竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

 数日後、小石が思うことは

小石は投げられた。大きな湖の中に。
その石によって出来た波紋は周囲に大きく広がって―――やがて、湖と一体化するように消えていく。
川嶋亜美という人間は、そういうものなのだ。


『数日後、小石が思うことは』


私が大橋高校に戻ってから、早数日間が過ぎた。
川嶋亜美の凱旋復学(!?)というニュースは学校全体を揺るがし、昼休みという今も芸能人・川嶋亜美を一目見ようと、上下級生問わず、多くの生徒が私の教室を訪れる。
その人ごみを何とか散らそうとしてくれるクラスのみんなに心で頭を下げながら、私は少し前の席の人物を見つめる。
視線の先には泣く子はもっと泣くであろう凶眼の少年がいた。
祐作と入り口の方を見ながら何やら話しこんでいる彼は、他でもない。私が今、恋をしている高須竜児である。
紆余曲折あって転校した私がこうして大橋に戻ってきたのは竜児を落とすため、と彼と久しぶりに再会した時に堂々と宣言した。その事実を知るものは恐らくこのクラスの人間だけだろうが、別にバレてもいいと思うくらい私は竜児にお熱なのである。

「なーに、亜美ちゃん。また高須君見てるの?」

「え?」

声を掛けられ横を見ると、麻耶と奈々子がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
しまった、どうやら竜児に見とれていたらしい。

「本当に好きなんだね、高須君のこと」

「今でもびっくりしてるんだよ?いきなり帰ってきて高須君落とす宣言!」

そんな二人に私は照れもせずに答えた。

「いいじゃない。好きな人を眺めるのも結構幸せなものよ?」

「うわ!」

「めっちゃ恋する乙女じゃん!」

 きゃっきゃっと騒ぐ二人に微笑み、再び竜児に視線を戻す。

「あれ?竜児がいない…」

今さっきまでいた竜児はそこにはいなかった。どこへ行ったのかと、きょろきょろと教室を見回すけれども、どこにもいない。

「トイレかな…」

 残念に思いながら、麻耶たちの会話に混ざろうかという時、入り口の方が少し騒がしくなった。

『お前ら……!俺の教室の前で何騒いでるんだよ…?』

『た、高須だ…!ヤンキー高須が怒ってるぞ!!』

『す、すいませんでした!!』

『落ち着くんだ高須!』

その中から聞こえてきた、間違えるはずがない大好きな人の声。……と幼馴染の声。
どうやら二人は人ごみを散らす作業に参加したらしい。先ほど二人が話していたのはこういうことだったのか、と内心納得。
確かに竜児の凶眼を持ってすればほとんどの生徒たちは一目散に逃げていくだろう。

「竜児……」

だが、私はそんなことよりも、自分のために竜児が動いてくれたことが何よりも嬉しかった。
私のために行動してくれることが。

「すまんな高須。またお前のいらぬ誤解を生ませてしまって」

「気にすんな。俺が望んでやったんだから」

 一仕事終えた二人が教室に入ってくる。その二人に(というか竜児に)視線を送っていると、こちらを見た竜児と目が合った。

「あ……」

「おう」

竜児は祐作に別れを言って、私に近づいてきた。

「よっ、川嶋」

「竜児、ありがとう。でも……」

嬉しい。だが、こうして前に立たれるとその気持ちよりも申し訳ない気持ちの方が強くなってしまう。
本当の竜児は誰よりも優しい男の子なのだ。なのに顔だけでヤンキーと称され、恐れられている。
自覚している、と竜児は言っていた。だからそう思われる行動もしないように努めているとも。
そんな竜児の努力を、私が台無しにしてしまった気がしてならない。

私の言おうことが分かっていたのか、竜児は優しく微笑んで、言った。

「気にすんな。北村にも言ったが、俺が望んでやったことなんだから」

怖い印象しかなかったその笑顔は、今となってはなんと安心できるものなのか。
竜児の優しさに胸を打たれながら、私は頷いた。

「………うん」

「おう。……と、そろそろ授業始まるな。じゃあな」

私の様子によし、と竜児は言うと、自分の席へと戻っていく。
その後ろ姿を見つめながら、私は思う。


私が帰ってきてから、竜児との距離がかなり縮まった気がする。
なんというか、竜児の方も私を対等の存在として接してくれているような。
『異分子』だと思っていた私を、『自分の一部』と思ってくれているような。


「(……自惚れすぎか)」

ごちん、と己の頭を拳で小突く。
そんな数日で竜児の心を掴めるなんて思ってないし、今すぐ付き合ってと言っても返事は曖昧だろう。
でも、と私は呟く。

タイガーや実乃梨ちゃんに何十歩と出遅れていた前と比べ、今の私は何十歩も竜児に近い位置にいるのは間違いない。
あの時の寂寥感と苛立ちは感じない。
湖に放られた小石の波紋は、もうすでに湖に溶けているのだから、私はもう『異分子』なんかではない。


「絶対落としてやるからね、竜児……!」


去っていく背中にそう呟いて、私は目を閉じる。
昼休みが終わり、次の授業は国語だ。
お腹も膨れたし、心地よい眠気も襲ってきている。
その眠気に身を任せて夢でも見よう。

大きな湖に小石が優しく包まれる、そんな夢を。


帰ってきてから数日後、小石が思うことは、そんな自分の幸せな未来像。



End