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太陽の煌き
燦々と照らす太陽の陽光がなりを潜めて、辺りは夕焼けによる茜色に染め上げられている。
長いようで短い6時間の授業も終わり、今は各々の部活に精を出している。
グランドからはバットにボールが当たる小気味いい音が聞こえ、体育館からはバスケットボールをドリブルする音や、キュッキュッという
シューズの摩擦音、バレーのスパイク音などが響いている。遠くからは楽器を演奏する吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。
そんな中、高須竜児は教室を見渡していた。
別にこの教室に爆弾を仕掛けて生徒を血祭りに上げてやろう、と思って見ているわけではない。達成感に浸っているのだ。
何故竜児がこの様にしているかというと、理由は少し前まで遡る。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、今日はここまで。クラス委員さん」
「起立、礼」
クラス委員の号令に合わせて、クラスの皆が一斉に頭を下げる。そして、すぐにガヤガヤと騒がしくなる。
「この後どこ行く?」「あたし今月財布ピンチなんだ〜」「おい、早くしろ!部活に遅れるぞ!」「ヤベッ!遅れたら顧問に何て言われるか……!」
皆それぞれ、思い思いの会話をしながら、教室を後にしている。竜児も例外ではない。
いつも一緒に帰っている半同居人は、用事がある、と先に帰っていった。よって今日は久しぶりに一人だ。
帰ったら何をしよう、と頭で考えながら、教科書などを鞄に入れていく。そして入れ終わった鞄を持って帰ろうと、教室を出ようとする。
その時、偶然にも教室の隅に溜まっているゴミを見つけてしまった。そしてその瞬間、足を止めてしまった。
- (俺は何も見ていない、俺は何も見ていない……)
-
見て見ぬふりをしようとした竜児。止めていた足を再び動かし、そのまま教室から出て行ってしまう。
しかし、ほんの少しして、竜児は再び教室に現れた。両手に掃除道具を持って。いや、両手に装備して、と言ったほうが正しいか。何せ今の竜児の顔は獲物を見つけたハンターの目だ。
知らない人が見たら犯罪をする直前の凶悪犯に見えただろう。
「高須、掃除道具なんて持って何しているんだ?掃除はさっきした筈だが……」
竜児に話しかけてきたのは、2−Cのクラス委員長にして、大橋高校の現生徒会副会長の北村祐作だ。
成績も良くて運動神経も抜群、おまけに顔も良い。だから男子からも女子からも人気も高い。だが、たまに裸になるのがたまにキズだ。
「ゴミが俺を呼んでいるんだ……」
「……そ、そうか、何だか分からんが、とにかく頑張れよ」
竜児の意味不明発言に、流石の北村も対応に困ったのか、そそくさと教室から出て行ってしまう。生徒会室に向かったのだろう。
そして、教室には竜児一人になった。
これから竜児の掃除、いや、戦いが始まろうとしていた。
いざ掃除を始めると、他の場所のゴミや汚れも気になってしまい、最終的に教室全体を隈なく掃除してしまったのだった。
竜児が教室を眺めてたのは、こういうことが理由だった。
「よし、これだけやれば充分だ」
額に流れている汗を拭いながら、満足げな声を漏らす。
教室はピカピカだった。今まで掃除を雑にやってきて汚れっぱなしだった教室の面影は微塵も無かった。
埃やゴミは一欠けらも落ちておらず、床にこびり付いていた黒い汚れも綺麗さっぱり無くなっている。黒板もチョークの粉が一粒も付いておらず、黒板消しも白い汚れが全く付いていない。
これだけの掃除を一人でやったのだ。竜児の達成感や満足感も相当なものだろう。
そして何気なく今の時間を確かめようと時計を見る。
- 「げっ、もうこんな時間か。早く帰らねえと泰子が仕事に遅れる」
そう言いながら、帰り支度をする。
鞄を肩に担いで、小走り気味に昇降口に向かう。靴に履き替え、茜色に染まった世界に踏み出す。
「えーっと、今日は確か魚が残ってたから……」
晩御飯のことを考えながら歩いていた竜児の耳に、「カキーンッ」という音が聞こえた。 音のした方に向いた竜児の目に、ある一人の少女が写った。
夕日に輝くグランドの中でも、竜児の目にはその輝き以上の眩しさが写る。
常にある太陽のような笑顔はなりを潜め、今まで見たことも無いような真剣な顔つきだ。
バッターボックスに立っている姿は、普段とは全くの別人だ。女子高生としてではなく、一人の選手として、その少女は練習に臨んでいる のだ。
その少女こそ、高須竜児の想い人である、櫛枝実乃梨だ。
◇ ◇ ◇
