竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫
   

 

Carnation,Lily,Lily,Rose


けたたましい音に、うんざりして手を伸ばす。
最初はお上品に鳥の声を流すそれは、ある程度放置されると臍を曲げて騒ぎ出す代物だ。
いつもは、鳥の声で目覚めるのに、今日はどうやら目覚めが悪いみたい。
何度かパタパタと手を上下させて、ようやく静けさを取り戻す。
なんだか、おなかの辺りが重苦しい。
頭はまだ眠っているみたい。
昨日は… なんだっけ?
ああ、そうだ。 新歓コンパとか称してお酒を飲まされたんだっけ…。
それで… それで…

「!!」

稲妻の様に記憶がよみがえり、勢いよく頭を起こした。
やっぱりだ。
おなかが重苦しいのも当たり前だ。
そこにはやや栗毛色がかったふわふわの髪の毛が広がっていた。

「くぉんの、チビトラァ…。」

めちゃくちゃいい笑顔で寝てやがる。 あんな事があったってのに、なんつー幸せそうな…。
ってか、なんであたしの上で寝てんだコイツ。
亜美ちゃん、ちょームカついた。

「おきやがれ、このクソチビがぁーーー」

怒号一閃、渾身の力で布団をひっぱがしてやった。


    Carnation,Lily,Lily,Rose   Scene.1


手乗りタイガーはころころと転がったけど、キングサイズのベッドのお陰で転落は免れた。
もそもそ蠢くソレは無視して、時計を見直す。
今日の講義はあたしもタイガーも午後からだ。 
大学生活は始まったばかりで、まだ生活のリズムが出来てない。
それに、仕事さえなければ、大学という所は割と時間の融通が利く。
お陰で、すこしばかり時間にルーズになってしまったみたい…。
目覚ましの時間をセットし直すのを忘れていた。

危ない、危ない。 逆のシチュエーションなら即寝坊だ。
昨夜、寝たのは… いや、今日だ。 それに夜というより朝だった。

「あふっ… んぁああ〜〜。 ……ぁら。 ばかちー おはよ。」

「おはよ。 っじゃねーっつの。 なんであんた、あたしのベッドに入ってくんのさ。」

「ん〜〜? あんたのベッド? だって、こっちの部屋のほうが居心地いいんだもん。 ばかちーのくせに細かいこと気にすんな。」

「ちょ、ちゃんと話し合って決めたでしょ、部屋割り。 っていうか、家賃殆どあたしが出してるんだから、あたしが大きい部屋使うのが筋だろがっ。」

「部屋の大きさなんて言ってない。 ばかちーが居る部屋のが居心地いいの。」

「なっ… な、なにいってんのさ!」

「あ、赤くなった。」

「……てんめー、窓から東京湾に捨てっぞ、こらぁ!」

朝からムダに体力を消耗するドタバタを演じつつ、
今日ばかりは、『なんでこんな事になっちゃったんだろう』と思わずには居られなかった。


大橋高校2年の冬。 あたしと実乃梨ちゃんは修学旅行で大喧嘩をした。
その後だった。 高須君とタイガーと実乃梨ちゃんが目に見えてギクシャクし始めたのは。
どう考えても、あたしのせいだ。
焦ったあたしは、最後の手段に訴えざるを得なかった。
その手段ってのは、真っ向勝負で高須君に迫ること。
そうすれば、タイガーも実乃梨ちゃんも、譲り合いをしている場合じゃなくなって、素直になれるんじゃないかと思ったんだ。
けれど、完全に予想が外れてしまった。
タイガーが、あたしに対してまで、全速力で身を引きやがった。
都合、あたしは、実乃梨ちゃんと一騎打ちになっちゃって…。
自身のプライドと、喧嘩のしこりもあって、引くに引けなくなったあたしは、必死になって高須君の気を引こうとした。 たぶん、あわよくば、なんて心の底では思ってたんだろう。
でも、ルックスだけが取り得のあたしが実乃梨ちゃんに敵う筈も無く、見事に完全敗北した。
そして、高須君と実乃梨ちゃんは結ばれた。
作戦通りだった。
作戦通りだったけど、あたしは自分が思ってるより、高須君の事が好きだったらしく。
やせ我慢して平気な面を取り繕うとしたあたしは、実にあっさりと、壊れてしまった。

