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ヘタレな二人を支えてあげて。
- 夕暮れ時。薄暗いオレンジ色に染められた道を二人並んで歩く。
大河のところへ。大河がいるであろう、あのマンションへ。
『ヘタレな二人を支えてあげて。』
川嶋の言葉を思い出す。朝、川嶋に誓った。二人を支える、って。
けど、今ならはっきり言える、それは間違いだ。 二人ともヘタレなんかじゃないから。 1学期開始早々、大河は北村に告白した。想いを伝えた。
結果はあれだったけど、それでも今も堂々と生きてる。 そして――
隣を歩く実乃梨の表情を見る。
夕日に照らされたその横顔に迷いはない。 その決意に満ちた表情は、普段の眩しさとは一味違う輝きを放っている、ように見える。
――実乃梨は俺に自分の汚いところをさらけ出してくれた。 そして、ちゃんと立ち直った。自分の道を力強く誓って。
二人とも、人として強いもんを持ってる。少なくとも、俺なんかよりずっと強い。 今はただ、糸が絡まってるだけなんだ。
だから、俺がそれを取り除く。それで、大丈夫なはずだ。 そんなことを考えながら歩き続ける。
実乃梨との会話はない。けれど、気まずいなんて思わない。
そのまま歩き続けて、大河の住むマンションが見えてくる。
「ん?どうした?」
ふいに足が止めた実乃梨に声を掛ける。
実乃梨は一瞬俯いた後、ニッコリ微笑んで、
「竜児くん。私はここまでだ。」
「……え?」
-
実乃梨の発言の意味を理解するのには少しの間が必要だった。
これは、離脱宣言…なのか?
「…ちょっと待ってくれ。何でお前が抜けるんだ?三人で話さなきゃ」
-
「いーや。大河が素直になるには、私はお邪魔虫なんだ。」
首を傾げる。実乃梨がジャマ?二人の仲直りはずなのに?
-
「わりぃけど、俺にも分かるように説明してくれないか。」
-
「や、それは流石に鈍……いや、竜児くんは私と大河の仲直りを思ってくれてるんだよね?
それはすっげーうれしい。けど、そうじゃない。そうじゃないんだ。その……」
-
どう伝えたらいいか分からない。そんな感じで実乃梨は黙り込む。
「――竜児、みのりん。」
その時。聞き慣れた声に自然とマンションの方に視線を向ける。
マンションの入り口。そこには……
「「大河!?」」
――大河が立っていた。
- 「二人を待ってたの。」
淡々とこちらに歩み寄る大河。その表情は……感情がないみたいに見える。
「話したいことがあるの。」
「う、うん。そ、それじゃあ、私は――うっ。」
-
さっきの宣言通り、実乃梨は立ち去ろうとする。
が、大河の眼差しがそれをさせない。
いつもとは違う威圧感、いや必死さが実乃梨の瞳を捉えて離さない。
-
「みのりんも聞いて。…お願い。」
「…分かった。けど、立ち話もなんだし、場所をかえよう。」
「私の部屋でいーよ。来て。」
-
どこかおぼつかない足どりでマンションのエントランスに入っていく。
いつもみたいな、何となく愛嬌のある危なっかしさじゃない。本当に危うい。
実乃梨と目を合わせて頷き合って、大河の背中を追う。
大河が何を思っているのか。その背中を眺めていても分からなかった。
そのまま、会話のないまま大河の部屋に入る。
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「…久しぶりだね、この部屋に入れてもらうのも。……見違えた。」
-
「え?久しぶりだったのか?」
「うん。まー、ね。」
「……」
俺たちの会話に、大河は後ろを向いたまま何も反応しない。
-
「これも竜児くんのお陰……なんだね。」
「……そういえば、竜児にはまだ言ってなかったね。おめでと。
みのりんのこと、大切にしなかったら承知しないから。」
-
「お、おう。ありがとな。」
-
唐突に会話に割り込んで、後ろを振り向いたまま祝福してくる。
違和感はあるが、ここは素直にお礼を言うことにする。
「…それで、話って何なんだ?」
「うん、それなんだけど。」
前を振り向いて、目一杯の笑顔を作って。
「私、このマンションから引っ越すことにしたから。」
- 「え……たい、が?」
-
数秒の沈黙の後、実乃梨の途切れ途切れの言葉がポツリと聞こえてきた。
「だから、みのりん。今のうちに謝らせて。昨日のこと、今日のこと、ごめん。」
-
「な、何言っちゃってんだよ、大河?引っ越す!?どこに行くってんだよ!?」
大河は実乃梨に肩を掴まれても平然としてる。
-
「ワケ分かんねぇぞ、大河…!何だって急に……!?」
あまりの異常に、こいつが本当に大河なのかすら分からなくなってくる。
「親父に連絡した。家族で暮らしたくなったの。それだけ。」
が、大河はそれでもなお平然と、淡々と言い放つ。
-
「…っ!あんなヤツのところ……!」
「みのりん、親父のことは悪く言わないで。」
-
「でもっ……!」
-
唇をかみ締めて、歯を食いしばって実乃梨は黙り込む。
親父、家族……
「……親父と、家族と暮らす?それは本当なのか?」
-
「ちょ…竜児く」
「本当。じゃ、そーいうことだから。やっちゃんにもよろしく伝えといて。
あと、竜児。あんたにも一応、お礼くらいは言っといてあげるわ。ありがと。」
-
大河は微笑む。貼り付けた笑顔で。
――父親と暮らせる。それは幸せなことなんじゃないか?