現在竜児は一枚の白紙と睨めっこしている。別に眼力だけでこの紙を燃やそうなどとしているわけではない。考えているのだ。
少し逡巡してから、ペンを持って白紙に文字を書く。書いた文字は『コスプレ喫茶』。書き終わった紙を、書いた面を中にするように折り
、回って来た生徒、春田が持っているビニール袋に入れる。
他の生徒も竜児と同じく紙に書いてビニール袋に入れている。
-
- ロングホームルームの時間を使ってしているのは、文化祭でのクラスの出し物の話し合いだ。議長は春田と亜美。春田は亜美と一緒に議長をやることが出来て顔がさっきから緩みっぱなし。いつものアホ面が今では三倍増しのアホさだ。
そんなアホ面の春田は、見た目通り頭のほうもアホだ。頭のネジが何本か抜けているんじゃないかと思うほど、アホだ。
そんなアホな春田は、どうしても文化祭でやりたいことがあった。それは、コスプレ喫茶。
いつも制服姿かジャージ姿しか見たことが無いクラスの女子の『非日常的かわいい姿』が見たいというのだ。
そのことをクラスの男子に言ったところ、男子は食いついてきた。そこで、春田が自分の作戦を皆に話した。その作戦というのは、クラスの過半数に男子は達しているから、単純に多数決にすれば良いと。
男子によってその案は実行されたが、そんなの女子が許すわけではなく、今こうして決戦投票として出し物を決めようとしている。
そんなことしても男子の数のほうが女子の数より勝っているのだから、結局同じなんだよ、とクラスの男子はほくそ笑んでいる。
しかし、そんな男子の余裕は、生粋のアホの春田によって見事に打ち砕かれる。
「おっしゃ、皆書いたな!?ちゃんと書いたな!?じゃあ行くぞー!くーじ引き!一発勝負だ!コスプレ喫茶になっても誰も文句言うなよ!?」
「はーい!」
春田の発言に、返事をしたのは女子だけだった。男子の皆は、今の春田の言葉に一瞬思考が止まった。故に、だれも何も言えなかった。
「ちょ、待て……!」
いち早く動いた能登が春田を止めようとしたが、時既に遅し。春田はビニール袋から一枚の紙を取り出し高々と頭上に上げていた。
あまつさえ、「イェーイ!」とはしゃいでいる。春田の頭の中では既に出し物がコスプレ喫茶に決定しているのだろう。 男子は全員うな垂れていた。
「よーし、では発表!我が2−Cの出し物は〜……んん??」
紙に書いてある物を読み上げようとした春田が、首をかしげた。
「どうした春田、まさか書いてある字が読めないなんて言わないだろうな?」
- 竜児がそう春田に言った。竜児の言葉に、クラス全員が頷いた。皆思っていることは一緒なのだった。
「んーとね、読めないっていうか、なんていうか……」
「何だよ、歯切れが悪い。貸してみろ。」
そう竜児に言われて、春田は首をかしげたまま紙を渡した。
その紙を見た竜児は、目を細めた。そんな竜児を見た大人しい女子の一人が、「ひっ!?」と短く悲鳴を上げた。
「誰だ、こんな紙を提出したのは……?」
竜児が紙を皆に見せるようにヒラヒラさせた。 その竜児の手に持っている紙には、
「白紙……?」
北村が呟いたように、何も書かれていない白紙の状態だった。
「あ、私のだ。」
そこに、間の抜けた声が響いた。
クラスの視線が一斉にその声の主に集まる。その主の正体は、逢坂大河。その容姿はまるで人形を思わせる、小さくて可愛らしい。何もしないで真剣な顔をしていたら、大橋高校でも1、2の可愛さだ。
しかし、外見とは裏腹に、性格は極めて怒りやすく、男子にも構わず拳を上げる。そんな小さくて可憐な容姿なのに凶暴な性格から、周りからは『手乗りタイガー』と呼ばれている。
そして、竜児に生活の大半を依存している。朝昼晩の食事から、朝の起床まで竜児に任せている、生活力ゼロの女子だ。
- 「お前な、何で白紙の状態で出してるんだよ……」
「面倒くさかったからしょうがないじゃない」
私が当たるなんて思わなかったし、と大河は全く悪びれる様子が無い。今も文化祭には興味が無いように、髪の毛を指でいじっている。
「でも、決定権はお前にあるんだから、何かに決めないと。」
「んー、そうねぇ……」
髪の毛を指に絡めながら、面倒くさそうに考える。
「あ、さっき何か喫茶店がどうとか言ってたけど……」
ハッと、気付いたように大河は言った。
「うんうん、言ってたよ〜。」
春田が返事をする。
「じゃあ、それで。」
「…………」
一瞬の静寂の後、教室には男子の歓喜の声と女子の悲鳴が響き渡った。
「ヨッシャー、メイド喫茶だー!」「タイガー分かってるなー!」「なんで、何でなのタイガー!?」「どうして男子の味方するのー!?」
今や教室の中はカオスの楽園。誰が何を言っているのか全然分からない状態だった。
バンッ!!
