竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

あみもの-2



あみもの

――つむぐ 【紡ぐ】
(動ガ五[四])
綿・繭から繊維を引き出し、よりをかけて糸にする。
言葉を紡ぐ、紡ぎ出す思い

「うっわ、亜美ちゃんもうそんなに進んだの?はっや〜!あたしなんてまだぜんぜんだよ〜」

よく響く麻耶の声は、心地良いまどろみに沈みかける竜児の意識にもかろうじて届いていた。

「もう昨日から夢中になっちゃって〜、私ってこういうの、好きなんだ〜」

今日は昨日の晩の簡単炊き込みご飯が主役の秋色弁当。
多少冷えたとてそのしっかりとしみ込んだ旨みを残した秋の味わいは、大河のおかわりの魔の手から死守した甲斐もあったってもんだ。
そんなウマい弁当を食って、秋も深まる10月の昼下がり。なにともなく目蓋が降りてきてしまうのもしょうがない。
ぷつぷつと途切れ始める思考。やがて意識も―――

「ね、竜児!あれ!りゅうじってば!」

「ふぐっ」

沈まない。ああ、おれって今寝てんのかな、これ気持ちいいな、寝てるんだろうな、などと曖昧な夢見心地を堪能していた竜児の脳を、切れのある空手チョップが襲う。
昨日あれだけ明日の昼に残すからと説明したにも関わらずおかわりを要求し続け(いつもどおり2合分食ったにもかかわらず、だ)、
ついには冷蔵庫の大河用プリン二日分まで出してやっと収まったかのように思えた大河の機嫌を、またも損ねる事態が起こったのだろうか。
さっきまでの夢のようなまどろみは本当に夢だったのかもしれない。さらば穏やかな昼下がり、などと別れを惜しみ、大河の指さす方を振り返ってみる。

「おう、編み物・・・。川嶋たち、珍しいことやってるな」


「あの発情エロガキ三人組、今度はあんなミエミエの作戦でバカな男を釣ろうってわけね」

ケッ、っと顎をしゃくって目も合っていない相手を威嚇する大河をスルーし、寝起きの鋭い三白眼で編み物に講じる木原、香椎、川嶋の2C美少女三人組をにらむ。
毛糸で編み物なんてつまらねえ、やはり紡ぐ糸は娘の髪の毛と引き裂いた肌の繊維からと魔界じゃ相場は決まっている、などとはもちろん考えず。
ただ編み物をする女子への淡い憧れをぼんやりと胸に抱いているだけなのだ。
もしも、もしも自分の好きな女子が――櫛枝実乃梨が――自分のために手編みのマフラーなど編んでくれたら・・・。

「たっかすくぅん、なにぼんやりこっち見ちゃってんのぉ?」

気づけば亜美が目の前に。手にはなにやら上質そうな紺色の毛糸がついた編み針をくねくねと躍らせている。

「おう!?あ、ああ川嶋。お前編み物なんて出来たんだな、なんか意外っつかなんつーか」

「やっぱあ、編み物くらい女の子ならできちゃわないとぉ。好きな人に思いを込めて・・・なんてね」

くす、と口元を緩ませる亜美の悪戯な視線は竜児からゆっくりと大河へ。ねぇタイガー?と、挑発的に。

「な、なによ。私にだってできるわよ。編み物くらい。余裕よ、よ・ゆ・う」

偉そうに組んだ腕を解き、手真似で編み物をしてみせる大河の手はしかし滅茶苦茶な動き。
無理なら無理って言えばいいのに〜と、小笑いしながら席に戻る亜美を視線だけで突き殺さんばかりの勢いで睨みつけた大河のなんちゃって編み物は異様な加速を見せる。

「あんのエロバカチワワめが・・・」



高須家秋色ご飯週間第二弾の栗ご飯を三人でおいしく頂き、食器を全て洗い終えたあたりで、玄関が開く。
ちょっと家からとってくるものが、と食後のお茶もそこそこに出ていた大河が戻ってきたのだった。

「お前、それ・・・。帰りに用事が出来たからスーパー寄らずに別で帰るって言いだしたのはそれでか」

慣れた手つきでノールック食器並べを決めながら、感嘆ともあきれともつかぬ声を出した竜児の目線の先には大河の持った紙袋。
膨れ上がる見なれたチェックの紙袋の中からは水色の毛糸がちらちらとその頭をのぞかせる。
「ばかちーたちに感化されたわけじゃ決して、決っしてないんだけど。その、確かにいい作戦だし、北村君にあげたら喜ぶかな・・・と、思っ、て」

定位置に座り込むと大河は袋の中から毛糸やら針やらハサミやらといったどうやら一気に買いそろえたらしい編み物セットを広げ始める。

「そりゃ喜ぶだろうな。男の夢みたいなもんだし。」

「ほんと!?」

「ああ。誰だってそうだと思うぜ。でも大河お前、編み物できんのか?」

きょとんと竜児を見上げる大河の顔をみて、不安ははっきりと確信に。

「できるわけないじゃない。なんのためにここに持ってきたと思ってるのよ。竜児、おしえて!」
「はぁ・・・。あのな、おれもさすがに編み物まではやったことねえよ。たしかに主婦染みた高校生であることは自覚してるが、そこまでどっぷり主婦やってるわけじゃねえ」