そして、その挙動不審になったあたしを救ってくれたのが、タイガーだった。
あいつはあたしの思惑に気がついてやがった。 けれど、あたしが壊れちまう程、高須君の事
が好きだとは思ってなかったらしい。 そりゃそうだ。 あたしだって知らなかったんだから。
あいつは、一晩中、泣き喚くあたしの傍にいてくれた。
それは傷の舐めあいだったのかもしれないけれど、こんなあたしのことを本気で心配してくれる奴がいるんだって事が、あたしはたまらなく嬉しかったんだ。

それから、あたしとタイガーはクラスは離れてしまっていたけれど、同じクラスに居たときよりも、 一緒に居ることが多くなった。
それに、タイガーのお陰で、実乃梨ちゃんともなんとか関係修復が出来たし、一時は、あたしを 避けるようになっていた高須君とも自然に話せるようになった。
それにしても、あのクソお人好しなヤンキー面は、これ以上あたしを傷つけないようにと思って、 避けていたってんだから朴念仁もここに極まれりって感じで、むしろ実乃梨ちゃんが気の毒に思 えてしまったものだ。
そんなこんなで、大橋高校の最後の一年が過ぎて、あたし達はそれぞれの道に進んでいった。
…筈だった。

あたしは奇跡的に第一志望にしていた私大に合格した。
一方、タイガーもあたしと同じ大学を受けていて、学部は違ったが、合格していた。
そしてあいつは、後でよりランクの高い大学に受かったにもかかわらず、そっちの大学の入学
手続きはせず、事も無げにこう言ったのだ。

「たいして偏差値かわんないし、ばかちーからかってたほうが面白いもん。」

そうして、あたし『達』の大学生活が始まった。

大学生活を始めるにあたって、あたしとタイガーの利害が最初に一致したのは住処の件だった。
タイガーはなにか思惑があるのか、母親とは離れて暮らしたい様子だったし、あたしもまた、一人前になるまで、家に帰りたくなかった。
3月に入ると、あたしは、大学受験のために休んでいた仕事を本格的に再開した。
すると、受験で殆ど仕事をしていなかったのが、逆に市場の飢餓感をあおったのか、復帰第一号 となったファッション誌は文字通り秒殺され、ちょっとした話題になった。
そして、その後はあっという間だった。 あたしはたちどころに『話題の人』になり、大学に通い始める頃には人気が爆発していた。
特に4月からオンエアされているCMの反響は凄く、出演依頼も捌き切れないほど来はじめているらしい。 そんな訳で、パパラッチ対策という仕事上の要求もあって、どこかのマンションを借りたほうがいいという話になった。 まさに渡りに船。

かくて、あたしとタイガーはルームシェアして共同生活をすることにしたのだった。
ちょっと長くなってしまったが、これがこれまでの物語。
だが、重要なのは、共同生活が始まってからの、いや、とりわけ昨晩の出来事の方なんだ…。

くの字に折れ曲がったちょっと変わった形のフラット。 一番端の、コンサバトリーに面した大きな部屋があたしの部屋で、洗面所と浴室を挟んでタイガーの部屋。 その先にも一つ部屋があって その更に先に約100平米のLDKがある。 全部の部屋が東京湾に面していて、玄関もトイレも 2箇所づつ。ついでにお風呂も東京湾の夜景を見下ろしながら入れる、ほぼ全面ガラスといっていい大きな窓がついている。 地上48階立てのビルの最上階にあるこの部屋は、値段相応の 快適さを誇っていた。

「せっかく目、覚ましたんだから、おきちゃいなよ。」

「…ねむいぃ。」

「ったく。 いつまで経ってもガキなんだから。  ほらほら、今起きたら、特別に朝食作ってやる からさ。」

「ほんと? ばかちー。」 「ほんと、ほんと。」 「…わかった。」

…疲れる。
本当は今日の朝食当番はタイガーの番だった。 生活能力が皆無のあたし達は、共同生活を始めるにあたって、家事は公平に分担し、お互いに切磋琢磨しあって、人並みに家事の出来る 女になろうと誓い合った。

けど、ふたを開けてみて一ヶ月。
一週間に5日はあたしが家事をやっている。 
本気でこのチビトラは依存体質にできてるらしい。
そして、なんとなく面倒を見てやりたくなるような、一種悪魔的な可愛らしさがあった。
半分眠りながら、ダイニングにちょこんと鎮座していると、まるでフランス人形のようだ。

