竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

太陽の煌きU

「ねえ高須くん、こんなもんかな?」

「お、おう、そんなもんだな……」

太陽の光が眩しい、とある日曜日の午後。
竜児の家であるアパートの台所、そこには何故かエプロンをした竜児と実乃梨が並びながら何か作業をしていた。
実乃梨の手元を見てみると、完成されたケーキが置かれていた。

「ごめんな、高須くん。オイラ、パフェの盛り付けは数え切れないくらいやったけど、ケーキは作ったこと無いんだよね。働いてるファミレスは業者から買ってたから、皿に載せるだけだったんだよ」

「そ、そうか」

竜児は隣に実乃梨がいるせいか、笑顔が強張っている。
そんな竜児に比べて実乃梨は、今日も太陽のような輝く笑顔だ。

「え〜、では、今から2−Cの文化祭の出し物である『ドラゴン食堂』の、細かい事まで決める会議を始めたいと思いま〜す!」

竜児が声のした方に振り返ると、居間に2−Cの主要メンバーがいた。
大河に亜美に北村は勿論のこと、能登に春田に木原に香椎までいる。テーブルの上にはジュースに竜児特製のフライドポテト。まずは竜児
の腕前を見せるわ、と張り切って大河が竜児に作らせたものだ。

「何でよりにもよってウチなんだよ……」

肩を落としながら言う竜児。
何故こんなことになったかというと、時間は遡る。





 ◇ ◇ ◇





「会議が必要だよな〜」

とある昼休み、竜児、北村、能登、春田の男子四人で昼食をとっていたときに、突然脈絡も無しに春田が言い出した。

「……はぁ?」

当然、何の会議なのか三人は見当もつかないし、そもそも何故春田がそんなことを言い出したのか分からなかった。
三人が訳が分からず呆然としていると、春田が言い出した。

「文化祭のことを色々と決めないといけないよね。メニューとか、値段とか」

春田が言いたかったのは、文化祭でやる『ドラゴン食堂』の諸々の話し合いだった。
そこで初めて、三人は「あぁ」、と納得することが出来た。

「でもさ、そんなの文化祭の準備って事で、後々決めることが出来るだろ?授業の時間とか放課後を使ってさ。だろ、大先生?」

「その通りだ。文化祭が近づけば午後の授業は全て文化祭の準備の時間に割り当てられるからな。時間が足りなくなるようなことは無いと
思うから、そんなに焦る事は無いと思うぞ?」

「でもな〜……」

能登と北村、二人から言われても、まだ渋る春田。

「何でそんなに早くやりたいんだ?」

「んとね、学校じゃお菓子とか食いながら出来ないじゃん?どうせなら楽しくやりだいからさ、誰かの家で出来ないかな〜って。」

「……」

春田の言い分に問いただした竜児、それに能登がジト目で春田を見る。
どんな理由かと思えば、そんな子供じみた理由か。そんな風に思っているのだろう。
しかし、北村はそうじゃない。顎に手を当てて、「そうか……」などと言っている。

「どうせなら女子も含めてさ〜。亜美ちゃんとか亜美ちゃんとか……」

「結局それが本音だろ……」

竜児が呆れてそう春田に言ったが、春田にはもう聞こえていなかった。自身の妄想ワールドに旅立っていた。アホな顔を更にアホにして、 気持ち悪い笑みを浮かべている。

「亜美ちゃん、大胆だね……ううん、そんな亜美ちゃんでも俺は全然イケるよ……」

聞こえてくる独り言は聞かなかったことにする竜児と能登。アブナイ独り言を言っている春田を意識しないようにして、ぞれぞれ竜児は自 前のお茶を、能登は購買で買ったジュースをズズズと飲む。

