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伝えたい言葉(7)
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恋をした。
そして一年以上想い続けて、失恋…端的に言うならフラれた。
いや、フラれた…じゃねぇ。
あれは…牽制だった。
櫛枝実乃梨…。
好きで焦がれて…段々と仲良くなれて舞い上がって、想いを告げようとしたら……叩き落とされた。
『私を好きにならないで…』
-
と、遠回しに言われた。
その直後から体調を崩して、しばらくの間は忘れる事が出来た。
胸の中に残った失恋の痛みを。
冬休みの間は…そんな感じだった。
でも、体調が日増しに良くなり、聖夜祭の夜の事を考える余裕が出て来ると……駄目だった。
自分の何かが悪かったのかもしれない…。
櫛枝は俺の事を…友達以上には見てなかった…。
他に好きな奴が居るんじゃないか。
そんな事ばかり考えて…墜ちていく。
正直参っていた。
翌日からは学校。
櫛枝とまともに接する為の準備…心構えなんか出来ず終い。
最終日は、ほぼ自室に籠っていただけ…。
そんな時だった。
川嶋亜美がやって来たのは……。
- .
俺は川嶋と寝てしまった…。それも二度も。 最初の一度目は彼女の『初めて』を奪ってしまった。 そして、二度目は前夜の事。
失恋の辛い胸の内を彼女に告げたら、同情したのか…優しく包んでくれて……誘われるままに再び寝てしまった。
彼女が簡単に身体を許す様な奴では無いと俺は思う。 川嶋は俺の事を好きだと言っていた。
行動、言動。それらからも、それが偽りの無い事実だと分かっている。 行為を通して彼女は俺から『辛い事』を忘れさせ、癒して、包んでくれた。
そして気付いた。 情は情でも『同情』では無く『愛情』を持って接して、身体を許したんだと…。
そう理解した時には、彼女に…恋心が芽生えている自分が居た。 俺の心は川嶋に傾いていく。 彼女達を天秤に掛ける訳では無い。でも……。
好きになるなら……自分を見てくれる奴の方が良いに決まってる。 もう傷付きたくなんか無い……。
でも、櫛枝に告白して半月も経ってねぇ。良いのか俺?それでよう…。 現実逃避…。
結局は色々な事から逃げたくて川嶋に縋っているだけ…かもな。 と…昨晩、川嶋が帰った後からずっと自問自答している…。
- 『……協力させてよ。明日から放課後は亜美ちゃんと一緒に居よう?』
それは彼女を抱いた後、微笑んで頬を優しく撫でながら言ってくれた言葉…。
『一緒に居て考えよう』
とも…言ってくれた。
俺はその優しさに救われている。
いや、昨日の今日だけどさ…。
だって肝心の大河は相手してくれねぇし……川嶋の言う事のストレートさの方が救われる。
とにかく、もう少し考えて…決めよう。
川嶋が言ってたように。
そう考えをひとまず纏めて間も無く、俺はまた墜ちてしまった…。
通学路で少し髪の短くなった『いつもの櫛枝』に逢って…
眩しい筈なのに…何でか心がズキズキして……シカトしちまった。
そして教室で
-
『櫛枝失恋!』
とか煽られても動じてなんか無くて…ああ、そういう事なんだって…。
彼女にとっては蚊に噛まれた様なもんだったんだ…俺からの告白なんて。
『ちょっと仲良くしてたら、何でか惚れられてたんだぜぇ?
ありえねぇし』
って言われている様な気持ちになった…。
クソッ…被害妄想もいいとこだ。
櫛枝は『幽霊』が見えなかった…それだけなのに。
そう、ちゃんと言ってたじゃねぇか。
- 俺は自己嫌悪に陥る。
噛み締めた唇から口内に伝わる血の味…。 居た堪れなくなり、逃げる様にして向かう先は自販機の前。
きっと『そこ』に彼女は居る筈だから…。 こんな情けない俺を叱咤してくれる奴が…。 だが…そこにまだ川嶋は居なかった。
俺は彼女の『隙間』に入って待つ。 母親の帰りを待つ子供みたいに…。
無性に逢いたくて仕方無かった。
「おはよう高須く〜ん。ところで、そこは私の"隙間"なんだけどぉ〜」
-
ホームルーム開始十分前。そう言って川嶋は現われた。
「…おぅ」
俺の目の前に屈んで、ニッコリ笑う川嶋を見やって呟いた。
いつだったか、今と同じ様な状況があったな。
「どうしたのよ?こんな所で……、あ〜、もしかして…」
-
彼女の顔が鼻先数cmまで近付く。
傾げられた顔、艶のある唇、そして甘く爽やかな香水の匂い。
-
「……ズキズキなんだ?
