





|
今だけは
- 「お、おいっ待てよ櫛枝!」
12月24日。雪こそ降らずホワイトクリスマスにはならなかったものの、
- 凍てつくような夜。
足早に去る自分の腕を竜児が掴んで、振り返る前に勢いで叫んだ。
- 「おまえが……おまえのことが好きだ!」
- 「………っ」
- 「幽霊もUFOも、見えなくていいなんて……やっぱり言わないで欲しい。
- そんなこと、思わないで欲しい」
- 「………」
「迷惑かもしれないけど…お、俺には、幽霊が見える。見えてる。
……おまえが、す、好きだっ!」
- 「………っ」
-
- 泣き顔を見られたくなくて振り返らずに、ニット帽を無理矢理さらに深くかぶった。
-
……嫌だよ。そんなこと言われたらこの腕を振り払うことも出来ない、
-
- それどころか振り返ってしまいそうになる。
-
でも、もし振り返ったらどうなるだろうか。
-
竜児の想いに答えたなら?
-
自分も本当は幽霊が見えている。君が好きだと言ったらどうなるだろう?
-
全員が幸せになる未来を期待していいのだろうか。
-
「た、高須くん」
-
「おう?」
ああ、ダメだ言ってはいけない。親友の叫びを、泣き顔を見たではないか。
-
「あのね、私……私も」
-
言っちゃダメだ。ダメだダメだダメだ……。
-
「本当は………幽霊、見えてるよ」
「―――え?」
-
だけど溢れ出す想いは止まらない。
-
伝えたい、自分の想いをただ届けたい。
-
「高須くんのことが……好き、だよう」
-
ニット帽で押さえつけた目元から涙が留めなく溢れ、手を、頬を流れる。
-
「く、櫛枝?……っ」
少し離れていた竜児の温もりが近づいてくるような気がした。
-
掴んでいた手が少しづつ前に伸ばされて、
自分の体を包み込んでくれるような―――
- 「………っ………あ」
視界は真っ暗だった。星はひとつも見えない。いや、見えるはずがない。
-
なぜならそこは屋内で、自分が見ているものは夜空ではなく壁なのだから。
-
「……ゆ、夢…かよ」
-
窓からは今年最初の雪――初雪が静かに降り続いているのが見える。
枕元の時計を見るとあと数分で日付は変わるところに来ていた。
-
亜美宅から帰って来て疲れて早めに寝てしまったのだが、
-
この時間を見ると大して時間は経っていないのだと分かる。
-
2月14日。
ホワイトバレンタインデー…まるでホワイトデーのような響きだけど、
-
その今日こそが、人生においての初めての恋が終わった、つまり失恋記念日なのだ。
-
……そんなの、記念にしたくはないのだが。
-
鼻筋に生暖かいものが流れ、視界がかすむ。
-
流れ出たそれは右の頬を濡らしながら枕に吸い込まれていく。
-
右を向いて寝ていたせいで、枕の右側だけがぐっしょりと冷たくなって
いて不快になり目を細めた。
駆け落ちをすると言った竜児と大河は本気で、だからこそ自分は賛成なんて
-
しないけれども反対もしないと、二人を支援した。
――どこにいるのかな、二人とも。
-
「………っ」
先よりも一層、視界が強く霞む。
何が悲しいのか何に対する涙なのかもよくわからず、
- でもどうしても止めることはできない。
もう泣かないと決めた、辛くてもどんなに悲しくても、そう決めた。
-
しかし実際はどうだろう。なかなか上手く出来るのもではなく、本日2回目の涙だ。
-
「…うっ……ひぅ…」
-
嗚咽まで出てくると、いよいよ自分ではどうにも抑えることが出来なくなってくる。
-
情けない、情けないけどどうしても無理なのだ。
- 『おまえのことが好きだ!』
脳内再生される夢の中の竜児の声。
-
「うぅ…うぁっ……た、たかすっ…くん」
心地よい夢だった。優しいその声も温もりも、全てが自分に向いていた。
-
覚めなければいいと思うくらいに、幸せな夢だったのだ。
-
――ああ。
-
涙を手の甲で拭い、一度目を閉じる。
-
もう一度あの夢を見ることは出来ないけれども、フラッシュバックするあの日の光景。
-
夢で見た光景こそが、あの日、あのクリスマスイブの夜に
-
自分か本当に望んでいた光景なのではないかと、実乃梨はふと思ってしまう。
-
本当は心のどこかで、過ぎ去る自分を追いかけて来て欲しかったのではないかと。
そしてそれは恐らく本当だったのだと思う。
-
本当は、本当は……少しだけ期待していた。
-
我儘以外の何物でもないけれど、竜児がその腕を掴んでくれることを、期待していたのだ。
-
優しい声を、その腕の温もりを感じたくて仕方なかったのだ。
-
その願望がこうして夢に出た、それだけの話。
-
「ぅくっ……た、高須くん…高須くん、たかす、くんっ」
ジャイアントさらばで何にさらばしたのだか全くわからないほど、
-
自分の中の彼への未練はたらたらだった。
-
名前を呼ぶ度に強くなる竜児への想い。
寂しさと悲しさと、そして流れる涙の量だけは次第に増えていく。
-
- いくらなんでもこのままではいけないと、布団を剥ぎとって起き上がった。
-
何度も何度も涙を拭いベットから起き上がり、
-
冷たい外気に体を振るわけながらも電気をつけ部屋を意味もなくうろつく。
-
ふと、机の上に置いてある、 あるもの が目についた
-
止めておけばいいのにそれに手を伸ばし、中身を開く。
-
「………っ」
予想はついていたのだが、また情けなくも涙があふれてきた。
-
あるものとは生徒手帳。そのなかには自分でいれた1枚の写真が挟まれている。
-
生徒手帳に挟んだ1枚の写真。文化祭、副男レースの記念写真。
-
竜児に一緒に買おうと言って、そうして買った、
-
自分が持っている最初で恐らく最後であろう二人の思い出の品。
-
握り合った手の熱さ。何度でも蘇る。何度でも何度でも。
それが、無性に嬉しい。
-
「……うあっ…やべ」
流れ落ちた涙が写真の上に垂れ、慌てて服の袖でふき取る。
-
大切な思い出を、自分の涙で汚すわけにはいかないのだ。
-
「………」
そっと生徒手帳を胸に抱いて数秒、そしてそれを閉じると机の上に置き、
-
電気を消し再び布団に潜り込む。
-
流れる涙は止まらない、でもそれでいい。
-
今日だけは、それでいい。
悲しみはいつの日か消えるかもしれない。
-
この想いも、いつの日にかは無くなってしまうのかもしれない。
だけど、まだ……。
-
今だけは、この想いを捨てることは出来ないから。
そっと唇にあてた拳は、自身の涙がして胸に切なさが満ちた。
―――2月14日、PM11時58分
一人きりのホワイトバレンタインデーがもうすぐ終わる。
-
END
|
|