「できたよ、チビトラ。」

「うん。 …なに、これ、ばかちー。」

「……目玉焼きよ。」

「…こっちは?」

「……みりゃわかんだろ。 トーストよ、トースト。」

「トーストというよりトーテン…」

「食っても死なねっつの!  てか、文句言うんなら食うな!」

「スープはまともだ…。」 「わざと言ってんのかよ… そりゃインスタントだよ。」

とはいえ、タイガーはいつも文句は言うが残さず食べる。 決して美味しくは無いのに。
たぶん、一応は感謝してくれているのだと、思う。

「今日の講義さ、ばかちーも午後からだよね?」

「うん? そうだけど。」

「なんで、こんなに早く起きたの?」

「起きたんじゃなくて、苦しくて目が覚めたのよ。 誰かさんの頭が重くてね。」

「あ、ばかちーTVつけて。」

おぃ。 自分に都合悪いことは華麗にスルーかよ。
ってか、オメーの方がリモコン近いじゃん。 と思いつつも、手を伸ばしてTVをつける。
65インチのプラズマTVに国営放送の天気予報が映る。

「夜には雨かぁ。 傘もってった方がいいかな。  そういえば、ばかちー今夜仕事だっけ?」

「うん、それなんだけど、今日はどうせ打合せだから、せっかく早起きしたし、午前中にずらしてもらおうかなって。」

「へー そんな事できるんだ。」

「いや、普通は無理だよ。 でも今日は皆、午前中空いてた筈だから。」

「そっか。 んじゃ、今晩は私がごはん作るね。 だから、ちゃんと帰ってくんのよ、駄犬。」

口では駄犬とか言ってるけど、これはチビトラ流の照れ隠し。
こいつもあたしと同じ、本質的には寂しがりやなんだと思う。

「あのねぇ、そもそも今日はあんたの当番じゃん。」

「だから作るって言ってるんじゃない。 文句あんの?」

「はいはい。 なるべく早く帰るね。 あんた一人にやらせると、血まみれの料理でてきそうだし。」

「うっさい、馬鹿にすんな。」

「…してないよ。」 出来るだけ優しく言ってやる。 実際、馬鹿になんてしてない。

「ん、ぐ。」 あはっ 照れてる照れてる。

「じゃ、あたし、シャワー浴びたら出掛けるから、片付けお願いしていい?」

「うん。 そのくらいはサービスしてあげるわ。」

一旦、部屋に戻ってマネージャーに電話する。 OK。 予定の繰上げは歓迎されることが多い。
洗面所で改めて自分の顔を見た。やっぱりクマができてる。
まずいなぁ、と思いながら手早く服を脱ぐ。
このバスルームは洗面所側も全面シースルーになっていて、日中はやたら明るい。
大きな鏡に映った朝日に照らされる自分の裸身を見て、あたしは昨夜のことを思い出していた。 

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昨日は大変だった。
この春、一気に話題の人になってしまったあたしは、学内ではなるべく目立ちたくなかったのでサークル活動とかには所属しないつもりだった。
だが、チビトラが講義で知り合った学生に半ば拉致状態で連れ込まれて、結果、あたしまで巻き込まれてしまった。
タイガーが焦った声で電話を掛けてきやがって、あたしは大慌てで呼び出された場所に行った。
電話口のタイガーはすっかりテンパっていて、こいつぁヤバイと直感した。
あいつは大人しくさえしてれば、ぶっちゃけあたしと大差ないくらい可愛い。
なもんだから、かなりしつこく勧誘されたんじゃないかと思った。
あるいは逆に、ここでタイガーが暴れだして、新たな伝説が誕生しても拙い。 
だが。
自惚れでもなんでもなく、あたしの出現はタイガー以上にセンセーショナルだって事が、あたしはすっぽり頭から抜けていたんだ。

大学の敷地の一番奥まった所にあるホールに、特徴的な小柄なシルエットを発見する。

「大河!」

「え? 川嶋 …亜美?」

「うっそだろ… 逢坂さんの友達って…。」

「ちょ、ちょっとまって。 ばかちーと川嶋亜美って、全然結びつかないんだけど…。」

こ、こいつは。 初対面の相手にあたしのこと、『ばかちー』って紹介してんのかよ…。
マジありえねぇ。

「あ、逢坂さん、これ、どういう事?」

悪質な勧誘を受けてた訳ではなさそうだ。 あたしは問い質そうとしたが、当然もう手遅れだった。

「うんとね、…勢いに流されて、ばかちーと一緒なら入ってもいいって言っちゃった。」

それ、反故になさい。 今すぐ、直ちに、たちどころに、間髪居れずに! 
と言いたかったが、もうすっかり舞い上がっているメンバーの皆さんの前で、そんな厳しい台詞を吐く訳にはいかない。
猫かぶり的に。

