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竜と姫の24時
- ―ねぇ大河、高須君を、一日だけ…その…貸してくれない?
絆は永遠を約束された。
それが自分の幸せだった。
そうだと信じていた。
なんとも言えない曇った表情を浮かべた櫛枝実乃梨は、教室の窓からぼんやりと外を眺めていた。
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この教室には、大親友もかつての想い人もいない。
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大河と竜児は、ずっと一緒に居ると誓っている。
- 大河も今は「竜児と結婚するのだ」とはっきりと言っている。
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それが私の選んだ道の結末だと、選んだときにはもう分かっていた、はずだった。
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ところがどうだ
一時期ほどではないとはいえ、今だ燃え残る想い。
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2人の幸せを心の底から祝福しているはずなのに、その感じが全然しない。
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未だに夢に浮かぶその姿。
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「…なんなんだろう…これ…」
自分の素直な思いと自分の決めた道とを比べてみる。
燃え残る、微かな想い。
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燃え残ってるなら、燃やし尽くしてしまえ。
「…という訳なんだよ大河〜」
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はっきり理由を説明されても困るものは困る。
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なんせ「婚約者を一日だけ貸してくれ」なんて言われてるのだから。
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「いくら親友のみのりんでも、竜児は…」
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と言いつつ大河はちらりと実乃梨のほうを見る。
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全てを話しきって真っ赤に俯く大親友の姿がそこにはあった。
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ため息を一つ小さく吐いて大河は
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「…本当に一日だけだよ?」
と仕方なさそうに答え、それを聞いた実乃梨は目を輝かせながら
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「うぁりがとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
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大河に飛びつく。
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約束は取り付けた。日曜日0時から月曜の0時まで。
- その間だけは【高須竜児は櫛枝実乃梨のもの】と。
- 竜児は大河の頭を軽く叩いた。
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「何すんのよこの馬鹿犬!」
「こっちのセリフだっての!人を物のように貸したりすんなよ!俺は悲しいぞ…」
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そうは言いながらも大河の必死の説得で何とか了承した竜児は、
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「仕方ないな…まあ、俺も櫛枝と話したいことあるし」
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と一言。
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「ま、ま、間違ってもへ、へんなコトしちゃ駄目だからね!」
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わかってますよ。と竜児。
- 「この心身はもう大河のものだっての。」と大河の頭を撫でてやった。
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いくら日曜の0時からと言っても健全な高校生がそんな時間に行動を起こすわけも無く、迎えた午前9時
「んじゃ大河、フィアンセ借りるよ〜」
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そう言い残して実乃梨は竜児の手を引っ張り走り出した。
「お、おいどこ行くんだよ!」
「それは秘密ですぜ旦那〜」
いつものふざけたやり取りで始まる1日。
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駅から電車に乗り、降りたらバスに乗り、最後に少し歩く。高須家を出て2時間半
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着いたのは最近オープンしたばかりのショッピングモール。
「…これまたでけぇな」
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「でしょ〜??」
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恋人のような(まあ今日だけはそうなのだが)会話をしつつ中に入る。
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「早速だけど、私はお腹が空いたぁぁぁぁ!ご飯にしようぜぃ!」
Vサインを作って微笑む実乃梨を見た竜児の顔も思わず緩む。
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「ああ。そうしようか」
実乃梨の働くファミレスなんかよりもおしゃれなレストランに入る。
実乃梨の食欲に圧倒されそうになりながらも、ここで竜児は聞こうと思っていたことを聞いた。
「なんでまた、俺を誘ったりしたんだ?」
「私もわかんない。」
竜児は、それ以上聞くことはしなかった。聞いても、絶対に答えない。
- そんな気がしていたから。
- レストランを出た後はひたすら実乃梨の買い物に付き合わされる。
何袋もの服と、鞄と、靴と…
竜児は思った。
―ひょっとして、俺はただ荷物持ちのためだけに呼ばれたのか…?