だったら俺たちがそれを邪魔する権利はないんじゃないか…?
だけど、だけど。大河のこの哀しそうな笑顔は何だ?
これが幸せなわけ……ねぇだろ。
「ちょっと大河!頼む、お願いだ!私の話を聞いてくれ!!」
「…それじゃ話は終わり。じゃあね。みのりん、それと竜児。二人とも幸せにね。」
-
それでも、大河は最後の別れを告げてくる。
叫ぶ実乃梨の言葉に耳も貸さないで。無理やり作った笑顔のままで。
もうダメだ。限界だ――
「大河。」
「なに?――っ!?」
- ぱぁんという音、思いっきり大河の頬を叩いた音がただっ広いリビングに響いた。
最低だって分かってる。けど……抑えられなかった。
「馬鹿野郎!何でウソなんかつくんだよ!?」
-
「……ゃ。」
「え?」
-
「何すんじゃ、このボケぇぇ!!」
大河の反撃、凄まじい勢いで繰り出されたビンタによろめく。
「うっさい、ウソなんかじゃないもん!私のことなんて何も知らないくせに文句言うな!」
頬の痛みを食いしばりながら大河を真っ直ぐ見据える。
その顔は真っ赤、そして肩と腕がワナワナと震えている。
「竜児くんっ、……大河っ!!」
「みのりんは黙ってて。この駄犬をしつけてやらなきゃダメなの。」
-
「ぇ、竜児くん!?」
大河をにらめつける実乃梨を手で制する。
-
…俺の話はまだ終わっちゃいねぇ。
「お前のことを何でも知ってるなんて思わねぇ!
けど、そんな顔してたら誰だってウソだって気付くに決まってんだろ!」
「っ、ウソだから何だっての!?あんたとみのりんの幸せに私はジャマなの!だから、消えるの!」
「お前がいなくなって、俺と実乃梨が喜ぶわけねぇだろ!いい加減なこと言ってんじゃねぇ!」
「うっさい!!うるさいうるさいうるさーい!!!!」
今までの怒声の倍以上のボリュームで大河が絶叫した。
-
「何であんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!
あんたはみのりんのことだけ考えてれば良いの!私のことなんか放っておけばいいの!」
声がエネルギーとなってビリビリと襲い掛かってくるような錯覚。でも、譲れない。
「放っとけねぇよ!!」
大河に負けないよう、精一杯叫ぶ。近所迷惑なんて気にしてる場合じゃない
- 。
「お前が大切なんだ、お前がいなくなるなんて嫌に決まってんだろ!!」
-
俺の叫びに、大河の大きくて綺麗な瞳が見開かれる。
それから、フッと笑って首を横に振る。
「……ダメなの。」
-
「何がダメだってんだ?」
-
「やっぱり何も分かってない。この駄犬は。」
呆れ顔で大河は笑う。
その目はさっきまでの思いつめたそれじゃない。
でも、潤んでいるような、どこか悲しげな目。
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「分からねぇから、分かるように教えてくれ!」
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「…分かったわよ。本当のこと言えば良いんでしょ。」
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参った、諦めたと言わんばかりに、両手を上げて。そして。
「私……あんたのことが好きなの。」
「……っ!!」
続く
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