「ちょっとまって、逢坂さん。 あたし、なんの説明も聞いてないんだから、すぐには決められないわ。 だから、今日は保留にさせてもらって…。」

うっ…。 メンバーの皆さんの視線が痛い。

「やっぱり、そんな都合よく亜美ちゃんとお近づきにはなれないか〜。」「私等とは住む世界が違う もんね。」「まさに高嶺の花だよ。 うん、一瞬だけど、いい夢見させてもらった…。」

断られる前提の話になってる。 たしかに断る気満々なんだけど。
そんなにあからさまにがっかりされると、ちょー可愛くて、ちょー良い子な亜美ちゃん的には無視し 難いじゃねーかよ。 ってか、こいつら計算済みだろ。 あたし以上に腹黒なんじゃね?

「ばかちー、ごめん、私つい口がすべっちゃって…。」と、あたしにしか聞こえない声で呟くタイガー。
って、お前がそこでシュンとすんなよ。 よけい心が痛くなるじゃん…。
もう。 しょうがない。
大河が入ってもいいって思ったんなら、少なくともおかしなサークルではないだろう。

「あの、じゃあ、あたし、仕事とかで幽霊になっちゃうかもしれませんけど、それでよかったら…。」

これしかない。 別に出席を強要されるわけじゃないだろうから、幽霊サークル員になればいい。
みんなの顔がぱっと輝き、直後に歓声が上がる。
自分のナルシーな部分が、「さあ、心して喜べよ愚民共。 この亜美ちゃん様が所属してやるんだ
からなぁ。」とのたまって、微妙に心が沸くのがちょっと情けない夕暮れだった。


そして、そのままなし崩し的に第二回新歓コンパと称する飲み会になった。
運悪く仕事は入ってなくて、ちやほやされて舞い上がったタイガーが正直にあたしが暇なのを言ってしまったのだ。
人間関係がリセットされた大学では、逢坂大河は凶暴な手乗りタイガーではなくて、ちっちゃくて超可愛い新入生に過ぎない。 あまりちやほやされるのに慣れてないタイガーはその状況にすっかりテンパッてる。 そして、その様や、ドジっぷりが更に皆の『可愛がり』に拍車をかけた。
おかげで、タイガーは普段の聡明さがすっかり失われ、失言しまくって、あたしの立場は急転落だ。
要するに、猫かぶってるあたしには、タイガーの口を塞ぐ手立てがなかったって訳。

「川嶋さんって、案外親しみ易いんだー。 正直もっとお高くとまってるかと思ってたー。」

「毒舌なんて無問題。 一つ二つ欠点なかったら、かえって可愛くねーべ。」

「いや違うな、貴様、間違っているぞ! 俺はせっかくだからその『毒舌』ってやつで罵ってもらうぜ。 
これこそが漢のジャスティス!」

「うはっ、でたな! M男!」 「あはははは、きもーーーーい!」

おもいっきり猫かぶりがリークされた。 
人の口に戸は立てられない。 事務所にバレたらめちゃくちゃ怒られそうな事態なんだけど、それでもあたしは実際に性悪チワワぶりを発揮して、タイガーの口を止めるって選択肢は採れないで居た。
けれど、今回はその小心さが功を奏したようだ。

「みんな、聞いてくれ。 今日、この場で明らかになった川嶋さんの秘密は絶対に他言無用。 俺達 の仲間の尊厳は、神の名の下に俺達が守る。 いいなー、みんな。」

会長が芝居がかった様子で宣言する。 神の名の下にって所が、いかにもこの大学らしい。
共通する秘密を持つってのは、コミュニティーの絆を深める常套手段。
この会長、なかなか才能があるみたいだ。
それと、ちょっとだけ、仲間って響きに心が揺れた。 


そうこうするうちに、宴もたけなわとなって、そろそろ酔っ払いが出てくる頃合になる。

「飲んでるかーーーー、ばかちーーーーー!」

叫び声と一緒にクロスチョップが飛んでくる。
あたしは仕事の関係でちょっとは飲んだことがあったから、上手いことペース配分していたけど、 何時の間にお酒を口にしたのか、タイガーがべろんべろんになっていた。