「おい皆、決まったぞ!会議の日時は今週の日曜、メンバーは俺たち男子四人に逢坂、櫛枝、亜美、木原、香椎の九人だ!」

春田に気を取られていた二人の耳に、北村の明るい声が聞こえた。

「はあ……?」

訳が分からず、間抜けな声を出す竜児に能登。
春田は未だ妄想ワールドから帰ってこない。

「そして肝心の場所は、高須の家に決定した!」

「はぁ!?」

北村の言い分に、流石の竜児も声を荒げて驚いてしまった。同時に勢いで椅子から立ち上がってしまった。
そして一気に教室が静かになり、クラスメイトの視線が竜児に集まってくる。しかし、今の竜児にそんなことを気にしている余裕は無かった。
無理も無い。本人の了承も無しに、いきなり家で会議をやることを決定されたんだ。高須じゃなくても、人間なら誰でも怒る、ないしは驚 くだろう。

「ちょっと待て、何で俺の家なんだよ!?」

「何でって、逢坂が高須の家にするって……」

竜児の叫びに、北村は大河の方を向きながら答えた。
竜児も大河の方を見たが、そこには気味の悪い笑顔を浮かべながら、「うへへ、北村君と過ごせる、北村君と……」と、呪文のように唱えている大河の姿が見えた。
そんな大河を見て、竜児はため息をつくしかなかった。もはや諦めの境地に達していると言ってもいい。

「しょうがねえ、ウチで良いよ」

「そうか!いやー、やはり高須は頼りになるな!流石は俺の親友だ!」

そう言いながら北村は、女子の方にOKの報告をしに行った。

「良いのか、高須?」

「構わねえよ。その代わり、ウチはボロアパートだから、そこら辺は勘弁してくれよ」

「分かった、把握しとくよ。」

「おう」

そんな感じに話している竜児と能登。
そんな中、春田はというと……

「亜美ちゃ〜ん、ナース姿もめちゃくちゃ似合うよ〜……」

涎を垂らしながら自身の世界に完全に旅立っていた。もう回りは見えていないどころか、音さえも聞こえていないだろう。
アホだった春田の顔は、今や見ることも出来ないほどに気味の悪いものになっていた。

「はあぁぁぁ……」

そんな春田を見て、竜児と能登は一緒のタイミングで物凄く長いため息をついた。







 ◇ ◇ ◇





そんなこんなで、日曜日になって、高須家に2−C主要メンバーが集まった。
そして、竜児と実乃梨は主に料理方面の確認などを行い、他のメンバーはメニューの値段などを決めることになった。

「うまっ、何なんだよこのフライドポテト!ファミレスとかのより数段美味いぞ!」

フライドポテトを食べた能登が、余りの美味しさに驚きの声を上げる。竜児の料理の腕前は知っていたが、予想の斜め上を行く美味しさだった。

「え、ホント?じゃあ俺も……うおお、デリーシャーッツ!」

「春田、それを言うなら『デリシャス』だ」

春田のアホっぷりに冷静なツッコミを入れつつ、北村もフライドポテトに手を伸ばす。
長い半月形に切られ、油で揚げられたフライドポテト。適度に塩がふられたフライドポテトの傍らには相性抜群のケチャップが添えられている。北村はまずはケチャップを付けずに、フライドポテト自体の味を楽しもうとする。

「っ!確かに、本当に美味いな。とても男子学生が作ったものとは思えない。」

口に入れた瞬間に漂ってくる香ばしい香り。外はサクッと、中はホクホク。塩加減も多すぎず少なすぎず、絶妙な量だった。
竜児が作ったフライドポテトは、まさにフライドポテトの理想形であった。

「うわ、本当だ!このフライドポテト超美味しい!」

「こんな美味しいの食べたこと無いよ!」

「ウフフ、高須君って、本当に料理が上手なのね」

2−Cの美少女トリオも、竜児特性フライドポテトを絶賛した。
集まっている7人全員が「美味しい」と言ったのだ。これは絶対に食べる人全員が「美味しい」と思うだろう、と皆は思った。

