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あまドラ
- 私の彼はあまえんぼ。
こんな彼のこと、クラスの子たちが知るはずない。
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教室じゃ真面目そうにしてるから。
大河とやっちゃんだって知らない。
竜児君ちで晩ご飯を食べるときも、今まで通りだから。
私しか知らない竜児君の本性。
それは二人きりになると、いきなり現れる。
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「みのりぃ~。」
やっちゃんが仕事に出かけて、大河が先に帰った後。
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甘ったるい声が隣から聞こえてくる。
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そりゃーもう、みんなが聞いたら耳を疑うこと間違いなしって感じの甘々ボイスだ。
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実際、私も初めて聞いたときは、ビックリして耳がでっかくなったりしたもんさ。
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でも、こんなのまだまだ序ジョの口。
「なーに、竜児君?」
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何言われるかなんて分かってる。
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でも、何となくこう聞き返すことにしてる。
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「ひざ。」
擦り寄りながら告げてくるのは、予想通りの単語。
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その鋭い目はキラキラと輝いてる。なんか、本物のお子ちゃまみたい。
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普段のぶっきらぼうな竜児君を思い浮かべて、今とのギャップにため息をつく。
……ま、仕方ねー。これもホレた弱みってヤツだ。
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崩していた足を正座に近い体勢に戻して、ももをポンと叩く。
二人の中じゃ、OKのサインってことになってる。
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ちなみに、断ると不機嫌になる……よーな気がする。
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ま、断ったことないから知らねーけどさ。
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「いつも悪ぃな。」
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悪びれた様子もなく、無邪気な笑顔で言う
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そんで、いつものように横になって私のももに頭を置く。
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――そんなわけで。ほい、膝枕の完成なり。
- 膝枕の体制のまま、まったり過ごす。
何の音も聞こえてこない、他に誰もいない、二人だけの空間。
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ちょっとでも前かがみになると、胸が竜児君の顔に当たる。そのくらいの距離。
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竜児君の頭の重さが心地よくて、なんだか落ち着く。
やることもないから、ふやけた顔でのんびりする竜児君の横顔を上から眺める。
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……かわいいから、ナデナデしてやろうじゃねーか。
竜児君はくすぐったそうにしながら、私を見てくる。
正確に言うと、私の――胸を、なんだけど。
バレてないなんて思ってるんだろうけど、ちゃ~んとお見通しだ。
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その時の竜児君、えっちな目、してるから。
つーか、膝枕って普通、反対向くんじゃないかねー?
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モロにこっちを向かれちゃー、さすがにハズイぜよ。
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……なーんて、言いたくもなるけど、スルーしてあげることにしてる。
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悪い気はしないっちゅーか、母性本能をくすぐられる感覚だわな。
私みたいなガキにも母性本能があるなんて驚き桃の木だけどさ。
しっかし、竜児君のこの豹変ぶりは何なんだろう?
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男の子は恋人(自分でゆーな、私)の前じゃ幼稚化するもんなのか……?
いや、ひょっとしたら、ただのムッツリスケベなのかも知れない。
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神竜のとっておきの本もいらない、ってなかなかだな。おぬし。
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でも、まー多分、色んなものが溜まってたんだって思う。
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今まで家事とか勉強とかが忙しくて、誰かに甘えたりする暇がなかったんだと思う。
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とりあえず、理由はなんであれ、やっぱり悪い気はしない。
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私だけに甘えてくれてる……なんて思うと、むしろ気分は上々だ。
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それに、竜児君を独占できるのは正直うれしい。
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要するに、あまえんぼうの竜児君も大好き。こう言いたいわけだ。
そんなことを考えていたら、魔が差したのかも知れない。
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前かがみになって、竜児君の顔に胸を当てていた。
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「み、実乃梨!?」
「うわっち、ご、ごめん!?」
慌ててのけ反る。
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けど、謝りながらも、脳みそは全く別のことを考えていた。
こんな時だけキョドっちゃって~、とか。
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ここらでギャフンと言わせたる~、とか。
第一さ、膝枕で満足されるって乙女としてはどーなの?って気もしてたわけだ。
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……ここはいっちょ、乙女のプライド見せてやろーじゃねーの。
「お、おい。実乃梨?目が血走ってるぞ……?」
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戸惑いながらも、竜児君は私の顔をまっすぐ見つめてくれる。
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そんな竜児君の真っ赤な顔を見た瞬間。私の中のナニカがプツンと切れた――
「……ふふふ、竜児君。覚悟したまえよ?君は私を欲zy」
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――カチャ。
「わっすれもの、わっすれものー……ぬぉ!?」
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「「へ?」」
ふいに聞こえたドアが開く音、そして間の抜けた歌声が……って、た、大河!?