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「まあ、大河に手土産もできたし、それもそれでいいか…」
午後6時半。タイムリミットまであと5時間半。
ショッピングモールを出た2人は来た道を戻るように歩いていた。
会話は、減っていった。
元気も、無くなっていった。
バスに乗って、電車に乗って、戻っていく。
ところが、降りる予定の前の駅で、実乃梨は竜児の手を引っ張り、電車から引きずり下ろした。
「おい、降りる駅はもう1つ先…」
「まあまあ〜いいからついてきてよ〜」
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実乃梨の声に明るさが戻る。
しばらく歩くと、そこにはとても高級なレストラン。
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「ここの料理、すっっっっごくおいしいんだよ!?」
「本当に、食べるの好きだな。」と竜児が笑いながら返す。
「食は女の欲望番外地〜」
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実乃梨の答えは彼女らしいものだった。
…
……
………
- 「…なんで何にも喋らないんだ?」と、間に耐えかねた竜児が問う。
「え?ほら?カニを食べてると無口になるって」
「カニ食ってねぇじゃん!」
- 「あれれ?そだっけ…」
まともな会話はできそうにも無かった。
1時間半。そこで過ごした。午後10時半。あと、1時間半。
電車で移動して高須家まで歩いて45分。後45分。
「今日は楽しかったぜ?本当にサンキューな。櫛枝。」
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実乃梨は何も言わずに俯いたまま。
「…櫛枝?」
- 無言のまま時が流れる。
―最後のチャンスが、腕からすり抜けていく
実乃梨は竜児の服の袖をつかんだ。
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「おい、どうしたんだ」と言って言葉をつなごうとする竜児を遮るように
「お願いだから。ついてきて。お願いだから。」
言われるがままについてきた近くの公園。この時間じゃもう人影は無い。
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「…どうしたんだよ、本当に」
- 心配そうな竜児。
意を決した実乃梨が、口を開く。
「大河がもし、高須くん無しでも生きていけるなら、私は高須くんの告白も、しっかり聞いてたんだよ。きっと。」
「…どう答えるつもりだったんだ?」
「言わなくてもわかるでしょ?私は高須くんが好きだったのに、断る理由がある?」
「…それはお前の幸せの形なのか?」
「…それが、わたしにもわからないんだぁ。」
- …しばし無音
「私も、今日はすっごく楽しかった。夢のようで、でも現実で。
- そして、恋人になれればこんな日々がいつまでも、永遠に、永遠に続くと思ってたんだ…」
実乃梨は声を詰まらせながらも搾り出した。本当の気持ちを。
「っ…」
-
竜児は声が出ない。かつて大好きだった彼女は、こんな未来図を描いていた。
- 自分よりも、はっきり。くっきり。
- 「『一日だけ恋人になれる日』だから、私の描いた夢の日々の一日を現実にしてみたんだ。
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これで、燃え残った想いを燃えつかせることができると思ったんだ。」
―燃え残る想いは、燃やし尽くせ
そう考えていた。
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考えていたはずだった。
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しかし、現実はどうだ?
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頬を伝う大粒の涙は何だ?
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この苦しい胸は何だ?
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「でも何で!?燃え盛ってるよ!ずうっと一緒に居たいんだよ!
高須くんが…高須くんが…だ、大、大好きなんだよっっ!!」
竜児は、ただただ呆然とするしかなかった。
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皆に後押しされて決めた道だった。
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皆の中には実乃梨もいた。
つまり、誰もが幸せで、誰も傷つけないやり方など、無かった。
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大切な人が傷ついている。今。目の前で。
竜児は、実乃梨を抱きしめてやった。
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それが、何も変えることができないとしても。そうしてやりたかった。
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時計は、11時50分。後、10分
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「後10分で…終わっちゃう…夢から醒めちゃうよ…」
まるで、シンデレラのように。夢は、もう醒めようとしていた。
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実乃梨も、抱きしめていた竜児も、ただ涙を流し続ける以外の夢の終焉を迎えることはできなかった。
- 午前0時12分、竜児、帰宅。
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「お帰り。…みのりんに何もしてないでしょうね」
「ああ。何もしてない。何もしてない。何もして…ない…」
大河は気づく。竜児は泣いている。
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「何も…してやれて…ない…」
「竜児?何があったの?全部言うのよ。」
大河の質問に答えず、竜児は叫びだす。
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「俺は…俺は何もわかってなかった!
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俺は大河と逃げて、そこには皆の後押しがあって!皆の笑顔があって!
大河が帰ってきたときもそうだ!皆笑顔で!それが幸せだと思ってた!
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でも実際はどうだ!?たくさんの笑顔の裏には、たくさんの悲しみがあったじゃないか!
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皆が手を取り合って幸せだなんて、ただの幻想じゃねぇか!
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人の幸せなんて…本人すらもわかんないのに…」
泣き続ける竜児を見て、大河はある決心をした。
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