「これは人が集まりそうだな」

北村が嬉しそうに言った。
そんな北村に、他のメンバーも同意の意思表示として、力強く頷いた。

「いやーいやー、ケーキって意外と作るの難しいね。高須君のフォロー無しじゃ、あたしでも無理だわ」

実乃梨が、竜児によるケーキ作り指南を受け終え、皆がいる居間に戻ってきた。
そして、ピタリと固まった。ある一点を凝視して、信じられないといった顔つきになっている。

「どうしたの、みのりん?」

そんな実乃梨を不審に思ったのか、大河が尋ねた。
そして実乃梨は、大河の問いかけにある一点をビシッ、っと指差しながら叫んだ。

「どうしてフライドポテトが無くなってるのさ〜!?」

そう、そのある一点というのは、空になったフライドポテトの皿。
実乃梨が来る前に、7人はあまりの美味しさにフライドポテトに伸びる腕を止めることが出来なかったのだ。

「す、すまん櫛枝、つい……」

「悪かったよ……」

北村が後ろ頭を掻きながら、能登が苦笑いを浮かべながら謝った。
他の皆も、実乃梨の落ち込みように流石に悪いと思ったのか、頭を下げながら「ごめん……」と言っている。

「うう、フライドポテトが無くて力が出ない……」

ひざ立ち状態で両手を床につきながら、実乃梨はそんなことを言った。どこぞの顔がパンで出来ている愛と勇気だけが友達の国民的アニメ のヒーローみたいな言い分だな。顔が濡れても力が出なくなるのだろうか?

「ほ、ほら櫛枝、今からまた作るから、元気出せ?」

後ろから竜児が実乃梨にそう言った。
そして実乃梨は振り返り、慰めてくれる母親を見る子供のような目で竜児を見上げた。

「うう、本当……?」

「っ!?」

反則だった。今のはレッドカード何十枚分の重みがある。それくらい反則だった。
潤んだ目での上目遣い。このダブルパンチにノックアウトされない男子はいないだろう。竜児も例に漏れず、完璧なノックアウト。ハートには実乃梨が放った矢が突き刺さっている。顔がみるみる内に赤くなるのが分かった。心臓が早鐘のように脈打つ。

「お、おうっ、任せろ、きゅ、きゅしえだ……」

緊張のせいか、かなりどもりながら、あまつさえ実乃梨の名前を噛みながら言った。
苦し紛れの照れ隠し、竜児は前髪を手でいじる。必死に赤くなった顔を隠そうとしている。

「どうした高須、顔が赤いぞ?」

「っ!?」

そんな高須の努力も水の泡、北村の発言により、全員に竜児の状態がバレてしまった。
そんな中、不気味に笑顔を浮かべている人がいた。それは、猫を被っている腹黒な亜美だ。その顔に嗜虐の笑みを浮かべて、目を細めて竜児を見る。

「あら〜、高須くん、何で顔が赤くなってるのかなぁ〜?もしかして、あまりにも実乃梨ちゃんが可愛くて照れてるのかな〜?」

亜美の発言に、竜児はギョッとなって亜美を睨み付ける。別に赤と緑の螺旋の凄くきれいな色の力で亜美をねじ切ってやろうとしている訳ではない。驚愕しているのだ。聞く人が聞けば、竜児は実乃梨のことが好きだ、と言っているようなものだ。
実際問題、勘の鋭い香椎は竜児の想いに気づきかけた。

「こらばかちー!適当なこと言ってんじゃないわよ!竜児はただ、またフライドポテトが作れることに喜びを感じて赤くなってるだけなの
よ!」

だが、大河の一言でその勘は消え去った。それほどまでに大河の言い訳は適格だった。日ごろの、掃除などの時の竜児を見ていれば、自然と頷けてしまう内容だった。竜児が家事に注ぐ情熱は並々ならない量だ。

