絡まった糸を解くのって…結構、厄介。
上手く解ける場合もあれば、余計に絡まる事もある。
ここが解けたと思ったら、別の場所で玉結び…、それを直したら次は…
そんな感じで結局は……グッチャグチャ。
嫌になる。何で私はこんな事してるんだろう?
別に私が必死こいて動き回る必要なんて無いよね。
でも…しなきゃ駄目なの。
ここまでややこしくなったのは私のせい。
そして、糸を解いた先に見えるだろう答を見たいから。
その一つが私だったらな……って、はは…亜美ちゃんバカみてぇ。
そんなの、ある訳無いじゃん。端から分かってるし…。
解こうとしている糸の先は、大河と実乃梨ちゃんしか居ないんだもの。
……高須君の探る『糸』の中に『川嶋亜美』は居ない。
だけど『もしかしたら』って想いを馳せてしまう。
入り込む余地なんて無いと解ってても…。
ねぇ、高須君…私も見てよ。
お願い。からかってるんじゃ無いんだよ?
好き………キミに恋してるの。
………諦めきれないよ。
.
[伝えたい言葉]
.
薄暗い体育倉庫の中、私と高須君は『居た』
クリスマスパーティーの準備の喧騒も何処か遠くに聞こえる。
『大怪我する前に目を覚ましたら。全部チャラにしなよ。
それで一から始めたらいいじゃん。
…あたしのことも、一から入れてよ』
私はマットの上に寝転がり、彼に背を向けて、そう言った…。
打算があって言った訳じゃない。
ただ私の願望の発露として、唇が勝手に言葉を紡いだだけ。
「な、あ。川嶋…今、何て?」
高須君が私に聞き返す。
戸惑いを隠せて無い声で…。
やっちまったなぁ…あいたたたっ…。
『ごっめ〜ん☆冗談!冗談!本気にしたぁ?高須君の反応マジでウケる。亜美ちゃん腹痛てぇ!』
とか笑って誤魔化そう。
これ以上、糸がこんがらがったら嫌だもん。
朴念仁とアホとドジが右往左往してるの見てたらムカつくし…。
早くスッキリして楽になれば良いのに…、イライラするんだよね、アンタら見てると。
うんうん。そうだ。流石、亜美ちゃん解ってるぅ。
『いつも通り』に言えば良いのだ。
からかっただけ、って…。
「……私も、選択肢の一つに……入れてよ…」
でもね…考えとは真逆の事を、私は言ってしまう。
胎児の様に丸く身体を縮こませて…。
「選択肢って…、あ。……いや、川嶋。そのゴメンな。それは…」
背後から聞こえる申し訳なさそうな高須君の声は、私の心を抉る。「俺…好きな人が居るから、さ…」
苦しい。胸が張り裂けそうな残酷な一言。
こう言われる事なんて解ってた。
でも、本人の口から言われると辛くて…悲しい。
親指の爪をグッと噛んで、零れてしまいそうな涙を堪える。
「…何で駄目なの?大河や実乃梨ちゃんは…良くて、私は…私は駄目な訳?」
適当にお茶を濁せば良いのに…。
もう傷付きたくなんか無いのに…、私は更に深く聞いてしまう。
「ん…その内、俺なんかより、もっと良いヤツが見つかるぜ?川嶋に釣り合うヤツがさ」
と、テンプレートな言葉で、やんわりと断られる。
それ、『優しさ』のつもりで言ってるでしょ?
違うよ『否定』だよ。
『俺はお前が好みじゃない』
そう言っているのと同じだ。
「っ…。何だよ、それ。っん。高須君…って酷いよね」
私は絞る様に紡ぐ。
「私じゃ嫌?そうなら、そうって言ってよ?辛いよ…半端な言葉で生殺しにしないでよ!」
もう抑える事なんか出来なかった。
「お、落着け!川嶋、どうしたんだ!?訳が分からねぇよ」
肩に置かれた手を振りほどいて、私は起き上がった。
「…っ!私だって!私だって訳が分からないわよ!でも…でもっ!」
彼を睨み付けながら、その先を言おうとして、私は正気に戻る。
…落着け、川嶋亜美。
その先は取り返しがつかないよ?
一割にも満たない確率に掛けるなんて無謀だ。
言ったら、ただでさえややこしい関係が更に複雑になる。
私は深呼吸し、一呼吸置いて彼に言った。
「ゴメン…。何でも無い。あはは…今のは忘れて?」
うん…これで良いんだよね?
