竹宮ゆゆこ総合スレ SS補間庫 |
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「……はぁ。」
居間のテーブルにうつぶせて、朝から盛大にため息をつく。 今日はクリスマス。 子供たちがプレゼントにはしゃぎ、恋人たちが桃色の空間を生み出す日。 そんなキラキラした景色の一部になれたら、なんて少しは思ってた。 けど、今はそんな淡い希望すら持てない。 ――UFOも幽霊も見えなくていいって思うんだ。 一晩中、そして今も脳内に響き渡っているのは、昨夜の櫛枝の言葉。 櫛枝が何でそんな風に思うようになったのかはよく分からねえ。 けど、それよりも。 フラれた、その事実が重くのしかかる。 真っ暗に閉ざされた、太陽のない世界をさまよう感覚。 このまま病気にでもなりそうな精神状態の中…… 全ては一枚の紙切れから始まる。 「――何だこりゃ?宿泊券、か?」 テーブルに置かれた紙切れ、もとい宿泊券の持ち主である大河に問いかける。 正直、あまり興味はないというか、放っておいて欲しい。 「それなりの温泉宿の宿泊券みたいね。私もよく分かんないけど。」 確かによく見れば、紙質が高級感を醸し出している、ような気がする。 が、やっぱり興味は沸かない。 今は何も考えずに、朝食の用意でもしていたい。 「んで、何でそんなもんをお前が持ってんだ?」 「……部屋を整理してたら出てきたの。多分、結構前に親父から貰ったヤツ。」 親父、の言葉に一気に目が覚める感じがした。 大河は気にした風もなく言い放ったが、やっぱり気まずい。 「そ、それで、その券で旅行して来るんだな?ま、まぁ楽しんで来いよ。」 「違う。要らないから、あんたの家で捨ててもらおうと思って。」 淡々と受け答えする大河の言葉に……俺の思考が止まった。 「……は?」 覚めた頭をいきなり蹴飛ばされたような気分。 ワケが分からん。 「アイツから貰った宿泊券なんて使いたくもないし。 かと言って、自分ちで捨てたら呪われそうだし。 だから、あんたんちのゴミ箱に入れさせて。」 それに対して、当然だと言わんばかりの真顔で俺を見る大河。 「お前っ、そりゃ幾らなんでもMOTTAINAIだろが!」 旅館の相場とか知らねぇけど、二人分なら何万円相当になるんだ!? つーか、それよりも、俺と泰子は呪われても構わねぇってのか! 「てな訳で、あんたにあげる。」 俺の反応を予想してたかのように素早く切り返してくる……って。 「今、何つった……?」 「竜児にあげるって言ったのよ。何?勿体ないんじゃないの?」 確かに勿体ないとは思う。けど、 「お、俺だってアイツから貰った宿泊券なんか使いたくねぇ、と思う。」 少なくとも、使って良い気はしないってのも確かだ。 「あ、そ。じゃ、捨てて。今すぐ。」 そりゃMOTTAIN……って、キリがねぇ! 「だぁーー、分かった!行く!行かせて下さい!」 「ふん。最初からそう言えば良いのよ。」 「――にしても、よく見たらペアって書いてあるじゃねぇか。誰と行けってんだ?」 大河から貰った宿泊券を眺めながら考える。 一人で行っても良いが、やっぱMOTTAINAIしな…… 「……って、あぁ。分かった。泰子と行けってことか。 最近、仕事も大変みたいだし、慰安旅行に丁度良いかもな。」 「違う。まぁそれでも悪くないとは思うけど。でも……」 大河の真剣な眼差しで俺を見る。そして…… 「今回はあんたとみのりんの二人で行きなさい。それ以外の用途は認めないから。」 ――爆弾を投下してきた。 「は!?く、く櫛枝と!?」 「そう、みのりんと。それで今度こそ告白しなさい。」 「いや、だから……」 付き合っても居ない、っつーか自分が振った相手と二人で旅行に行く訳ねぇだろ。 あぁ、思い出しただけで心の傷が…… 「あたし思うの。本当は竜児とみのりんは両想いで、結ばれるべきなんだって。 なのに、私があんた無しじゃ生きていけないってみのりんに誤解させてるせいで、 それで上手くいってないんだって思う。だから、これくらいはさせて。」 悲痛な面持ちでこちらを見つめてくる。 「大河……」 「だから、竜児はみのりんから別の答えを聞くまで、絶対に諦めちゃダメ。」 大河の励ましに何かが奮い立たされた気がした。 暗く閉ざされた世界に一筋の光が差し込むような感覚。 大河にここまで言わせて、櫛枝を誘えなかったら……嘘だろ。 そう思った。 「分かった、誘ってみる。……その、サンキューな。」 「……あー、お礼は良いから、さっさと電話する!」 俺の感謝の気持ちを踏みにじりながら、ケータイを渡してくる。 それでも、仏頂面の大河に向けて心の中でつぶやく――ありがとな。 「いや、俺が掛けても多分……つーか、お前のケータイを渡してどうする」 「もしもーし。大河?」 大河のケータイから聞き慣れた声が――っ!? 「く、櫛枝!?」 