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ちわP〜修学旅行前の日常 前編
- 北村との会合より、さらに数日後。
その日は休日で、俺は、昨晩の疲れもあり、と、いっても単に、曇っていた鍋を磨いていただけなのだが、
昼前だというのに、だらしなく惰眠を貪っていた。
我ながら、自堕落だとは思うのだが、泰子は、まだ寝ている様で、飯の準備や洗濯は既に終えているし、
掃除については、まぁ、掃く、拭くはしてある。掃除機をかけて泰子を起こすと悪いからな。
等と、ひとしきり言い訳をしておいて、布団の中で安穏としていた訳である。
だが、そういう時間は長くは続かず、そう、具体的に言えば、携帯の着信音によって、終わりを告げた。
ディスプレイに『あ〜みん』と、表示されていなければ、 少し、不機嫌になったか…事によっては、居留守位の事はしたかもしれない。
人間、脳が半分、眠っていると、何をするか解らないから、怖いものである。
『もしもし?』
「…おう。」
『あれ?何か、元気ないね?』
「今、起きたトコなんだ。」
『竜児が寝坊?珍しいなぁ〜調子良くないの?』
「いや、昼寝だよ。寝坊じゃねぇ。
別に調子は悪く無いぞ、心配してくれてありがとな。」
『うん。問題ないなら良かった。』
「おう。そういえば、亜美、この時間に電話出来るって事は、もう帰って来てるのか?」
-
『うん。昨日の晩に。
ホントは、すぐに電話したかったんだけど…
家に付いたら、倒れちゃって…気付いたら寝ちゃってた。』
「おう。お疲れ様。
てか、亜美の方こそ大丈夫か?」
『うん。いつもの事だもん。これでも、一応、プロだし。
それで、今から会えないかな?』
「おう。いいぞ。
どこで、待ち合わせにする?」
『…ん…とね、その…亜美ちゃんの家まで来て欲しいなぁ〜なんて。』
「おう。かまわないぞ。
って…言っても、俺、亜美の家、どこにあるか聞いてなかった気がするが。」
『うん。まだ、言ってないもん。
大橋で待ち合わせしよっか?近くなんだ。』
「おう。それじゃあ、お土産に何か作って行くから、30分後に大橋で良いか?」
- 『…今、スグが良い。スグに会いたい。』
「俺だって、早く会いたいけど…
手ぶらって訳にはいかないだろ?」
『イイよ手ぶらで。
今、家の人居ないからさ。』
「え?お前1人なのか?」
『そうだよ。』
「女の子が1人の時に他人ん家に上がり込むなんて…けし−
『からなくないから。
てか、こないだ、初めての女の子に あ〜んなハードな事しといて…
そんな事、言う気!?』
「冗談だよ、冗談。解った。スグ行くから。大橋だな?」
『うん。待ってる。』
「おう。」
電話を切った俺は、泰子が飢え死にしない様、昼飯をテーブルに広げ、蠅除け篭を乗せ、
その横に、メモを残し、あと一仕事だけしてから、家を出た。
「おっそ〜い。」
亜美は、橋の真ん中で仁王立ちになり、悪態を付きつつも、
満面の笑みで、俺を迎えた。
「…ぜぇぜぇ…無理言うな…はぁはぁ…これ以上…走れるかよ…ごほっごほっ…」
-
柵にもたれかかり、持参した水筒から、ぬるめの烏龍茶をコップに注いだ。
へたりこんだ俺の半身を、亜美の影が、にゅっと伸びて覆った。
「なっさけないなぁ〜」
亜美の事だから、また意地の悪い顔で俺を見下ろしている事だろう。
まぁ、そんな亜美も嫌いじゃないから…と、頭を上げると、
「ほら、手。掴まって。」
天使の様な笑顔で、スッと手を差し伸べる亜美が、そこに居た。
「お、おう。」
「ふふふん。感動した?超イイ娘の亜美ちゃんに。この優しさに。」
手を取った俺が立ち上がった瞬間、天使の様だった口の端が、ニィ〜っと、意地悪く歪んだ。
おう。ここでくるのか。これだよ。この黒さだよ。これが亜美だ。
この時、亜美の黒さが愛おしいと、思える程には、俺は、亜美に慣れていた。
「おう。」
「あれ?おう。…なんだ?絶対、するか。だと思ったのに。」
「おう。色々、思うトコがあるんだよ。心境の変化っつーか。」
「へぇ…。じゃあ、良い娘の亜美ちゃんには、何かご褒美があるべきだよね?