どうせ、実らないんだ…。
無かった事にしよう。
これ以上は傷付きたく無い…知りたく無いし、見たくない。
「お、うっ。大丈夫か?」
そう高須君が言ったの。
何でだろう?大丈夫に決まってるじゃん。亜美ちゃんは……強いから大丈夫。
でも本当は………。
「…わっけわかんね。高須君が何言ってんのか分かんねぇし」
私は強がりを言う。煙に巻く言葉を…。
「でも…。川嶋、泣いてるし」
は?泣いてる?私が?
何言ってんだ、このチンピラ顔。
この位で泣く訳ねぇ。
……私は強いんだから。
私は頬に指を滑らせる。
あれ?
おかしいなぁ…何だろ?これ…。
ああ、そっか。
私、涙が出てるんだ…。きっとさっき堪えていた涙…だよね?
「あ、あれ?な、何でだろ、な…私、泣いて…。え…う…」
高須君の言っていた事…泣いてるって本当だったんだ。
そう理解した瞬間、私は溢れ出る熱い涙を止められなくなる。
「ぐすっ!ち、違…うっ!悲しくな、んかっない!わ、たしはっ…っふ!泣いてなんかっ!っ…」
違う!違う!辛くなんか無い!
こんな事より辛い事は、もっとあった!
母親の七光だって陰口を叩かれた事
…名前を売る為だからって、枕営業をさせられそうになった事だってある。
それらに比べたら、こんな事…大した事無い!
「ほ、ほら!これ使えよ!」
私に差し延べられたのはハンカチ…。
これが大河や実乃梨ちゃんだったら、ハンカチじゃなくて、優しく抱き締めてあげたりするのかな?
きっとそう。これが私と高須君との距離…。
彼女達との数ヶ月の差…縮まる事の無い絶対の差。
「川嶋。俺が悪かった…。何か酷い事言っちまったみたいだ。悪かった…ゴメンな」
そう高須君が言って、私の頭を撫でる。
大河を見守る時の目でさ…。
卑怯だよ…優しくしないでよ。
それが『生殺し』なんだから。
期待させる様な優しさが…私を受け入れてくれる優しさが…。
どうせなら拒絶してよ。
泣いてる私なんか放っておいて…さ。皆で準備なり何なりすれば良いのに…。
高須君なんか…高須君…。
「うっ…うぅ!う…うわぁあああんっっ!」
私は彼の身体に抱き付いて泣きじゃくる。
「おう…」
解ってる…彼が私を突き放さないのは『優しい』からなんだと。
フラれたも同然の男に泣き付いて、傍目だと無様だと思う。
でも今だけは良いよね…高須君に甘えたい。ただ胸を貸してくれているだけで良い。
落ち着いたら『いつもの川嶋亜美』に戻るから。
だけど今は『女の子の川嶋亜美』で居させてね、高須君…。
.
こんなに思いっきり泣いたのは、いつ以来だろう。頭がボーッとする。
「よし…泣きやんだな。ほらハンカチ」
再び差し出されたハンカチを受け取って、目元の涙を拭く。
「ん…ありがとう…」
そう言った後は言葉が続かなくなる…。
私達は沈黙し、ただただ時間だけが過ぎていく。
落ち着いてくると、私はある事に気付く。
もしかして…いや、私は事態を余計に悪化させてしまった…、と。
高須君は気付いてしまったと思う。
私が、彼に抱いている想いを…。
あんな言い方したら、どんなに鈍感なヤツだって気付くだろう。
あの時、自制が効いていたなら…、無い事にしてしまえたら…。
もう無理…頭の中がグチャグチャだよ…最悪。
このまま接点を無くして、疎遠になったら…忘れてくれるかな、ううん。
やっぱり嫌だ…。
他人に嘘は付けても、自分に嘘は、付けないもん。
高須君の事が大好きだから…諦めれないよ。
もう我慢はしない…。
回りくどく
『私の事も見て』
じゃなくてストレートに
『私に目を向けさせて』
みせる。
大河や実乃梨ちゃんと同じスタートじゃなくても、同じ『土俵』には立ってやる。
その上で高須君に…。
だから『お節介』は止める。
「ねぇ、高須君。ちょっとお話しようか?」
「おう。何だ?」
今からの私の行動が、今後の関係にどう影響しようが構わないや。
大河も実乃梨ちゃんも、そして高須君もハッキリしないからいけないんだよ?
高須君に『忘れる事の出来ない』川嶋亜美を刻んであげる。
続く