「な、なな……」
私らを指さして、ワナワナと震える大河
- 。
あえて言わせてちょーだい。チョーMW(間が悪い)だぜ、大河――
「な、何で、あんた、みのりんにも膝枕させてんのよ!?」
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「――は?」
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時が止まった。
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「い、いや、大河。これは……」
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目に映るのは、今にも噴火寸前って感じの大河の真っ赤な顔。
そんで、私のすぐ下から聞こえてくるのは、竜児君の戸惑う声。
――そして、時は動き出す。
「……で、大河?どーゆーこと?」
「み、みのりん。それは……」
返事がない。ただのゆでだこ状態のようだ。
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思い出しただけでそれかよ。ダメだ、こいつ。早く何とかしないと……
「……んじゃ、竜児君。どーゆーことかな?かな?」
あえて、満面の笑顔で聞いてあげよう。
おー、ビビってる、ビビってる。つーか、顔が青いよ、大丈夫?
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「い、いや。その……」
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「ふーん?答えられないんだ、そうなんだ。なら――」
「再現しますっ!」
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私の言葉を遮って、高らかに宣言したのは……
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「い、インコちゃん?」
インコちゃんを見る。
よっぽど自信があるのか、豪快に羽を広げてる。……ふつくしい。
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「な!?い、インコちゃん!?や、やめ……むぐっ。」
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「竜児君はちょっとマホトーン状態になってもらおうか……?」
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竜児君の口も塞いで、準備万端だ。
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さぁ言え。言うんだ、インコちゃん!
「たいがぁー。ひざ。」
「また?もー、竜児は甘えん坊なんだから……」
器用に二人の口調をまねて、そのシーンを再現するインコちゃん。
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その忠実さと言ったら、真っ赤な頬に両手を添えて悶絶する大河が目に浮かんでくる程だ。
……なんだ、この感情は。嫉妬か?いや、そんな生温いもんじゃ済まされねー。
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「……竜児、君?」
首をギシギシ鳴らしながら、竜児君を見下ろす。
一応、弁明の機会を与えてあげよーじゃまいか。一応。
「い、いや、これはだn」
「あみぃー。ひざ。」
「「は?」」
インコちゃんの言葉に再び振り返る。今度は大河も一緒に。
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あみ?……って、あーみんかよ!?ま、まさか、竜児君……
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「おまっ、またかよ……ほら。亜美ちゃんのももの柔らかさにむせび泣くがいいわ。」
ツンケンしながらも、優しい微笑みで受け入れるあーみんが浮かんでくる。
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何だこのツンデレは?つーか、何だ、このフツフツと湧き上がる感情は……?
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「「……」」
あまりの事態に言葉が出てこないのは大河も一緒みたいだ。
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口を開けてポカンとしてる。
二人して、黙って動くことができない。
竜児君の顔から血が引いてってるように見えるのは、間違いなく気のせいだ。
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「ななこぉー、ひざ。」
「「!?」」
「うふふ。仕方ない人ね、高須君は……」
- この後もインコちゃんの音声再現は続いた。
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「まやぁー、ひざ。」
「ちょ、ちょっと、高須君?……もぅ。ちょっとだけだからね。」
「やすこぉー、ひざ。」
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「いや~ん☆竜ちゃんとこうしてると、パパとの熱い日々を思い出しちゃう~。」
「北村ぁー、ひざ。」
「やれやれ、仕方ないやつだ。今、ズボンを脱ぐからちょっと待ってろ。」
次々と暴かれていく竜児君の本性。
……これはひどい。ひどすぎるから、最後のはスルーしてあげよう。
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私の中の竜児君が音を立てて崩れ去っていく……
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キャラ崩壊ってレベルじゃねーぞ、おい。
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「こ、これは……そうだ、これは罠d、むぐっ!」
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「……どこぞの神のような言い訳は許さんよ?」
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この期に及んで言い訳しようとする竜児君の口をもっかい押さえる。
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ついでに、身動きが取れないように、身体もがっちりロックだ。
さて、と。そろそろ判決の時間だね。
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「竜児。覚悟はいいかしら……」
「竜児君。少し頭冷やそうか……」
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主文。被告人、高須竜児は――
***
――次の日、なんだか教室がうるさい。
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竜児君を見てヒソヒソ話すクラスメイツ。
わざわざ聞き耳なんか立てなくても、その内容が聞こえてくる。
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本物のヤンキーに絡まれたとか、暴力団の抗争に巻き込まれたとか、好き放題言ってる。
でも、クラスの子たちは知るわけない。
竜児君の顔がアザだらけになってる理由を。
おしまい
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