…このまま家まで、手、繋いだままでいよっか?」
など、と言いつつ、手を握り変えて、見せつける様に、顔の高さまで上げた。
「おう、よろしく…」
「ヤダ、緊張してんの?
手、繋ぐ位、今更じゃん?もっとスゴイ事いっぱいしたよね?」
- 「お前だって…緊張してるんじゃないのか?声、上擦ってるぞ?」
「そ、そんな事…ないよ。」
「おう、あるな。」
「…可愛くねぇ奴。」
「…可愛い奴。」
「ふんッ。言ってろ。ばか。」
プリプリ怒りながら、大股で歩く亜美は、
一度も手を離す事無く、俺を家へと連れて行った。
***
……………
通された部屋は(中略)。
吉幾三ばりのないない尽くしで、生活感が特に無かった。
-
「大丈夫。実家はちゃんとオシャレだから。」
「いや、それは、まあ、良いんだが…
ここのスペースに何か違和感がな…」
そう。俺が座っている場所は、どうにも奇妙だった。
元々、在るべきモノが無いというか…其処にムリヤリ作られた場所…の様な。
「ああ、そこはいつも炬燵があるんだ。
今日は暖かいし、竜児が来るから、邪魔だと思って片付けたの。違和感は、それじゃない?
…てか、流石、変態掃除魔…初めて来た彼女の家で、
最初に気になる事が、それ?」
と、言いながら、俺の隣に腰を下ろす亜美。
「おう。ダメなのか?」
「別に。それが、竜児だし。嫌いじゃないよ。」
いつかの様に、肩に頭を預けてくる。
亜美の旋毛は…右巻きなのか…
女の子の髪の匂いって…何故こうも良い匂いなんだろう…
日本未発売の最新限定リンスだったっけ?
フワフワでポカポカな匂いに、俺は、少し微睡んでいた。
「何か…眠い…時差ボケかな?」
「俺も…まだ眠い。寝不足だ。」
「このまま…お昼寝しよっか?」
「初めて来た彼女の家で、最初にする事としては…どうなんだ?」
「良いんじゃない?かなりバカップルっぽいけど…」
「そうか。」
「そう。てか…もう、亜美ちゃん限界…おやすみ。」
「おう。おやすみ。」
そのまま、2人寄り添う様にして、泥の様に眠りこけた。
−そして、しばらくして、足が酷く痛み、俺が先に目を覚ました。
いつの間にか、アグラを掻いた俺の膝を亜美が枕にしていた。
足は、痺れて感覚が無くなりつつあったが、気持ち良さそうな亜美の寝顔を見ると、
起こす事が、とても残酷な様に思えて、…そのままにしておいた。
- それでも…ヨダレはマズイだろうな、年頃の女の子が。
ましてや、こいつはモデルだし、起きた時、顔にヨダレの痕がついていたら、憤死するんじゃないだろうか?
そう思い、俺は、亜美を起こさない様に頑張りながら、 何とかポケットから、清潔なハンカチを取り出し、
そっと…その子供の様な、あどけない口の端を拭いてやった。 それから、さらにしばらく経って、流石に痺れが限界に達しそうになった時、
長すぎる睫毛に護られた瞳が、パチリと開いた。
キスもされていないのに、お姫様は眠りから醒めたのだった。
-
「おはよ。」
「おう。おはよう。
起き抜けに悪いんだが…頼みを聞いてくれないか?」
「え?何?」
「頭…上げてくれ。限界だ。」
「あ、あぁ!?ゴメン。スグどくから。」
お姫様は、あわてて飛び起きた。
「足…大丈夫?」
「おう。痺れてるだけだから、放っておけば、すぐ取れる。」
「ゴメン。いつの間にか…枕にしちゃって」
「気にすんなよ。疲れてたんだろ?」
「うん。ホント、ゴメン。」
「いいから。」
俺は、その場にスッと立ち上がり、ピョンピョンと軽く飛んでみせた。
「ほら、痺れも取れた。」
まだ、若干、鈍い違和感が、あるにはあるが、引きつる様な痺れは取れた。
-
「………」
すると、無言で亜美が、つん、と俺の足に触れてきた。
「おう?」
「ホントだ。いや、やせ我慢してるんじゃないかな?と思って。」
「…それで?してたらどうするつもりだったんだ?」
「竜児は、飛び上がったんじゃない?」
「お前は?」
「とりあえず笑う。あはははは。」
-
…何なんだ?一体。
「あははは。じゃねぇ。寝ぼけてんのか?」
「ん〜どうだろ?ちょっと、ボ〜っとしてるかも?」
「疲れてんのか?」
「ん…少し。竜児のおかげで大分リフレ−きゃあッ!?え、何?」
-
ホントにボ〜っとしていたので、不意打ち同然に、膝で半立ちになり、亜美の肩を抱いてやった。
「疲れてんなら…マッサージしてやるよ。」
「え?マッサージ?