「へ?高須君?」 櫛枝も間の抜けた声をあげる。 こ、これは……ハメられた? 振り返って大河を見る。 とりあえず何か文句でも言わないと気が済まねえ。 いや、こんな時に何てことしやがる。 が、大河は真剣な表情で、口パクで何かを伝えようとしている。 ……というか、とある三文字を発しているとしか思えない。 「さ・そ・え」と。 ――いや、落ち着け。 いきなり誘ってどうする。 ま、まずは挨拶から始めるべきだろう、うん。 「お、おう。お、お……おはろう。」 何とか声は出せた。が、見事に噛んだ。 「やあ、高須君。オハロー。で、どーしたの? しかも、何で大河のケータイから?朝から突っ込み所満載だぜ?」 櫛枝が普通に接してくれるのに、ひとまず安心する。 けど、どうやって旅行に誘えば良いんだ。 いや、そもそも何を話せば良いんだ。 「いや、その……」 自分の声が震えているのが分かる。 電話なのに、膝までガクガクしてやがる。 逃げるように大河を見る。 ……律儀に「さ・そ・え」と口パクし続けてやがる。 つーか、もはや声が漏れてるから、口パクとすら言えない。 「もしもーし?高須君、大丈夫?」 受話口から櫛枝が俺の心配をしてくれる声。 視界からは大河が櫛枝を誘えと圧力を掛けてくる。 何だか頭がグニャグニャになってきて…… ――えぇい、ままよ! 「あ、あのさ。今度、旅行に行かないか?」 「……え?」 櫛枝の声が止まった。 「――りょ、旅行?」 一瞬の沈黙の後、櫛枝が確認するように聞いてくる。 「お、おう。な、何か温泉宿の宿泊券が余っちまって。もし良かったら…」 大河から貰ったとは言っちゃいけない気がしたから、適当に言い繕う。 何となく罪悪感はあるけど、話を拗れさせたくない。許せ。 「い、良いんじゃないかな?それで、また五人で行こうってことかね?」 好感触と思ったのも束の間。 早速、核心に迫る質問が来る。 「い、いや、それがだな……」 「まさかとは思うけど……二人で?」 ……核心をつかれた。 どう答えりゃ良いんだ、これ。 大河を見る――が、大河は頷くばかりで何も答えない。 「お、おう。二人で…だ。」 結局、言い訳のしようもなく、そのまま肯定しか出来なかった。 ケータイの向こうでは、櫛枝が固まる音が聞こえた……気がした。 ――受話器から声が聞こえてこない 。 マズイ、雲行きが怪しい。 そのまま、数秒たって、 「た、たた高須君!二人で旅行って一体、ナニを……ぶほぉ!は、鼻血が……」 櫛枝の混乱する声が耳を駆け巡る。 だ、大丈夫か!? というか、なんか誤解してねーか!? 「い、いや、違うんだ、櫛枝!そんなんじゃなくてだな。とにかく……誤解だ!」 「ご、豪快!?そ、そんなアグレッシブな……ぼほぉ!や、やば。マジで止まんねー……」 櫛枝の暴走が止まらない。 ていうか、どうやったらそんな聞き間違いするんだ!? ま、まずい。 このままじゃ断られるどころか、変態扱いされてずっと避けられることに…… 「……竜児。ちょっと代わって。」 明らかに呆れた表情で、大河がケータイを取り上げる。 「もしもし、みのりん。私。」 「ティッシュ、ティッシュ……って、大河?」 スピーカーホンに切り替えたらしく、櫛枝の声が聞こえてくる。 つーか、本当に大丈夫か?櫛枝は。 「みのりん、お願い。竜児と旅行に行ってあげて。」 「え?あ、や、その……」 いきなりの大河の申し出に、櫛枝が明らかに戸惑いの声を上げる。 「素直になれなくて苦しんでるみのりんをこれ以上、見たくないの。」 が、大河は攻撃の手を緩めない。 「いや、大河。違うんだ。わ、私は……」 「ううん、分かってる。だから、一緒に行ってあげて。 とりあえずでも何でも良い。お願い、みのりん。」 櫛枝に反論する暇も与えず、どんどん切り込んでいく。 大河の並々ならぬ意志というか、想いのような何かが俺にも伝わってくる。 「大河……」 ケータイのスピーカーから櫛枝の声が聞こえなくなって、部屋は沈黙に包まれる。 その間、俺はただ立ち尽くすことしかできない。 胃が縮まる思いってこういうのを言うんだな――とか思いながら。 「……分かったよ、大河。行かせて貰うよ。」 数十秒にも、数分にも感じた長い静寂の後、櫛枝の声が部屋に響く。 って、OK? 「ありがとう。みのりん。」 「あ、ありがとな、櫛枝。」 それと、本当にありがとな。大河。 「どう致しまして、というかよろしく。ってか、スピーカーホン? 丁度いいや。それでだ、高須君。日程についてなんだけどさ……」 「おう。さ、先に櫛枝の予定を……」 「あ。この券、明日までだ。」 券を見てつぶやく大河――って! 「「明日!?」」 俺と櫛枝の声が部屋中に響いた。 to be continued...? |
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