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伝えたい言葉(4)
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聖夜祭も多少問題があったが成功し、色々あった高校二年の二学期が終わった。
『あの日』を境に高須君の私を見る目が変わったと思う。 熱っぽい感じ。そして大河や実乃梨ちゃんに向けているのと同じ優しい瞳。
彼女達と同じラインには並び立てた様だ。 でも…多分、高須君とは並び立ててない。 ほんの少し手を伸ばせば届くのに…。
その手を伸ばす機会が無かったのだ。 年末年始は仕事で海外に居たから…あの日の一回で止まっている。
いや…ね。スコアを競う訳じゃないけど、回数は重ねた方が親密になれるし。
でも『ただの一回きり』の逢背とはいえ、私達の中に互いの『味』はしっかりと刻まれた。 だから帰国して大河に土産を渡した時、
高須君が実乃梨ちゃんにフラれたと聞いて私は内心『チャンス』だと思った。
『大怪我した訳だ』
と、高須君と大河に言い放って、今が蒔いた種を芽吹かせる機会だと行動に移す事にする。
ここで蒔いた種の意味を教えてあげるね。
それは
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『何も考えずに甘えれる存在』
と思わせる事。
意識はしなくても潜在的に感じさせたのだ。
彼は我慢強い。
そして誰より優しくて脆い。
- 聞いた限り、彼は告白すらさせて貰えずに轟沈。
更に大河も一緒に居る事は無くなったらしい。
母親は仕事に出掛けて、寂しい夜を一人で過ごしている筈。 あ…あのブッサイクなインコは居たっけ?
ともかく、人ってのは今まで側に居た人間が居なくなると寂しくなるものだ。 特に高須君は…ね。
一人で居る事に馴れているとはいえ、急に大河が来なくなったら喪失感みたいなのは有るよね。
じゃあ…私が大河のポジションに入って、優しく包み込んであげたら……… 徐々にでも惚れていってくれるかな?
実乃梨ちゃんに対する想いを抑えられた辛さ、大河が居ない寂しさを私が癒してあげれたら…。 辛い時に優しくされると嬉しいよね。
それは誰だって同じ。あの日、高須君の中で生まれたかもしれない私への『情』をまた燃やしてあげれば……私だって。
そう自室で想いを巡らせて私は携帯を開く。夜の七時…まだ大丈夫。時間が遅いからって断られる事も無い筈…。
メモリーの中から彼の番号を捜してダイヤルを押す。
呼び出し音が三回、四回。五回目の途中で繋がる。
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「もしもし。今、電話大丈夫?あのさ……………」
さて、私は彼のアパートの目の前に立っていた。
仁王立ちである。
その手にはコンビニの袋。
アップにした髪の尻尾を軽く梳いて大きく深呼吸。
彼の家に上がり込む口実は
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『買い過ぎたスイーツを一緒に食べて欲しい』
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なのだ。
おうっ!と、二つ返事で言ってくれたので、私は準備もそこそこに来た訳である。
って…何で説明口調な訳?
あ〜…まあ建前はそんな感じで本音は
『あの日の続き』
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といった所。
身体で誘惑する?
ん〜…私にとってベストなのは高須から求めてくれる事だから。
そう誘導はしてみる……けど、あくまで彼次第。
私個人は期待しまくっている。
ぶっちゃけ欲求不満気味…かな?
言うのは恥かしいけど…あの甘い味を思い出したら……疼いちゃって…泊まっていたホテルでちょっとだけ
『一人でしちゃった…』
ちょっとだけ…ね。
蛇足だね。ごめん。
弱みに付け込んで再び関係を持つのは卑怯かもしれない。
でも言葉で慰めるのにも限界がある。
だから……ねっ?察して?
階段を上って部屋の前で身だしなみを整え、二度ノックする。
- 「おう。上がれよ」
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扉を半分開いて、ノブに手を掛けたまま高須君が中に入る様に促してくれる。
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「お邪魔しまぁ〜す」
そう言いながら、玄関先で靴を脱ぐ。
これで四度目だね。
一度目はストーカーから匿って貰った時。
二度目はそのストーカーを退治した時。
三度は祐作がヤンチャ(笑)になった時。
「そこら辺に適当に座っててくれ」
通された居間の卓袱台にコンビニの袋を置いて行儀良く正座する。
台所でお茶を入れる彼を待つ私は手持ちぶさた。
何気なく部屋の中を見渡してみる。
何も変わらないね。
…でも『大河』が残っている。
例えば、置いていったまま忘れたのであろう私物。
ティーン向けのファッション誌や可愛らしい小物。
この部屋には似合わない物の筈なのに、自然に溶け込んでいる様。
それを羨ましいと思ってしまった。
「待たせたな。まあ飲んでくれ」
私と卓袱台を挟んで対面に座った彼が差し出してくれたティーカップを受け取って、様子を伺う。
ちょっと元気が無いね。
病み上がりとは聞いたけど、それより心に負った怪我が原因だろう。
その怪我は初めの内はチクチクしてるだけ。でも段々とズキズキしてくる。
彼もそうなのだろう。
- 今はズキズキになっている頃かな?