- ピカピカ太陽な実乃梨ちゃんを見て、ここに避難して来たって感じ?」
「…ちげぇよ。この隙間に誘われただけだ。
…埃を取ってくれと轟き叫んでるんだよ」
図星を突かれた俺は、つい言い訳じみた反論をしてしまう。
阿呆だ…。
- 「何よソレ。ま、いいや。ほら…」
-
そう言ってクスッと一回笑い、手を差し延べられて手を掴まれた。
そのまま引き上げられ、川嶋が俺を上目遣いに見ながら
「頑張れっ」
-
と、俺の胸にコツンと軽く拳を押し当てて、簡潔に結ぶ。
俺の付け焼き刃な言い訳なんて見透かされている訳だ。
たった一言。だけど気持ちは目一杯詰まったエール。
それを受け取ったら『頑張る』しか無い………いや『頑張れる』
でも、それって何を『頑張ろう』としているんだろうな?
……わからねぇ。
.
大河からの無言の圧力を背中に受けつつ、何とか全ての授業を終えた。
櫛枝に声を掛けるどころか、目すら合わせれずに一日を終えた訳だ。
『頑張れ』なかった。
このまま時だけが過ぎて二年生が終わって、気が付いたら卒業とかに成りかねない。
やっぱり気まずいだろ…。
お互いに…。
いっその事さ、櫛枝が望んでいるであろう『友人』から『親友の部活仲間』に戻って、疎遠になって……。
つまり自然消滅……それが最善の関係なんだろうか?
そう考えを巡らせていたら、川嶋が俺の横に来て身を屈める。
「ねぇ高須君」
「おぅ。どうした?」
-
そう問うと、彼女が辺りをチラッと見渡した後、こう囁く。
-
「…帰ろう?」
そうだった。今日から川嶋と…一緒に過ごすんだよな。
あ…飯とかどうするんだろうか。
-
「うちで晩飯食っていくか?」
すると彼女が破顔し、嬉しそうに返してくれる。
-
「良いの?ほらお母さんも居るんじゃ…」
-
「泰子は付き合いで外で飯食ってから仕事なんだとよ。だから心配しなくても良いぞ」
-
泰子が居たんじゃ川嶋も気を使うだろう。
だから、彼女が全てを言い切る前に遮る様にして言った。
「そっかぁ。うん、居ないんだ…へぇ」
残念そうだけど嬉しそう。
そんな相反する表情を浮かべた川嶋を見て、思わず口元が弛む。
器用な奴…。
そういや近頃の川嶋って素直だよな。
気持ちを隠さずにぶつけてくる…様な気がする。
俺も、もっと早く彼女みたいに行動が出来たら…結果は違ったのかも知れない。
もう望みは無いのだろう…多分。
櫛枝は…幽霊もUFOも見えなくなって、ツチノコなんか捜さなくても良くなったんだから…。
それが俺の勘違いなら、どんなに良かった事だろう。
でもそう考えて何故か違和感を覚えた。
- 本心では
『これで良かった』
って、思ってしまう自分への違和感。
やっぱり…俺は川嶋に惚れてしまっているんだろうな。
それも辛い時に優しくして貰って…とか単純な理由。
だけど、それが何より嬉しくて川嶋の事が気になっているのは事実だ。
誰かに慰めて欲しくて、聞いて貰いたくて、優しくしてもらいたい。
そんな時に側に居てくれているのは、大河でも櫛枝でも無く…川嶋だから……。
脈が無いと分かってしまって早々、心変わりしてしまった自分を認めたくはない。
けど認める以外に進む道は無い。
「おぅ。狩野屋に寄って買い物して帰ろう」
-
櫛枝との事を応援してくれている大河には申し訳無いけど…いつか説明しよう。
今は話す勇気は無い。
-
「うん!」
そして微笑む彼女の顔を見ながら、思考を切り替える。
川嶋と一緒に歩むには、どうしたら良いのか………。
そうだ、自分が出来る限りの方法を試してみよう。
何でも良い。
川嶋に言われるままに甘えてみる…とか。
「…高須君。ねぇったら」
「ん…、お、おぅっ!」
-
そんな事を考えながら歩いている内に、狩野屋の前を通り越してしまっていた。
- 「あ、そうだ。亜美ちゃん買いたい物があるんだ〜。ちょっと行ってくるよ」