「ふ〜ん、まぁ、そういうことにしといてあげるわ」

亜美はニヤニヤ笑いながらそう言って、ジュースに口をつける。
竜児は「はぁ……」と安堵のため息をつく。そして、大河にアイコンタクトを送る。『ありがとう』と。そして大河も竜児にアイコンタクトを返した。『感謝してるなら今夜のご飯を肉にしなさい』と言っているように竜児には見えた。しょうがねえな、と苦笑いを浮かべながら再びため息をついた。

「じゃ、じゃあ、フライドポテト作ってくるから、少し待っててくれ、櫛枝。」

「うん、分かったよ高須くん。なるべく早くね、ばい菌の男の子とドキドキする女の子にやられちゃうから」

「お、おう……」

実乃梨の言葉に、何とも言えない感情を抱きつつ、フライドポテトを作るために再び台所に戻っていった。






 ◇ ◇ ◇







「えー、では、今からメニューとか値段とかを決めるわけだが……」

と、北村が今日の本題を切り出した。脇道に逸れまくっていたのは、春田が何もしなかったせいだろう。今も笑顔で北村に全てを丸投げしていた。春田の無能っぷりに、ここにいた全員がため息をつき、やっぱり春田はアホで無能なんだということを再認識した。

「ぶっちゃけ、これは高須と櫛枝に決めてもらうしかないわけだが、具体的には決まっているのか?」

実乃梨の方を見ながら、北村は尋ねた。
実乃梨は手をあごに当てて、考える仕草をする。

「あたしは、パフェとかケーキとかのデザート系。パフェはバイトで慣れてるから速攻で作れるけど、ケーキは無理」

実乃梨は顔を歪めながら言った。ケーキが作れない自分が不甲斐ないのだろう。人生全部全力投球な実乃梨にとっては、些細なことでも自分が許せないのだろう。

「じゃあ、ケーキは無理か……」

「ううん、大丈夫だよ。前もって下拵えをして、後はデコレーションだけするなら、あたしでも出来る。だから、あたしに任せて」

「そっか、なら大丈夫だな」

実乃梨の頼もしい発言に、つられて笑顔になる北村。そして次に、北村の視線は、台所でフライドポテトを作っている竜児に向けられた。

「高須、高須はどんなメニューを考えているんだ?」

「えっとだな、今作ってるフライドポテトに焼きそば、パスタ数種類にサンドイッチを考えてるんだが、どうだ?パスタは事前にソースと
かを作っておけばすぐに出せる。」

北村の質問に、目線は今作っているフライドポテトに注ぎながら、竜児は北村だけではなく皆に問いかけた。

「それだけあれば充分じゃねえの?文化祭なんだから、そんなに張り切ったメニューじゃなくてもいいし」

と能登が同意した。
能登に続くように、他のメンバーも全員が同意した。その様子を見て、北村は満足げに頷いた。

「よし、次は値段の話になるが……」






それから少しして、竜児特製フライドポテトが出来上がった。
油を充分に切ったフライドポテトを皿に盛り、皆の前に持っていく。

「出来たぞ櫛枝。新しいフライドポテトだ」

「よっしゃ!待ちに待ったよジャムおじさん!」

誰がジャムおじさんだよ、と心の中でツッコミつつ、皿をテーブルに置いて、竜児も会議の輪の中に入る。
早速実乃梨がフライドポテトに手を伸ばす。ケッチャップを付けて、一息に口の中に入れる。