「ありがとう。急に押しかけてごめんね?
- 流石に買い過ぎちゃって、食べても食べても減らなくてさ」
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そう言いながら、私は行きしなに買って来たスイーツを台上に広げる。
チョコ菓子からケーキまで、まあ適当に選んだんだけど。
レジ袋にして二つ分。
彼が見たら卒倒する位の勢いで籠の中に放り込んで…この有様だよ。
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「お、おうっ!すげぇ量…生菓子から優先して食わねぇとな。
って…木原や香椎を誘えば良かったんじゃねぇか?
甘い物好きそうだし」
MOTTAINAI×2的なオーラを漂わせながらプリンの蓋を開けている高須君を見やる。
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「あ〜…。ほら麻耶も奈々子もダイエット中だから協力出来ないって言われたんだ」
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ごめん。嘘。
心の中で謝って、人差し指で頬を軽く掻く。
今、考えついた事をさも真実かの如く言って、ケーキの容器を開ける。
卓袱台の上に山積み…では無く、丘積み?位はあるスイーツとの戦いが始まった…。
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戦闘開始から二時間が経ち、気が付くと私達は卓袱台に突っ伏していた。
苺の乗ったショートケーキ。
こだわり卵の蕩けるプリン。
…だめだ。
もう甘い物は当分見たくない。
- 三分の二は片付いたが、残りは無理。
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「うっぷ……。川嶋…もう食べれねぇ。ギブ…」
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「う…、私も限界。は…苦しい」
最初の内は良かった。
雑談しながら食べる余裕もあって、
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『こうやって向かい合わせて食べていると彼氏彼女みたい〜』
とかアホな事を考えていたりした。
だが時間が経つにつれ会話が減り、自分との戦いになっていったのだ。
内容は省くけど、その結果が今に繋がる。
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「…高須君。ちょっと聞きたい事があるんだ」
そして次に進む為に私は本題を切り出すことにする。
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「実乃梨ちゃんにフラれたって本当なの?」
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そう問うと彼の顔に僅かだが陰りが差す。
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「ああ」
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遠い目をした高須君が呟く様に返し、続けて口を開く。
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「フラれた…より、告白させてくれなかった……だな」
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そう。ここまでは私も知っている。
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「うん。やっぱり悲しい?」
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傷を抉る様な気分。
もしかしたら高須君にとっては考えたくない事かもしれない。
でも聞きたい……彼がどう思っているか。
もし黙秘されたら、そこで終いにしよう。
誰だって言いたくない事はある。
そう彼が言っていたのを覚えているから…。
- 「分からねぇ。自分でも辛いのかなんて分からねぇよ、
…でも複雑な気持ち…だ」
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彼は『悲しい』とか『辛い』とか言わない。
何故なら言ってしまえば実乃梨ちゃんが悪者になってしまうから。
「何故かは知らないけど、近頃は話しても煙に巻かれてた。
櫛枝は俺の事……好きじゃなかったのかもな
俺が勘違いして舞い上がっていただけなんだ」
と、彼がネガティブな事をポツリポツリと呟く。
「んな訳ねぇし。
アンタの事を嫌える奴なんかいないもん。
誰より優しくて繊細。
知れば知る程に惹かれるんだから。
実際、惹かれた奴がここに居るじゃない…この私が……」
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最後の一言だけは小さく呟く。
他と同じトーンで言うとうっとうしいからだ。
彼は私の想いを知っている。
だから、わざわざ声を大にして言う必要はない。
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「…そうなのか、な。その後は寝込んでしまって何で櫛枝にフラれたのか考える余裕なんて無 くて、 今更モヤモヤした気持ちになるんだ。
- で、明日からは学校だろ。
櫛枝とどう接したら良いのか分からねぇ」
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長い溜息を吐いて彼が額に手を添える。
まあ、うん…そりゃあそうだ。
フラれた相手と今まで通り接するなんて不可能だわ。
- もし実乃梨ちゃんが高須君に今までと同じ態度で接するとしたら…本当に卑怯。
ううん。良い面の皮してる奴だと思う。
上手く誘導した挙句に手を離す。 そして射程外からニッコリってか? あの娘がそんな奴だとは思ってないけど、まさか…ね。
それは高須君からしたら針の筵に座らされているのと同じ。
彼女にとっては『最善』でも彼にとっては『最悪』
「……実乃梨ちゃんに邪険に扱われたら…って考えちゃって怖いんだ?」
頬杖を突いて指で前髪を巻きながら聞いてみる。
自分でも突っ込んだ質問だとは思うけど、
溜まっている『モノ』は吐き出してスッキリさせてあげたい。
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「ああ。普通に考えたら、今まで通りなんて出来っこねぇ。
- 出来たとしてもギクシャクする。
なぁ川嶋、お前が櫛枝の立場なら俺がそんな事したらどう思う?