そう言って、来た道を戻っていく彼女を見送り、俺は店内に入る。
うん。今日はロールキャベツだな…キャベツが安いし。
今朝の広告のセール品を思い出し、生鮮コーナーに向かう。
渇いた唇を舌舐めずりし、目の前の棚に群らがる主婦や主夫達の中に割って入る。
押し合いへし合いする彼等も、今日ばかりは俺を見ても絶対引かない。
ここは戦場なのだ。
古参兵な主婦に至っては、俺みたいな一兵卒等は怖くないと手に取ったキャベツすら奪っていく。
何せ普段より百円以上も安い、店にとっては赤字覚悟の出血大サービス。
俺は熾烈な乱戦の中で、ただひたすらに目に付いたキャベツを手に取っては吟味し、次の獲物を定める。
この殺気立った状況に恐慌状態になった若い新兵が、その場から逃げ出す様を横目で見つつとうとう付けた。
鮮度、重量、そして一番重要な身の詰まり具合…。
それが合格ラインを越え、かつ、高水準な獲物を…。
痛めたら最後、こんな上物はなかなか無い。
慎重に手に取って俺は古参兵に奪われない様に強く抱く。
- その様子を見て突貫してくる敵兵を躱し、
買い物カゴに入れてしまえば俺の勝ちである。 至高のキャベツを得て、新たな戦場へと旅立つ。
合挽肉…これを手に入れなければならない。 玉葱、パン粉、タマゴは冷蔵庫に有った。 後は…。 .
「…で、亜美ちゃんは一時間近くも待惚けを食らっていたんだぁ」
「…すまん。ついつい他の物も目に付いて…」
会計を済ませて恍惚感に包まれながらマイバッグに戦利品を詰め込んでいると、川嶋が非難の目を向けてきた。
曰く一時間近く待っていたらしい。
店の中でも入れ違いになって合流出来なかったとか。
俺は低身低頭で謝り、説明に始終したのだった。
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「まぁ良いよ。待惚けの埋め合わせしてくれたら」
-
少しだけ頬を緩めた彼女がそう言う。
「埋め合わせ、な。出来る範囲なら何でもするぞ」
川嶋の機嫌が治るなら…。
そういう意味を含ませて俺は『埋め合わせ』の内容を問う。
-
「ん〜…、何にしようかなぁ。う〜ん」
-
下唇に人差し指をあてがい、考える姿に一瞬だけ目が奪われる。
グロスで艶の増した、煽情的な桃色の唇…。
昨夜、貪った彼女の唇の味を思い出して、俺は堪らなくなる。
- と、同時に深い自己嫌悪に陥る。
川嶋の事を無意識に『そういう目』で見てしまった自分を殴りたい気持ちになってくるのだ。
だけど考えるのも無理は無いだろう。 情深く包んでくれた川嶋を…
そして俺の身体の下で汗ばんだ肢体を寄せてしがみつく姿を覚えてしまっているから…。 蕩け、憂いを帯びた切ない表情で甘く喘いでいた事や、
熱く受け入れてくれる彼女自身の『味』『匂い』…それ以外にも沢山有る。
『川嶋亜美』を身体と脳裏に刻まれて、気を抜くと思い出してしまう。
-
「…じゃあ美味しい晩ご飯を食べさせて」
-
優しく微笑んだ彼女が、唇に当てていた人差し指で俺の鼻をつついて囁く。
鼻先に口付けされた様な気分になってドキッとしてしまう。
頬が、耳が、顔全体が熱く熱を帯びていく…。
「おぅっ!任せとけ!絶対に満足する飯を作ってやるよ!」
照れ隠しにグッと拳を握って、目の前でガッツポーズしながら彼女に告げる。
「あは♪期待しちゃうわよ?」
元通りの明るい顔で川嶋が続ける。
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「じゃあ急ごう?私、お腹減っちゃった。誰かさんのせいで」
悪戯っぽい上目遣いで見詰められ、手を差し出される。
- 「…バッグ、半分持ってあげる」
と、言われてもマイバッグは一つだけだ。
まさか鞄でも持ってくれるのか?