そんな大声の中、教室に机を叩く大きな音が響き渡った。その音を出したのは、大河だった。
再び、クラスの視線が大河に集まった。
- 「ただし……」
教室に、大河の声が響く。
「男子共が騒いでる、メイド喫茶、そんな馬鹿げた事はやらないわ。
ウチのクラスは、純粋に喫茶店。味で勝負するの。」
胸を張りながら、言い切った。 そんな大河の発言に、男子が抗議の声を上げた。
「何だよそれ!?」「そんなもの面白くも何とも無いじゃん!!」「そんなんじゃ客集められないよ!」
「ああ?」
大河の一睨みで、勢いづいていた男子が全員黙り込んだ。
「決定権は私にあるの。あんたたちが何を言おうと、私は考えを変えない。それに、私にも考えぐらいあるわ。」
そう言って、大河はある女子に視線を向けた。そして、ニッコリ、と優しい笑みを浮かべた。
「みのりんがいれば、パフェとかのデザート系は全部任せられるよね?」
「おう、任しときなって大河!バイトで散々こき使われた経験を全部出し切ってやるぜ!」
眩しい笑顔で、親指を立てた拳を突き出しながらそう言ったのは、櫛枝実乃梨。大河の親友の、天真爛漫で元気がある女子だ。
そんな実乃梨に、満足そうに笑う大河。
「それに、」
今度は、竜児に視線を向ける。
「他の軽食とかのメニューは、竜児がいれば大丈夫。皆も、竜児の料理の腕前、知ってるわよね?」
クラスの皆に同意を求めるように、大河は言った。
-
- 「確かに高須の料理の腕前は凄い。男子高校生とは思えない程の腕前だからな。」
北村が、うんうんと頷きながら言う。
その他のクラスの皆も、うんうんと首を縦に振る。
竜児の料理の腕前は、家庭科の調理実習でクラスに知れ渡った。驚くほどの手際の良さ、料理の味。どれをとっても一級品だった。
「だから、ウチのクラスの出し物は、レストランに決定!ウェイトレスもコスプレなんてしない。良いわね、男子共?」
男子の皆も、渋々だったがOKした。女子は勿論文句は無い。メイドのコスプレをしないのなら何でも良いのだ。
「だったらさぁ、店の名前は何にする?」
春田が珍しく、本当に珍しく議長らしいことを言った。
「それももう考えてあるわ。」
大河が不適な笑みを浮かべながら言った。
「レストランの名前、それは……」
ここで一旦言葉を切る。皆がこちらを注目していることを確認する。
「『ドラゴン食堂』よ!」
エッヘン、とばかりに胸を張りながら言い放つ大河。大河の中ではこのネーミングは自信があったのだろう。得意げな顔をしている。
「……『レストラン』なのに『食堂』なのかよ」
- クラス全員、いや、春田以外のクラス全員が思ったことを、竜児が代弁する。
竜児に指摘を受けた大河は、頬を赤くしながら、
「う、うるさい!そんなのどうでも良いでしょ!?文句あるの!?」
照れ隠しに、大声でそう言った。
「まあ、名前なんてどうでもいいか。」
竜児はため息をつきながらそう言う。
「じゃあ、クラスの出し物は『ドラゴン食堂』で決まり〜!文句は無いよな?あと、高っちゃんと櫛枝に大半を任せちゃうけど、良い?」
春田が、纏めにかかる。誰も文句も反対もしなかった。竜児と実乃梨も「おう」、「任せときなって!」と応じた。
こうして、2−Cの出し物はレストラン、『ドラゴン食堂』になった。
料理は主に竜児、デザートは主に実乃梨が担当することに。料理を出したり会計したりするのは主に女子担当。裏方は主に男子が担当することに。
余談だが、クラスから一人、ミスコン出場者を出さないといけなかった。最初は亜美が出るようにクラスからは言われたが、亜美はミスコ
ンの司会をすることになっていたので、大河が出場することになった。
こうして、2−Cは文化祭に向けて動き出した。
様々な運命が交錯し、絡み合う、激動の文化祭に向かって。
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