「ええ!?あんたじゃあこれどうすんのよ。買っちゃったじゃない!」

「お前が勝手に買ってきたんじゃねえか!・・・とにかく編み物本みたいなもんを買ってくるしかねえんじゃねえか。俺らだけじゃどうしようもねえ」

「そ、そうね」
迫る冬にまだ負けぬとばかり秋虫たちが鳴きかわす10月の夜に、足音が二つ。

「失礼しましたー」

放課後、最近では珍しく一人歩く大橋高校1,2を争う凶悪ヤンキー高須竜児は、そろそろ時期も終わる秋の紅葉に掛けて職員室を血の海にした帰り、ではもちろんない。
担任の恋ヶ窪ゆり(晴れて三十路突入、同時に独神と生徒から崇められ始めた)に週直の日誌を提出しに行っただけである。

「わわわわわたしなんてもう三十路だし、絞ってもストレスと加齢でドロドロになった汚い血しかあわわわあああ」

などと竜児の突然の訪問に怯えきっていた独神とはあまり関わらないように用件だけを済ませ、まだ4時半だと言うのに日もすっかり傾ききったグラウンドをぼんやりと眺めてみる。
「ハッ、今日はかのう屋の特売タイムセールだった!しまったあああ」

さっさと机を整頓して帰ろうなどと考えながらあわてて教室のドアを開ける。

「・・・川嶋?」

「あ、高須君」

「珍しいな、お前が一人で残ってるなんて。」

どうやら木原も香椎も一緒ではないらしい。実乃梨はもちろん部活だし、大河も亜美に感化されて編み物を始めて以来何度も失敗しながら(そのたびに竜児が驚異的な飲み込みの良さで修正していた)
ようやく基本の編み方がモノになり、それからというもの学校が終わるなり家で毛糸と針相手に奮闘中だ。もちろん大河に関してはよほどのことがない限り亜美と学校に残るなんてことはしないだろうが。

「出来たんだー、これ」

亜美が紙袋から取り出したのは綺麗な紺色のマフラー。丁寧に編まれたのが傍目でもわかる。夕日に照らされて、肌ざわりのよさそうな毛糸は黒っぽく艶めく。

「おう、先週からやってたやつか。綺麗に出来てるじゃねーか。」

「大変なんだぜー今。お前が大河にけしかけるからよ、あいつもマフラー編み始めたんだけどこれがへたくそで・・・、川嶋?」

ガチャガチャと乱れた机と教卓を整頓しながらふと見た亜美の表情は物憂げで、竜児は思わず手を止めてしまう。
「・・・どうした?」

「ねぇ、これ。高須君にあげる・・・」

丁寧に両手ですくい上げるようにしてマフラーを取り上げ、亜美はゆっくりと竜児に近づく。夕日に照らされた伏し目がちの表情は、その手のマフラーよりも艶っぽく、透き通るよう。

「か、川嶋?」

あまりの美しさに一瞬息を飲み、躊躇なく目の前まで歩みを進める亜美に思わずのけぞり、自分で整頓したばかりの教卓にぶつかる。
教卓の脚がこすれる音が鈍く教室に響く。まるでキスをするときの恋人同士みたいに、亜美の両腕が竜児の首に回される。

「・・・っ」

息ができない。半年近くほとんど共同生活、疑似家族を形成していた大河とも、間違ってもこんな距離感で接したことなどない。どうしていいかわからない。
ゆっくりとマフラーを竜児の首に一巻き。滑らかで優しい毛糸の感触と、かすかな亜美のにおい。顔が近い。距離がない。頭が沸騰してどうにかなりそうだ。これはまずいんじゃないのか。
「私の気持ち、こめて編んだんだ」

竜児を見上げる潤んだチワワ目と一瞬だけ目が合ってしまい、とっさに目をそらす。夕日が真赤だ。眩しくて目があかない。だがもしかしたら俺の顔はもっと赤い。

「川島・・・ぐっ!」

「なぁーんて、言ったらどうするぅー?」

首にぐるりとまいたマフラーの両端を亜美が締め上げる。その顔に憂げな少女の表情はなく、あるのは悪戯な小悪魔の微笑みだけ。

「顔真っ赤にしちゃってぇーなに考えてたの?」

「お、おっおまえが!!へんなことすっからだろうが!」

思わず大きな声を出してしまう。顔が熱いのはおちょくられた恥ずかしさか、それとも。

「なーにムキになっちゃって。つまんないな」
しらけるー、と呟きながら亜美は自分の席へ。バッグを肩にかけ、いつものぶすっとした黒亜美モードに表情変化、つかつかと竜児の方へ戻ってくる。

「これ、返してよ。私の。高須君にはもったいないくらいの良い毛糸使ってるんだから」

首元から片手でするりとマフラーを抜き取り、ドアの前で振り向いた亜美の表情は今度は鉄仮面の営業スマイル。

「からかっちゃってごめんね、高須君。また明日♪」

「なんなんだよ・・・。顔コロコロ変えて」


その後、なぜか何度教室中の机を整頓しても落ち着かなくて納得いかなくて、結局かのう屋のタイムセールに乗り遅れ、
いろんな意味で疲れ果てて家路についた竜児を待ち受けるのが、もはや原形をとどめぬ水色毛糸の塊であることを、まだ彼は知らない。

おしまい