「あ、ばかっ、まだ出来立て……!」

「っ!?あふ、あふ……!?」

竜児の忠告も遅かったのか、実乃梨は口を手で隠しながら必死に冷まそうとしている。
それも効果が余り無いのか、熱さに悶え続けている。

「ホラ、飲み物!」

竜児に差し出されたジュースを目にも留まらぬ速さで受け取り、全部を口の中に流し込む。
最後に、「ぷはっ」と言ってコップから口を離した。

「あ、熱さで味が分からなかった……」

がっかりしているのか、声がいつに無く小さい。

「ほ、ほら、まだまだあるから、慌てるなって」

「うん、そうだね、もうあんな熱いのは味わいたくないし……」

はあ、とため息をつく。
そして再びフライドポテトに手を伸ばす。今度はさっきの失敗を犯さないように、半分に割って充分に冷ましてから口に入れる。

「うわ、おいしい!ウチのファミレスのより全然おいしいよ!」

そう、笑顔で竜児に告げる実乃梨。

「お、おう」

竜児はそっぽを向きながら返事をした。友達に自分の料理を褒めてもらうのは勿論嬉しいが、実乃梨に褒めてもらうのでは嬉しさの度合い が違った。背中が痒くなるような、ムズムズとした感覚が身体を走る。ニヤニヤしないようにするのがこんなに難しいことだとは竜児は思わなかった。

そしてそれからは、皆で再び竜児のフライドポテトに舌鼓を打った。
竜児の視線は常に実乃梨に向けられていた。終始笑顔で食べていた実乃梨を見ていて、竜児の胸は幸福に満たされた。自分は本当に実乃梨 のことが大好きなんだな、と再確認した。
「よし、元気百倍みのりんマン!」

フライドポテトを食べ終わった実乃梨が、そんなことを言った。実乃梨の後ろから輝く光が出ているのは気のせいだと、竜児は思おうとした。
そして食べ終わったところで、再び会議が再開された。


 ◇ ◇ ◇

それからしばらくして、今日の会議は終了した。
今日決まったのは、主にメニューとその値段。それに、ウェイトレスとして接客する女子に、制服の上からエプロンを掛けるということが 決まった。エプロンを提案したのは竜児だ。理由としては、制服に汚れがつくかもしれない、そう思うと料理に集中できないから、だそうだが、真意は分からない。知っているのは神様と竜児本人だけだ。

「よし、じゃあ今日はこの辺で終わりだな」

そう北村が言った。それを合図に、皆各自で帰り支度をし始める。
竜児は帰り支度をする必要が無いので、空になった二皿を洗おうと、皿に手を伸ばす。
そして皿に手を掛けた瞬間。

その竜児の手の上から、実乃梨の手が重ねられた。

「っ!?」

「あ……!?」

重ねられた瞬間、反射的に手を引っ込めてしまう二人。そして、そのまま赤くなり俯いてしまう。

「ご、ごめん高須くん……せっかく作ってもらったんだから、洗い物位はやろうかと思って……」

「お、おう……」

暴れている心臓をどうにかしようとするが、どうにもならずにホトホト困り果てる竜児。

「じゃ、じゃあ俺はコレ洗ってくるから……」

最終手段として、皿を持って台所に向かう。自分の緊張を誰にも悟られまいと、逃げるように台所に来た。
そして皿を洗い始める。まずは軽く水で濡らして、必要最低限の洗剤をスポンジにかけて、ゴシゴシと皿を洗う。

「じゃあ高須、俺たちは帰るけど、手伝わなくていいか?」

皿を洗っている竜児の背後から、北村が声を掛けてきた。

「お、おう、いいぞ。後は俺だけでも充分だから」

「そうか、ならお言葉に甘えて俺たちは帰るとするか」

「そうだな。じゃあな高須、また明日」

北村の言葉に、他のメンバーも帰りの挨拶をする。

「じゃあね高っちゃん。グッベイ」

「春田、それを言うなら『グッバイ』だぞ」

本日何度目かの北村の冷静なツッコミが春田に炸裂する。だが、春田はそんな事など気にしてないかのように、ニコニコと笑顔だった。
そして、男子三人は高須の玄関のドアを開けて帰っていった。