-
「そうか、じゃあ頼む」
-
そう思った俺は鞄を川嶋に渡……そうとして阻まれる。
-
「それじゃなくて、こっちだよ」
と、彼女が笑いながらマイバッグの持ち手を片方掴む。
つまり、残った片方を持てという事だ。
これって歩きにくいんだな。
互いの歩幅を合わせて並んで歩く訳だから。
間隔を開けて歩くのは難しい。
だから必然と寄り添う様になるのだ。
互いに一言も発せず黙々と歩を進める。
何と言えば良いのか……照れる。
傍目から見たら、恋人同士が仲良く帰っているみたいに写るだろう。
スタイルの良い美人と目付きの鋭いガラの悪い男…のカップル。
必然と目立っている。
それを川嶋も感じているのだろう。
少し俯き加減で歩いている。
…こういうのって良いな。
川嶋と……いつか、こうやって歩きたい。
ふと、そう想った。
こんな袋なんか介さずに直接手を握って……って。
そこで櫛枝の名前が出て来なくなっている自分が少し悲しい。
一度想い始めたら、凄い勢いで惹かれているんだと自覚する。
- 歩みに合わせて揺れ、街頭を反射してキラキラと輝く彼女の艶髪。
吐く息は白く流れていく。 微かに赤みが差した頬。 …綺麗だ。
意識すると体温が上がり、マイバッグを持つ手が汗ばむ。 …今更だけど緊張している。 影が重なって一緒に溶ける様すら堪らなく愛しい。
もし…俺が恋人になりたいと望んだら川嶋は…良い返事をくれるのだろうか。 多分、即答で了承してくれて晴れて恋人同士になれる筈。
でも、それだって100%では無い。 俺は自身が惚れやすい性格なのかも、と疑ってしまっている。
仮の話、優しくして貰えたら他の娘でも、恋をしてしまうのかも知れない。
偏見無しで受け入れてくれて、自分と正反対な性格の櫛枝に恋"していた"ように……。 進行形では無く過去形……になっちまったんだな、櫛枝との事。
だから自信が持てない…。 川嶋がそれを察したら断られるかもしれない。 …それが一番怖い。
そりゃあ『もし』とか『かも』なんて仮定の話を想像しても意味が無いかもな。 でも、俺は臆病になっている。
また痛い目を見たら、立ち上がれ無いだろう。 『結局は恋愛"ゴッコ"じゃん』 とか嘲笑られたら…。
- 俺は擬似恋愛…しているのか。
いや違う。しっかりと恋している。
あ、そういえば川嶋が言っていたよな。
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『焦ったら…後悔するかもよ?いっぱい悩んで、考えて、試してみて…さ。
- 時間が掛かっても見付けれたら、その時に決めなよ』
と…。
絶対に見付けてやる。
この感情を一時だけのものにしたく無い。
出来るなら…永く、ずっと…こうして…。
そう想えたら、ちょっとだけ心が軽くなった。
今朝、川嶋から貰った
『頑張れっ』
は、自分に自信が持てる様に……迷い無く、川嶋に想いを告げる為に使おう。
「着いた」
「着いちゃったね」
-
時間が経つのは早い。
この甘い一時の名残惜しさからか、俺達は同時に呟いてしまう。
彼女も残念そうだから…恐らく、俺と同じ事を想っていたのだろう。
だが終わりでは無く始まりで、バラバラな歯車が一つハマった訳だ。
『一緒に買い物して家まで帰って来ただけ』
たったそれだけで大きく前進した。
川嶋ってすげぇよ。
今までの俺なら一年掛かりで進んだ道を、僅か数時間で進めてしまったのだから。
彼女を居間に通して、俺は早速夕飯の準備に掛かる。
- 川嶋の為に存分に力を奮って、美味いと言わせたいから…。
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「高須君さ、ちょっとだけ優しい顔付きになったよね」
それは晩飯を食い終わって、しばらくしてだった。
二人で何をする訳でも無く並んで壁にもたれ掛かっていると川嶋がそう言った。
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「はあ?…優しい顔付きって、俺そんなにヤバい表情してたか?」
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この鋭い三白眼の事か?