「でへへへ。 私、ばかちーよりも可愛いって。 ねぇ、ばかちー、悔しい? 悔しい?」

ダメだコイツ。

「はいはい。 大河はあたしよりずっと可愛いよ。」 あきれているようで、実は本心だったりする。
「む〜〜〜。 なによ、その余裕は……。」 膨れた。 酔っ払いの相手は大変だ。

「その余裕の源はぁ〜〜  閃いた!  こぉーこかぁーーーーー!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

サークルの全員がどよめいた。
それもそのはず、タイガーはあたしの胸を両手で鷲掴みにしていた。
あたしはあまりの事に固まって、反応できたのはタイガーに数回乳を揉まれた後だった。

「なっ、なにしやがんだ、このバカトラーーーー!」

「おおおおおおおおおおおおお!」

で、おもいっきり地がでてしまった。 にしても、なんでそこで感嘆すんだよ…。
その後はすっかりカオスな展開になってしまったけど、正直、こんなに笑ったのは久しぶりで、ちょっと だけ、サークル活動って楽しいかもと思ってしまった。
実際、おぼっちゃん学校っぽいところがある本学は学生の質もいいのか、サークルのメンバーはみな 好人物だったし。
それに、信じ難いことに、結局本性を晒してしまったあたしに、皆、やんややんやの声援をくれた。
M男先輩に至っては、「姫ー! 俺を、俺を踏んでくださーーーい!」 と叫んで飛び込み前回り受身をしてくるし…。 しかも上半身裸にネクタイ締めて…。 マジで変態だった。
この学校に通い始めて一ヶ月弱。 
大学ってすごい所だって、やっと実感させてくれた新歓コンパだった。
ところで、チビトラのやつがどうなったかって言うと。
最後の三本締めが終わった所で、いきなり吐きそうになって、近くにいた女の子にすばやくトイレに護送されていった。 あたしもすぐに後を追ったが、その女の子は凄くてきぱきとタイガーを介抱してくれて、あたしの出る幕は無かった。
みんなに「トウコちゃん」と呼ばれていたその子は、結局、あたしとタイガーがタクシーに乗るまで、介抱を手伝ってくれた。
特別美人じゃないけど清楚な感じで、あたしと同じくらい綺麗なロングヘアーの彼女は、あたし達と同じく一年で、東北出身だとはっきりわかるくらい訛っている。
そして、別れ際、その子はおずおずと『友達になりたい』と告げてきた。
もちろん、断る理由なんて無い。
不思議なものだ。
一度殻を破ってしまえば、なんてことは無い。 こんなにも自然に、人と触れ合えるんだ。

帰りのタクシーの中、酩酊する天使のかわいい頬に、
あたしはこっそり感謝のキスをした。


そして、なんとかマンションまでたどり着き、めちゃくちゃ苦労して、タイガーを部屋のベッドに横たえた時に、事件は起きた。
いきなり、かぱっと目をあけたタイガーは酔っ払い特有の目つきであたしの首に手を掛けると、一気に引き倒された。
あたしもジムで鍛えてるから、身体能力にはそこそこ自信があるけど、このチビは次元が違う。
マジで男並みに力があるんだ。
あたしはあっという間に、チビトラに組み敷かれてしまった。
20cm以上も小さい相手に、大の字にベッドに張り付けにされるのは、はっきり言って屈辱的だ。
でも、本気になったタイガーとの力の差は歴然で、あたしは身じろぎするのが精一杯。
そのまま寝せようと思ってたから、部屋の灯りは点けてない。
月明かりだけの部屋のベッド。 足を開かされて馬乗りされれば、女の本能が恐怖を訴える。
お酒で目の据わったチビトラが、口を開く。

「ばかちーに、キスされた夢をみた…。」

夢じゃない。 たしかにキスをした。

「だから、お返し。」 恐怖に目を閉じる。
…おでこだった… 唇を奪われるかと思って、恐怖したが、流石にそれは無かった。
ほっとしたあたしを見て、チビトラが邪悪に微笑む。 ヤバイ。 こいつ完全にラリってる。
次のキスは首だった。
見た目はふわふわだが、やや硬い髪の毛が私をくすぐる。
チビトラのキスは降り止まない。
やがて、あたしは両腕を頭の上で組むようにタイガーに片手で押さえられ、空いたほうの手で衣服を はがされた。

