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カップル限定
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- 「ね〜高須くん、明後日暇?」
昼休みの喧噪からは少し離れた別棟2階で、背後から声がかかる。
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「おう、こんなところでいきなり何の話だ?」
コーヒーを自動販売機から取り出しながら、竜児は声がした方を向いた。。
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「ん〜ちょっと教室じゃ話しにくいことだから。教室から出て行ったのを見て追いかけて来たんだ」
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そう言いながら亜美は吐息がかかりそうな距離まで近づき、うつむきながら言葉を続ける。
「実は、明後日にね、……あたしとデートして欲しくって」
「え? は? ちょ、ちょっと待てよ川嶋。その、言ってる意味がわかんねぇんだが」
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混乱しながら後ずさりする竜児を見上げ、亜美は更に続ける。
「そのままの意味よ? 明後日の放課後、高須くんと一緒に行きたいカフェがあるの」
手を後ろで組み、恥ずかしさが映るチワワの瞳で悪魔の邪眼をを見据え、保湿十分な唇で語りかける。
心なしかその声は、脚は、腕は、震えているように感じた。
だから、思ってしまったことを打ち消すために、
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「ああ、わかった。さてはまたいつもの冗談だろ? まったく、これだけ俺をからかってよく飽きねぇな」
と軽口で答える。
しかし亜美は変わらない調子で、さっきと同じく『恥じらい』を含ませながら続ける。
「あたしは本気だよ。本当に高須くんと一緒に行きたいの」
再び距離を詰め、チワワの瞳をうるうるさせ、軽く頬を染めながらの上目遣い。
ただでさえ美しい容貌が、こういった仕草でメーターを振り切るほどに引き立てられる。
これでイエスと言わない男などこの学校に2人ぐらいしか居ないだろう。
事実そのうちの1人である竜児でさえ、今日の亜美には揺らいでしまう。
- 「いやいやだからちょっと待てって。
いきなりデートって言われても意味わからないしそもそも何だよ本気って。
それに喫茶店なら俺じゃなくて木原や香椎と行けばいいだろ」
普段ならもっと対等に会話できるはずなのに、竜児は早口でまくし立ててしまう。
「……どうしてか、わからない? それを私の口から言わせるの?」
そのまま、沈黙。しかし視線は竜児を捕らえて放さない。
人は死を目の前にすると時間の感覚が遅くなるというが、今ならそれを信じられると竜児は思った。
200mを全力で走った後よりも心臓がバクバクいっているはずなのに、鼓動の音はいやにスローだ。
とても1秒間に2回以上動いているとは思えない。それほど時間はゆっくり流れていた。
つまり、正直限界だった。想い人が居るとはいえ、竜児だって健全な男子高校生なのだ。
背中は壁とくっついてしまっているから、せめて視線だけを逸らせてなんとか口を開く。
「あー、その、何だ。そりゃ確かにおまえは綺麗だし、今こんな状況で嬉しくない、なんてことはないけど、
その、いきなりというか、心の準備というか、そもそも俺は、ああ、何ていうか……」
竜児は自分の兵器を赤く塗り直し、しどろもどろに答えるしかできない。声もだんだん小さくなっていく。
誰でもいいから来てくれ! この妙な状況を何とかしてくれ! そんな竜児の願いは半分ほど届いたようだ。
「……っぷ。あーはっはっはっはっ! なによー高須くんマジにしちゃって。
顔そんなに真っっ赤でちょーウケるんですけど!?『おまえは綺麗だ』だって!
亜美ちゃんが美しすぎるのなんてわかりきってることなのにー! うひゃひゃひゃ!」
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なんていう亜美の止まらない哄笑が響いて、さっきの状況は脱することが出来たから。
- 「お・ま・え・なぁ! シャイな男子の純情を弄びやがって! 性悪! 悪女!」
「やだな〜いつもの冗談じゃん? ちょっっっと本気出したからってさ、そんなにムキにならないでよ。
っていうか、あ〜〜んなにかわいい亜美ちゃんを見れたんだから喜びなさい。まんざらじゃなかったんでしょ?」
やはり、このかわいいチワワの皮を被った腹黒女に何を言っても無駄なようだ。
「で、本当は何の用だったんだよ? からかいに来ただけなら俺は戻るぞ」
「あー待って待って。さっき言ったことは本当だから」
「さっき言ったことって何だよ?」
「だからー、明後日一緒にカフェに行きたいってこと。あれは嘘とか、冗談とかじゃなくて本気なんだってば。
どうしても高須くんじゃなきゃダメなんだよね」
「んなこと言われても信じられるかよ。どうして俺じゃなきゃダメなんだよ」
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さすがにあれほどやられた後だから、竜児もついイライラしてしまう。
そんな心境を知ってか知らずか、亜美はすっかりいつもの口調で続ける。
「うーんとねー、明後日は月に1度のカップルデーでさ、カップルでしか注文できない限定スイーツがあるの。
それがとってもおいしい〜って評判でね、亜美ちゃんも一度食べたいなーって思って。
そしたらほら、こういうこと頼めるのって高須くんしか居ないじゃん?」
- 「だったら最初からそう言えよ…… 明後日は暇だが、俺一人でいいのか?
そんなに美味いなら木原や香椎も食べたがりそうなもんだが」
「あの二人は最近食べ過ぎちゃったからパスだって。
ここんとこプロレスの練習で結構動いてたしー、つい油断しちゃったんだって」
「なるほどな。ならおまえはどうなんだ? おまえも食べ過ぎたりしてないのか?」
「あはははは、ばっかじゃないのー高須くん? この亜美ちゃんがそんなヘマするわけないじゃない」
おもいっきり前科があるくせに、とは思ったが口にしないことにした。
- 「とにかくそういうわけだからデート決定ね。明後日の放課後、学校終わったらすぐ行くよ」
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『デート』という響きがなんだかくすぐったくて、竜児はつい突っかかってしまう。
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「おまえな、デートなんて軽々しく言うなよ。その、普通に遊びに行くってことでいいじゃねぇか」
そしてそんな竜児の照れ隠しを見逃すような亜美ではない。
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「え〜、だって高校生の男女が二人だけで一緒におしゃれなカフェに行く。しかもカップル限定メニューを目当てに。
これってどう見てもデートだよね? 独身ならまちがいなくうらやましがっちゃうぐらいじゃん。
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それともあれか、高須くんは目立っちゃうのが恥ずかしいのかな?
ごめんねー亜美ちゃんが絶世の美少女で。でもそれって大宇宙の真理だから許してね?」
だからこれ以上何を言っても勝ち目はないと竜児は気づいた。
「ったく、口が減らない奴だな。はいはいわかったよ。明後日一緒に行けばいいんだろ?
- それじゃ、もう戻るぞ」
こうして、二人は教室に戻っていった。
ちなみに、亜美がジュースを1本も買っていないことに竜児は気がつかなかった。
更に教室で別れた後、亜美がずっと機嫌良さそうに昼食の残りを食べていた、ということにも。
だから、どうして能登や春田、いやクラスの男子がほぼ全員自分を悪意のある目で見るのか、
「なんでおまえばっかり亜美ちゃんとのフラグが立つ!?」
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とでも言わんばかりの視線なのか、考えても答えが出なかったのは仕方がないことである。
つづく
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