これは生まれつきだ…ほっとけ。
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「険しい顔だったんだ、夕方まで。ほら、なんか近寄り難いっていうか」
ああ、そういう事か。
そう言われれば、今日は学校で誰も話し掛けてこなかったな…。
能登や春田すら。
「何て言ったら良いのか、おぅ、少しだけ気分が楽になったんだよ」
俺のちょっとした変化。
それも自分でも気付かない様な、些細な変化を感じ取ってくれる川嶋に驚きつつ、
襖に貼られた桜のパッチを見ながら俺は淡々と呟く。
大河が木刀の切っ先で開けた穴を塞いでいるパッチ…。
剥れ掛かっているソレを見ても、何故か直そうとは思えない。
このまま剥れてしまっても…って、何でだろうな。
今は大河の事は関係無いのに、そう思ってしまった。
- 「ふぅ〜ん。そっか、良かったじゃん」
俺の顔を下から覗き込んだ川嶋が優しい笑みを浮かべて、続けて紡ぐ。
「一歩前進したんだ。もう…ズキズキ無くなっちゃった?」
心に負った怪我の痛みは引いたかと問う川嶋に返事を返す。
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「いや、まだ痛ぇよ。ズキズキしてる。
でも………川嶋のおかげで楽になってるぞ」
それは隠さずに伝える。
大切な事だからだ。今、彼女に一番教えたい言葉…だから。
「…うん」
川嶋が姿勢を元に戻して恥かしそうに俯いて呟く。
「一人でウジウジ考えているより、こうして居てくれるだけで嬉しいし助かってる
ありがとう」
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そう締めた後、一瞬迷って彼女の頭を撫でる。
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「うん…、ん」
バカにするなって言われたら、すぐに止めるつもりだった。
でも彼女は気持ち良さそうに俺に撫でられている。
目を閉じて、うっとり…は言い過ぎかもしれん。
でもそう表現するのが正しい…感じがする。
それはそうと、今なら……試せるかも。
川嶋に甘えれる……よな。
昨日みたいに。
その…変な意味じゃなくてな。
甘えさせてくれって言ったら……昨日みたいに優しくしてくれるだろうか。
- 「なあ、川嶋。お願いがあるんだ。聞くだけ聞いてみてくれないか」
そう考えると俺の中で火が燻り始める。
だから駄目元でお願いしてみる。
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「ん、なに?」
「…膝枕してくれないか」
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そう言うと、彼女が微笑んで頷く。
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「良いよ……おいで」
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足を横に崩してスカートの裾を正し、太股をポンポンと軽く叩いて呼ばれる。
慈愛に満ちた彼女の優しい声に吸い寄せられる。
膝に頭を乗せて、落ち着きの良い部分を探る。
川嶋がくすぐったそうに膝を動かす。
二、三度、後頭部を擦り付けて俺は息を吐く。
柔らかい…それに暖かい。落ち着く…。
目を閉じて、心地良い膝の感触を堪能する。
すると額に暖かい手が当てられ、優しく撫でられる。
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「まだ痛くても、いつか絶対に治るから…。
……亜美ちゃんが治してあげる。
いつでもこうやって甘えても良いよ」
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そう言ってくれた事が嬉しくて、俺は強く頷く。
こうやって優しく接してくれるだけで……強くなれる気がした。
続く
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