「ばかちーのおっぱい、おっきい… それに、すごく柔らかい。」

いつの間にかブラもはがされ、胸が曝け出されてた。
タイガーの柔らかい唇と、髪の毛が私の肌を刺激する。
首筋、喉元、肩口、そして乳房へと、タイガーのキスが降りしきる。
自分でも知らなかった性感帯を刺激され、あたしの脳幹は蕩けていく。
どこからか聞こえてくる甘い声が、自分の声だと気がついた時には、あたしはもう抵抗する力を失っていた。


「ばかちー、ひくひくしてるよ。」 くすくす笑いながらそんな事を囁く。
急に胸を激しく揉まれて、あたしは大きな声で啼く。
自慰をしたことは有った。
けれど今は、次にどこを刺激されるかわからない。 
たったこれだけの違いが、これほどあたしを興奮させるとは。
それと、こうして征服されていくことも、あたしを興奮させている要因の一つなのかもしれない。
抵抗力を完全に喪失したことを確信したのか、タイガーはあたしの手を押さえていた手も、あたしの 体を燃やし尽くす為に使い出す。

「竜児も、こんな風に胸を揉むのかな…。」 耳元で紡がれる囁き。
反則だ。
それからタイガーは、何度も『竜児』という単語を囁く。
淫靡な雌の匂いにあてられたのか、トロンとした目であたしを見下ろしながら。
その単語が届く度に、三白眼の男の面影が脳裏にちらつく。
こんなの無理だ。
とてもじゃないけど、耐えられない。
執拗に繰り返される愛撫。
上半身しか刺激されていないのにも関わらず、永遠とも思えるほどに繰り返されたそれに、
あたしは今にも達しそうになっていた。
そしてついに、愛撫は下半身に近づいていき…
ショーツを押し上げる丘にチビトラの指が達した時、あたしは無様に激しく身を震わせた。
けれど、タイガーの愛撫は止まらない。

「かわいい…。」 言葉とは裏腹に、残酷にもタイガーの指はショーツの隙間から、腫上った一番敏感な部分を
探し当て、容赦なく愛撫する。
それはもう嬌声というより悲鳴。

「ぅあっ ああっらぁ めて、 いぁあっ あぁぁ しん ぅあっ じゃ、ぅう ああっぁ」

呂律は回らず、何を言いたいのかも定かでないが、必死で声を上げる。
けれど、タイガーは止まらない。
ただ、ただ、タイガーはあたしの様子にも気付かずに、目の前の裸身を征服し続けているのか。
絶頂に身を震わせるあたしを、それまでと変わらずに刺激し続ける。
朦朧とする意識の中、その異常性に理性がほんの少し目を覚ました。
一心不乱にあたしの体を貪る小さな影を見上げる。
大河の顔は下を向き、髪の毛に隠されている。
僅かに体が傾き、そのちいさな顔に月明かりが差し込んだ。
白濁していた意識が、たちまちのうちにクリアになっていく。
快楽に歪んだ心が、凍りつく。

大河は泣いていた。 泣いていたのだ。

そして、いままで自分の嬌声で掻き消されていた、搾り出すような小さな悲鳴。

「竜児…、竜児…、竜児…」

その瞬間、あたしの心は空っぽになった。 唯一つ、目の前の少女への想いを除いて。


あたしは、でも、抱きしめるしかできなかった。
たぶん、大河は本格的にお酒を飲んだのはこれが始めてなんだろう。
アルコールは心を裸にする。
いったい、どんな気持ちだったのか。
たぶん、大河はあたしに慰めてほしかったんだ。 ずっと黙っていたけど、独りで寂しかったんだ。
あたしはどうしようもないクズだ。
コイツが辛くない筈なんかない。 
けれど、あの日、あたしが号泣した日、先に泣かれてしまったら、自分のために泣くことなんて、コイツにできる筈が無い。 馬鹿みたいに相手を思いやるコイツが泣ける筈がないんだ。
それなのにあたしは自分だけ助けてもらって…。

―――友達面してたんだ。

こんな最低な人間、見たことが無い。
けれど。
そんなあたしの事を、大河は欲しがっている。 
言葉はもう無い。 いまさら言える事なんて無い。
ただ、一緒にいてやること、それだけがあたしに出来る事なんだ。