「じゃあね高須くん、また明日」

「高須くん、フライドポテト美味しかったよ、ありがとう」

「お邪魔しました、高須くん」

亜美、木原、香椎もそう言って高須家から出て行く。

「じゃあね竜児。さっきの約束、忘れないでよ」

大河がそう言いながら、ドアから出て行く。大河が言った約束とは、今晩のおかずをお肉にしろ、という先ほどのアイコンタクトのことだろうと竜児は思った。

そして、最後に。

「じゃ、じゃあな高須くん。また明日」

そう言いながら、実乃梨も帰ろうとする。
だが、

「く、櫛枝……!」

竜児が実乃梨を呼び止めた。
竜児の方に振り向く実乃梨。

「な、なにかな?」

「そ、その、だな……」

呼び止めておきながら、竜児は言い淀む。顔を真っ赤にしながら、口を開けたり閉じたりしている。

「や、やっぱりいいや。何でもねえ」

「……?変な高須くん。じゃあね」

「お、おう。また明日」

「うん、また明日」

そう言って、今度こそ実乃梨は竜児の家から出て行った。

外の階段を実乃梨が降りるカンカンという音が無くなり、しばらく経った後に竜児は盛大なため息をついた。

「はぁぁぁぁ……死にてえ……」

洗い物を一旦止め、台所の洗い台に手をつき、目を閉じながら、そんなことを言った。
自己嫌悪なんてレベルじゃない。自分自身の不甲斐なさに怒りを通り越して呆れてくる。たった一言を言えないなんて、自分はなんて臆病 なんだろうと。そんなことじゃ、告白なんて夢のまた夢、もしかしたら本当に夢で終わってしまうかもしれない。

「……」

閉じていた目を力強く開ける。
夢で終わらせない。そう硬く決意する。絶対に、夢では終わらせない。想い続けてきた日々を、無駄にはしない。

「絶対に、言うぞ……」

そう言いながら、洗い物を再開する。

高須竜児が櫛枝実乃梨に言いたいこと。
それは、文化祭で一緒に回って欲しいということ。文化祭でのデートの申し込みだ。






 ◇ ◇ ◇





実乃梨は自分の家に帰ってきた。
皆と別れて、少し足早になりながら、家に向かった。
そして家に着くなり、真っ先に自分の部屋に向かった。自分の部屋に入り、そのままベッドにダイブする。

「はぁ……」

枕を抱きしめて顔に当てながら、ため息をつく。
疲れた。率直にそう思った。しかしその疲労は、肉体的な疲労ではなく、精神的な疲労だった。

「高須くん……」

実乃梨は自分の心境に戸惑っていた。

「高須くんと話してると、ドキドキする……」

他の男子と話していても感じない、胸の高鳴りを竜児との会話から感じていた。だがそれは、ただ苦しいだけではない。全身に甘く広がる緊張みたいだった。顔が赤くなっていなかったか、今になって心配になってきた実乃梨。だが実乃梨は、この胸の高鳴りが何から来るものなのか理解できなかった。今までの人生で、感じたことの無い感情だった。凄く心地がいい筈なのに、酷く胸が苦しくなる。胸の辺りをギュッと握る実乃梨。

「何なんだろう……」

クラスメイトの高須竜児。ヤンキー顔で怖がられているが、実際は優しい男子。自身の親友の大河の友達、と大河は言っている。家事が得意で、特に掃除には妥協しない。今まで誰にも話さなかった、実乃梨の内面の話をした。それだけだ。それだけなのに……

「この感情は何なの、高須くん……」

もっと竜児と話したい。もっと竜児と一緒にいたい。もっと竜児と触れていたい。そう実乃梨は思った。

「……っ!?」

先ほど竜児と手と手が重なったときのことを思い出した実乃梨。そのことを思い出し、再び顔を赤くする。心臓が跳ね上がる。

実乃梨は知らなかった。今まで一度も経験したことが無かったから。
それらの感情は、『恋』という感情からくるものだと。

知らない間に、種は蒔かれていた。そしてそれは、実乃梨が知らない内に芽吹いていた。あとは、二人がきれいな花を咲かせるのみ。

実乃梨は知ることになる。
好きな人といれる嬉しさや幸せを。

文化祭。

それが、全ての運命のスタート地点だった。