竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

 無題

定位置の自販機の隙間。久々の長期撮影で疲れた体をちんまく丸めて、砂糖の塊をくいと一口。
川嶋亜美は疲労困憊だった。
しかし超だりー今日休もっかなー、と思いつつも結局登校してしまったのは、

「大丈夫か川嶋。なんか顔色悪いぞ」

コーヒー片手に傍らに立つそいつが、そうやって自分を気遣ってくれるという確信の予想から。
そいつこと高須竜児は凶悪な三白眼をさらに窄めて亜美を見やっている。
別に弱ってるのを良い事に喰っちまおう、とか考えているわけではない。本気の本当に亜美を心配しているのだ。

「うん。ま、ちょっとね。オーバーワークってやつ」
「体調良くない……よな。保健室行って休んだほうがいいんじゃねえか?」

お勤めごくろうさんです。言いつつ竜児はしゃがんで、熱を測ろうと亜美の額に手を伸ばす。その手を受け入れて良いものかどうかと数瞬悩んで、

「ちょっと高須くん? 女の子に気安く触ろうとするなんてデリカシー欠如してるんじゃない?」

亜美はぱん、と軽く竜児の手を払った。
正直な話微熱あるし、誰かさんの所為でそれが少し上がったし、今触られたら絶対保健室に連行されてしまう。
今みたいに「ほら、肩貸すから」とか言って。めっちゃ気安く。ぜんぜん意識せずに。ばっか。
なんて亜美の心境を知ってか知らずかいや確実に知らずに、

「お、おう。すまん。泰子や大河はそんなの気にしねえから、つい」

竜児は払われた手をほほにもっていき、心底申し訳なさそうな顔でぽりぽりと。
泰子さんはともかく馬鹿トラは気にしてるにきまってんだろ、と言いかけて口を噤み、

「いいよ。別に。ごめん。ちょっとあたしもナーバス入ってるから。高須くんは悪くないよ」

これを気にしてこれからは近づきません、ということになっても嫌だから。

「いや、次からは俺も気をつけるよ。って、それより川嶋。ナーバスって、マジ保健室行ったほうが良くないか?」
「大丈夫だって。こうやって糖分とって、休憩して、あとは……」

栄養あるもの食べて、と続けたらお弁当くれたりするかな、くれるだろうな。絶対。
それはそれで魅力的だけど、不調をおして登校してゲットしたのが心配とお弁当っていうのもちょっとむなしい。

「あとは何だ川嶋? 栄養か? 栄養なら任せろ! 今日はちょうどからあげを……」
「ちーがーう。ま、栄養補給は大事なんだけど、そうじゃなくって」
   

もっとこう、心にぐっとくるような。 
と、亜美は逸る竜児をなだめつつどうしたもんかとううむとかなり真剣に悩みぬいて、「……あ」ひらめいた。
後々振り返って思い出したときに悶絶必死だろうけど、高須くんがあたしに優しいなんて滅多にないし。
だから、がんばれあたし! 亜美ちゃん何でもできる子! と心中で小さく気合をいれて、

「ね、高須くん。その眼に宿った燃えるパワー。わたしに分けて」
「……は?」
「大丈夫。怒るヤクザも泣かすその眼なら大丈夫。さ、早く早く!」
「お、おおう? ど、どうしたんだ川嶋。なんだ? 眼のパワー? 何言ってるんだ?」 
「い・い・か・ら! わたしだって自分で意味なんかわかってねーから! とにかく言われたとおりにしてよ!」
「おお、おう! わかった。そこまで言うなら、今朝も無駄に中学生をびびらしたこの眼力、お前にもお裾わけしてやる!」

休み時間。自販機の隙間。モデルと他称ヤンキー。赤い顔して何やってんこいつら、と突っ込まないのが人情である。
竜児はにらみ殺す勢いで亜美の眼をぐぐぐっと見つめ、

「送るぞ〜、超送るぞ〜」 
「来てるよ〜、超来てるよ〜」
「元気になれよ川嶋〜、病は気からって言うぞ〜」
「気合でなんとかなったら苦労しねえっつうの〜」

亜美も魂を奪う勢いで竜児の眼をぐぐっと見つめ返すこと、十秒かそこら。

「どうだ〜川嶋〜、パワーは受け取れたか〜?」
「それより高須くん〜、掃除好き〜?」
「ああ、好きだぞ〜」
「どれくらい好き〜?」
「どれくらいって、そりゃもちろん……」

ふと、竜児は昨日大格闘を繰り広げた浴室のカビを思い出しつつ、凶眸をさらに熱くぎらつかせて、

「大好きだ!」

亜美とにらめっこしたまま声高らかに叫んだ。
……ああ、そうだ。俺は三度の飯より掃除が好きだ。主夫と言われたって、好きなもんはしょうがない。
浴室のカビ掃除が好きだ。食後の洗い物が好きだ。洗濯が好きだ。拭き掃除が好きだ。掃き掃除が好きだ。すべての掃除が大好き、ダァーッ!

「って、そんなの聞かなくても正直なところ周知の事実になって……って」
「……」
「川嶋? おい、川嶋。どうしたんだ、ぼーっとして」

呆れられたんだろか。いや、話を振ってきたのは川嶋だし。つうか、やっぱ熱あるんじゃねえかこいつ。顔赤いし。
竜児は「ちょっとごめんな」と今度は断りを入れてから、動作停止した亜美の額に手をのばす。そろり。ぴた――って、お、おう、おうおうおう!?

「あつっ! お、おい川嶋! お前めちゃくちゃ熱あんぞ!?」

何が眼のパワーだ。ふざけてないでさっさと保健室に! とあわてる竜児を余所に、亜美は突如とぅぉりやぁ! と立ち上がり、

「おおおおう!? ど、どうした川嶋。そんな急激に動いたら……」
「……高須くん」
「おう。どうした? 気分が悪いのか? 悪寒は? いっそ早退するか?」
「平気」
「平気なわけねーだろ! 39度くらいあったぞ!?」
「君の瞳は100万ボルトって歌謡曲あったよね、そういえば。あれって実話が元になってたんだね」
「……川嶋? もしや、すでに熱で脳がやられちまったのか……?」

なんてことだ……と脱力しかける竜児を完全に置き去りにして、亜美は「うっしゃ!」と叫びつつ空手の型みたいなポーズをとり、

「亜美ちゃん超元気! 病は気から! そのとおり! ありがとね、高須くん。でも今のことは忘れてね! 記憶から抹消してね!」

お願いだから! マジ頼むから! と、一息に言い切ると、タイソン・ゲイもかくやと勢いで走り去った。

「……なんだったんだ」

あっという間に消え去ったさらさらヘアーの残像を捉えつつ、竜児は思う。
もう何がなんだか理解不能だが、本当に元気は出たみたいで良かったな、と。 


その次の体育の時間。
バスケの練習で、華麗にスラムダンクを決める女子高生モデルが居たとか居なかったとか。

 どっとはらい。