……マッサージにかこつけて、いやらしい事する気でしょ?
シたいならシたいって言えば良いのに…」
- 「そんな台詞を吐いた事…後悔させてやる。
俺のマッサージは108式まであるぞ。」
「え?マジ?ガチマッサージ?
でも…それはそれでどうなのよ?
一緒の部屋に居て、そんな気が起きないなんて…あたしに対して、ものすごく失礼じゃない?」
「…いや、そんな気が、全く無くも無いぞ?二割位はある。
ただ、疲れてるみたいだから、とりあえずは普通にマッサージしてやろうと思って。」
「ふぅん。じゃあ、普通じゃないマッサージもするんだ?」
「…後でな。」
「二割っていうのが、気になるけど…解った。
あたしの身体、竜児に預けるから…好きにしてよ。」
「おう。」
***
「痛いッ痛い痛い。痛いってば…ちょ…聞いてる?」
「我慢しろ。痛いって事は、どっか悪いんだ。」
頭、顔、肩、腰、腿、と順番にもみほぐしている間、
ずっと静かにうたた寝していた亜美だったが、
足裏マッサージを敢行したとたんに、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
まあ、予想はしていたが…やっぱ身体の内側病んでたんだ…コイツ。
「信じらんない。親指一つでここまで、人を痛がらせるなんて。
マジ痛い。てか、どっかってドコ?」
「さあ?本でチラッと見ただけだからなぁ…
心臓だったか、肝臓だったか、胃だったか…腎臓だったかも?」
「ヒィ…痛い、イタタタタタ…アァ…ちょ、ヤメ…タイム、タイムだって…」
端正に整えられた顔が、苦痛に歪み…眉間には深い亀裂が刻まれていた。
何か…ゾクゾクする。
俺に、こんな趣味は絶対に無いはずだった。
人の嫌がる事をしてまで、己が欲求を満たそうとは、到底思わない。
でも…これは?俺は今、亜美の身体の為にツボを刺激している。
その結果、亜美の表情は苦痛に歪み、俺の加虐心を煽っている。
これは…何だ?
「くぅぅぅ……い、いい加減に…しろぉぉぉッ!!」
- スパコ〜ン
と、勢いよく、頭を叩かれた。
「おう。は、俺は一体?」
「一体?じゃねぇ〜っつの。亜美ちゃんを殺す気?
もう二度と立てなくなるトコだよ。超、超、超、痛かった。」
「面目ない。つい。」
「もう。それで、今のって何のツボなの?
すっげぇ、痛かったんですけど。」
「ええと。……聞かない方が良いんじゃないか?
俺も、適当な本で得た適当な知識だし。」
「…気になる。言って。」
「いや…でも。」
「いいから。言ってみなって。」
「……卵巣。」
「は?え?ら、卵巣?」
それきり、亜美は、固まって動かなくなってしまった。
やはり、言わない方が良かったのかもしれない。
が、言ってしまったものは、仕方ない。後の祭り、という奴である。
そして、解凍された亜美が、
「それって…すごくヤバくない?え?でも、毎月、ちゃんと来てるよ?
そういうのとは…また別?うそ…どうしよ…」
などと、聞いてもいないのに、プライベートな部分を赤裸々に暴露していた。
「いや、だから、悪いと決まった訳じゃ…
- 俺は、医者でも何でも無いんだし、そんなに心配しなくても…
そんなに気になるなら、一度、検索受けてみたらどうだ?」
「うん。そうする。
けど、今すぐはムリだよね?」
「まぁ、急がなくても良いとは思うが。」
「今すぐ、検査する方法があるには、あるんだけど…」
「ん?」
何か、コイツが何を言うか、解るような…
「使えるかどうか…試してみれば良いんじゃない?」
やっぱり。
「いや…それはどうだろうな。
- というか、疲れてるんじゃないのか?」
「疲れてるからこそ、シたいんじゃない。
…ヤなの?もしかして。」
「いや、望むところだけどよ。
何か、マッサージにかこつけて…になっちまったなぁと思って。」
-
「もう。つまんない事気にしないの。
あたしがシたい様にするんだから、竜児は横になっててよ。」
「お、おう。」
促されるまま、横になった俺の上に、
完璧、ヤル気満々な亜美が覆い被さってきたのであった。
つづく。
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