やっぱり…ウザいか?」
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「ウザ…くは無いけど、そんな事されたら心が痛むよね。
いっその事、無視された方が…って思う。
でも実乃梨ちゃんはどうかな?
多分、高須君の告白を無かった事にして"今まで通り゛でいたいんだよ」
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最後に
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『そうなら酷いよね』
と、付け加えて締めくくる。
- 余計な一言?
そうだね。 けど事実だから、あえて濁さずに言ったの。 過程はどうあれ高須君は傷付いてしまったのだ。
想いを告げる前に断られたのだ。 彼女は恐らく『大河の為に〜』とか何とか考えたんだろうね。 そして大河は『みのりんのため〜』って。
譲り合いの精神ってやつ? おままごとでもしてるつもり? 二人でグルグル空回りしてるだけだし。 そこに『高須竜児』の意思は無い。
彼を振り回しているだけじゃん…。
「櫛枝は…多分そう思ってる。
いや決め付ける訳じゃねぇけど、川嶋の言ってる事は…」
そう言った後、彼は絞り出す様に一言呟く。
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「ふう。いいや………今は何も考えたくねぇ」
「高須君」
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私は高須君の横に移動する。
膝立ちになり彼の頭を胸の中へ引き寄せて優しく抱き締める。
- 「忘れちゃいなよ。辛い事は…さ」
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優しく頭を撫でながら私はそう呟く。
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「誰にも言わないから、甘えても良いんだよ。
辛い事は全部、亜美ちゃんが持って行ってあげる。
明日からは笑っていようよ」
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幼児をあやす母親の様に優しく優しく…。
そこまで言うと、高須君が私の背中に手を回す。
- 膝立ちから正座に体勢を変えて背中を擦り、ポンポンと軽く叩いてあげる。
流石に泣いたりはしていないけど…高須君は心地良さそうにしている。
顔が見えなくても分かるよ。 何も考えずに甘えれるんだから…。 十分…二十分。
ずっと彼を抱いていた。
「ねぇ、高須君」
私は前述の誘導に入る事にする。
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「おまじない…してあげよっか?」
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顔を上げて私を見詰める彼の頬を両手で撫でながら微笑み、言葉を紡ぐ。
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「嫌な事を忘れられる"おまじない"…」
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「おまじない…?何だよ、それ」
そう言う彼の頬を撫でながら右手の親指で唇をなぞる。
誘惑してるんじゃない。
言葉で慰めれない所を慰めれる方法は一つしかないから。
他の方法を私は…しない。
何か嘘っぽいもん。
例えばカラオケにでも行くとか、遊びに行くとか…そういうのって気分転換であって、結局は忘れる事なんて出来ない。
辛い事を忘れるには人肌…だよね。私はそう思うんだ。
「ふふっ、何だろうね?」
彼を優しく押し倒し、その上に多い被さって額同士を重ねる。
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「か、川嶋?」
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「分かってる癖に…」
問いに答を返さないまま私は紡ぐ。
- 「今だけは…全部忘れちゃおうよ。実乃梨ちゃんや大河の事は…。
亜美ちゃんが癒してあげる…。ねっ?」
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高須君はようやく私の言ってる意味を理解したのか目を泳がせている。
嫌なら私を振りほどくよね?
でもそれをしないのは、心の奥底では『おまじない』を望んでいるから。
でも理性が邪魔しちゃう。
だから…外してあげるね。
そこまでしても拒むなら…いいよ。
それが彼の答えなのだから…。
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「う、で、でも……」
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身体を密着させ、彼の腕を手で押さえて甘く囁く。
「モヤモヤ…消しておかないと明日からギクシャクしちゃうよ?
- そんなの嫌だよね。
だから高須君…しよっ?」
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