靴がある。大河か
「・・・ただいま」
「おそ〜〜い!!何やってたの!竜児!!」
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「あん?ちょっとな」
「あ〜〜ん!竜ちゃん!やっちゃんお腹空いた〜〜」
-
「!あぁ!わりぃ!すぐ作っから、仕事には間に合わせるよ」
-
「竜児。今度の日曜日に皆でピクニック行こうって!北村君が!!お弁当作ってよね!私もプリン作るから!」
「お前。弁当にまでプリン入れてどうすんだよ。そうだな〜〜、お前でも作れるおかず、何か考えてやるからソレを作れ」
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「ホント?!すっごく美味しいヤツね!北村君に4つ星以上の味を味わってもらうんだから!」
「お前はどんな弁当を作る気だ」
俺の家族・・・俺の居場所・・・俺の・・・・守るべき者達・・・・
お前が抱えてた不安はコレか?亜美。
どうすれば取り除ける?俺はお前になにがしてやれる?
言ってくれれば・・・言える訳無いか。お前は優しい奴だもんな・・・・
何でだろうな、亜美・・・・今、俺はお前に逢いたい・・・逢いたいよ、亜美・・・・・
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