「ばかちー… なんで泣いてるの?」

「そんなの…しらないよ、バカトラ。」

「やっぱ、ばかちーは馬鹿だね。 だから、ばかちーなんだ。」

それからあたしはゆっくりと大河の服を剥ぎ取った。
ちいさいけど、女の子らしい胸がはだける。
大河はむずかるように胸を隠そうとするけど、そんなの許さない。
今度はあたしが抱きしめてやる番なんだから。
今はこの小さな体がどうしようもなく愛おしい。
青い月に照らされて、二つの傷ついた魂が溶け合う。
男だとか、女だとか関係ない。 
ただ失われた欠片を求める二人は、互いの優しさで隙間を埋めるしかないのだ。


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昨夜の情事の痕をすっかり洗い流し、洗面所に帰還する。

―――なんでこんな事になっちゃったんだろう。

あたしは正常だ。
決して女の子が好きってことはない。
男にちやほやされると、たまらなく気分がいい。
無改造という条件なら、ほぼ間違いなく芸能界に並ぶものが居ないこの美貌は、男をたぶらかす為に あるといっても過言ではない。
けれど、今日のけろっとした大河の様子に多少なりとも落胆してるのも事実だ。
あんな事があったのに、実にいつもどおりの朝の風景。
夢だと思ってるんじゃあるまいか? そんな想像さえしてしまう。
濡れた髪を、チューブワームが並んでいるような超吸水性タオルで巻き込み、纏める。
…そういえば、大河の部屋のシーツ。
あたしの愛液で汚れてるんじゃなかろうか?と思い出す。
洗面所を出て、大河の部屋のシーツを確認する。 やっぱり濡れている。
急いでシーツを引っ剥がした。 今ならシミにならずに済みそうだ。
そこまで行動して、あれ? と思い起こす。
今日の家事当番は大河だ。
さすがに洗濯くらいはやらせるべきじゃないかと思い直した。
そこでとりあえず身支度をしてしまうことにした。
出掛けに叩きつけてやらないと、またあたしがやらされる羽目になるからだ。
チビトラの依存体質が只事では無いのは、この一ヶ月で思い知った。
高須君って、マジスゲー奴だったんだなと、しみじみ思う。
身支度を終える頃、おおむね髪も乾く。 この超吸水性タオル、見た目はキモイが優れものだ。


丸めたシーツとセリーヌのバッグを抱えてリビングに戻る。
手乗りタイガーはソファーにちょこんと腰掛けて自堕落にテレビを見ていた。
片付けが中途半端だ。 シンクに食器が残ってる。

「あんたさ、洗い物くらいちゃんとやりなよ。」

「また食器割ったら、ばかちー怒るくせに。」

割るのが前提なのかよ。

「べつに割らなきゃいいだけでしょうが。 だいたいさ、食器洗い乾燥機に入れるだけなのに、なんで 割っちゃうかな。」

「割らない保障ないじゃない。」 「そりゃ、そんなの無いけどさ、そんな事いってたらいつまでも何も できないままだよ。 あたしら、誓ったじゃん。 家事の出来るまともな女になるってさ。」

「しかたないわね、特別にやってあげるわよ。 割っても怒んなよ、駄犬。」

「はいはい。 怒んないよ。」

「あと、タイガーこれもお願い。 シーツ洗っといて。 洗濯機の使い方は覚えたよね。」

「うん。   これ…。」

流石になんか反応するかな?

「よごしたのあんたじゃない。 なんで私が洗濯すんのよ。」

「だぁから、当番にしただろが。 で、今日の当番はあんた。 以上説明終わり。」

「ふ…ん。」

どういう神経してんだ、こいつ。 高須君、あたし、あんたのこと本気で尊敬するわ。

「じゃ、頼んだよ、あたし、もう行くからね。」

「しょうがないな、やってあげるわ。」

溜息をつきつつ、玄関に向かおうとすると、後ろから小さな声が聞こえた。

「ばかちー…。」

「今度は何?」

「……ありがと。」
「はぁ? なに、急に。 なんの話よ。」


「……だからっ、昨日の夜はありがとうっていってんの!」

小さな声に振り向いてタイガーのほうを見ていたあたしは、あわてて玄関の方を向いた。

「な、なにいってんのよ…。  亜美ちゃん、意味わかんねー。」

そう吐き出しながら


あたしは顔が笑っちゃうのを抑えることができなかった。



                       Scene.1   - Cut -